第6話 初授業・戦利品・無能のレッテル
私は碧霞学園に潜入できた暁には、蒸気操者について学んでいくことを、ずっとずっと心に決めていた。
蒸気操者専攻を選べば、蒸気傀儡はもちろん、蒸気飛空艇、蒸気傀儡警備兵用の“鎧”も扱えるようになる。
今日の授業は、“蒸気傀儡操者専攻・初”だ。
蒸気傀儡の仕組みの基礎を学びながら、傀儡操縦を学んでいく授業となる。
教室はとても広く、教壇の場所は傀儡試合もできるように、公式と同じく長方形に形が整えられている。生徒の席はそれを見下ろすように階段上に湾曲して並べられ、教壇を囲むような作りだ。さながら小さな競技会場のようにも見える。
私は空いている席を下から見上げるように探していたのだが、カイが鼻をスンスンと鳴らし、ふんと息をついた。
『おい、今日は初級だよな? みんなすげーぞ……』
カイがうえっと吐くジェスチャーをしたのを見て、私も渋い顔で頷き返してしまった。
というのも、全員初心者なのかと思っていたが、皆それぞれに自分の傀儡を持っており、語彙力なく表現すると、
それこそ、“自分が一番の傀儡操者だ”という自信に満ち溢れていて、野心が剥き出しなのだ。
殺伐とした刺々しい空気が肌に刺ささり、妙な緊張感が漂っている。
たしかに倭国の中の猛者たちが集まってきているのだから、当たり前と言えば当たり前か。
私は納得しつつも、目立たないよう、教壇から一番後ろの席に腰を下ろすことに決めた。
細い階段をのぼり、席に着く。
しかし、今日の授業で準備するものとして書かれていたのは、教科書と傀儡操者用のグローブのみ。
なのに傀儡の持ち込みが可能とは。
自分の準備不足に口を尖らせたとき、肩に気配がかかった。
握り掴んだのは男の手首だ。
「……いってぇっ!」
捻り上げながら振り返ると、昨日倒したゴリラがいる。
いや、傀儡がゴリラなので、操者はゴリラ・ゴリラか。
「……てめぇ! オレの手が使えなくなったらどうすんだよっ!」
『そんなウホウホ言われても、聞き取れねーな』
教室に失笑がこぼれるなか、私は舌打ちする。
一歩、遅れた。
言い返すのにも、書いて鳴らすというタイムラグがあるお陰で、カイに発言の先行を許してしまった。
私がカイの髭を引っ張ろうと振り返ると、ゴリラ・ゴリラの手もカイに向かって伸びてくる。
だが猫らしく、ゴリラ・ゴリラの手をばちんと弾き返した。
『そんな怪力に握られちゃ、オレ様、壊れちゃうって』
ふわふわの肉球だが、殴る力は割と痛い。
爪を出さなかっただけ偉いと小さなおでこをなでてやるが、ゴリラ・ゴリラの怒りはおさまらない。
「もう、果し合いの準備かい? ここの生徒は血気盛んで本当に面白いよ」
言いながら入ってきたのは担当教師の
彼は現役の傀儡操者であり、格闘技・剣技部門の倭国代表でもある。
風間は目を血走らせるゴリラ・ゴリラの頭を教科書でポンと叩いてニコりと笑った。
栗色の癖髪と甘いマスクが相まって女子からは黄色い声が、男子からは地鳴りのような感動の声が教室に響きわたる。
「ほら、
流派が同じなのだろうか。
お互い見知った雰囲気がある。
合田と呼ばれたゴリラ・ゴリラは、急に手をあげ、当てられもしていないのにしゃべりだした。
「コイツとひと試合させてくださいっ!」
『お、梟、試合だってよ、試合! こんなゴリラ、ぶっ壊してやろうぜ』
またカイにやられた。
このクラスの誰もが、私一人で喋っていると思っているだろう。
どんな表情をすべきかわからない。
無表情を貫くので精一杯だ。
迷惑だ。本当に迷惑だ!
睨みつけるが、カイは心底楽しそうにニタニタしている。
わざとだ。くそ!
しょうがなく、返事を書き込んでいると、風間がよしよしと言いながら準備を始める。
「そうだよね、合田くんは中等部のとき、亜細亜格闘部門で優勝してるし、いい見本になるから。傀儡での戦い方、見せてあげるのもいいと思う。ごめんね、女の子に見本だなんて」
『クグツナイ』
会話がうまく噛み合わないが、やる気がありあまる回答になってしまった。
「傀儡? あ、そうか、その猫じゃ戦えないか。それならここのを使うといい。合田くんのより、かなり劣るけど、大丈夫かな?」
すでに試合場となった教壇スペースに降りていくと、風間から貸出用傀儡を手渡された。
長年棚の奥にしまいこまれていたのがわかる。
髪はほつれ、着物はすでになく、ボディが顕になっている。
だが旧型の女郎傀儡だ。
大きさは成人猫程度。それこそ古典傀儡に近い造りで、蒸気の調整は操者が行うタイプだ。
今の西洋式傀儡は自動蒸気調節機能があり、とても便利だ。自分の闘い方に合わせ、プログラムすることもできる。
きっとあのゴリラは機能満載の最新式だろう。
だが私としては自分で蒸気調整できるほうが動きの幅が広がり、勝手がいい。
腕、脚を見ると、変形機能はあるものの、歯車が崩れ、基礎的な組み手程度しか動けなさそうだ。
『おー、女郎型! あー……変形できないか。それだと、ぶっ壊れるかもなぁ。もったいねぇ』
「壊れても構わないよ。壊れたら入れ替えればいいからね」
豊潤な予算が組まれているのだろう。
だが申請するためには理由が必要ということか。
『モラウ』
どうにか書き込み音声を鳴らすと、風間先生は「かまわない」そう言い切った。
新しいものに入れ替えるために、壊れていい傀儡なんてない。
全ての傀儡は少なからず、人の役に立つために戦っているのに……!
私が女郎傀儡の身なりを少しでも整えようと髪を撫でていると、ゴリラが蒸気をあげた。
「ほら、やるぞ。梟だっけか? 俺の技、見せてやるよ」
『なら、梟は左手だけでゴリラの相手してやんよ』
それをお前が言うな!
眼力で叫ぶが、カイはまたニタニタと笑いを止めない。
もう、カイを連れて歩いているのが間違いかもしれない。
『さ、梟、起こしてやろう』
私は手袋をはめ直し、埃にまみれた傀儡の頬をなでてやる。
左手の蒸気糸が彼女の身体に繋がった。
黒真珠のような、つぶらな瞳に光が揺れる。
切れ長の大きめの眼に色白の顔。相当な美女だ。
今は埃と蒸気にやられ、汚れてしまっているが、磨き直しを想像したら、思わず鳥肌が立つ。
それほどに美しい傀儡だからだ。
だが、この戦闘で腕を一本折るが許して欲しい。
しっかり治すことは約束するから。
心で話しかけていると、声が上がった。
「……始め!」
教室内に声が響いたと同時に、ゴリラ傀儡から蒸気が激しく噴出する。
目眩しだ。
一気に詰め寄ってきたゴリラ傀儡に、私の女郎傀儡がぶつかった。
衝撃波が蒸気を一瞬にして薙ぎ払う。
だが私は目を閉じない。
なぜなら、私と彼女の勝利が決まっているからだ。
『やっぱ、オレ様の相棒だぜっ』
ふわふわの拳を突き上げ飛び跳ねるカイを横目に、私は肩をすくめる。
結果は、想像通り、私と彼女の勝ちだ。
宣言通り彼女の右腕は粉砕してしまったが、彼女の小さな拳はゴリラの腹部に穴をあけ、心臓部を突きやぶり、さらにはゴリラ傀儡の顔面を床へと叩きつけた。
結果、ゴリラの頑丈な体がひしゃげてしまった。
この前のように爆発しなかっただけ、マシかもしれない。
『技のキレ、イカつすぎるな。蒸気の圧力、高過ぎじゃねえの?』
私は(そうだね)と口パクで返事をしながら、カイに女郎傀儡を手渡した。
カイは大事そうに彼女を抱えて、ふわふわの手で頬を撫でている。
よっぽど気に入ったようだ。頬擦りをして嬉しそうに歩きだす。
私も席に戻ろうと階段に足をかけたとき、風間が叫んだ。
「君、何をした……何をした!」
あまりに必死に叫ばれるが、私は首を傾げてしまう。
傀儡で戦っただけだからだ。
私は少し考え、書き込み、音を鳴らす。
『タオシタ』
「そうだが、傀儡に圧倒的な差があったはずだ! 勝てるわけがない! ……もしや、細工をした、……そうだろう!」
私は大袈裟に肩をすくめる。
彼が片時も離さずそばに置いていたのに、そんなことができるわけがない。
第一に、昨日の時点でスペアの傀儡があること自体、知らないのにだ。
呆れて言葉すら返したくないが、女郎傀儡のために一言だけ伝えようと私は書き込んだ。
『サハナイ』
「……はぁ?」
素っ頓狂な声が出たが、私はそのまま席についた。
風間の高圧的な態度は授業中継続したが、私には些細なことだ。
ただ、距離が空いていた同級生が、少しだけ、視線が柔らかくなった気がする。
それだけゴリラ・ゴリラが嫌われていたのかもしれないが、休み時間になり、質問攻めに合ったのは疲れた。
どれも一つも答えなかったが。
「──で、これを僕に治せと?」
放課後、三門のラボへと来た私が、ボロボロの女郎傀儡を差し出したことによる。
スカーフに包んでおいたが、ボディの崩れも見える女郎傀儡を三門は眺めながら、腕を組む。
「治すのは構わないけどさ、君さ、スパイなんでしょ? 操者専攻って、人気あるの知ってる? もう君のファンクラブできてるよ? 大丈夫なの?」
『……カイメツ』
「か、壊滅? 確かに、君ならやっちゃいそう……」
三門はため息交じりに崩れかけた女郎傀儡を丁寧に点検しつつ、必要なパーツをメモに書き出していく。
「……でも、君も傀儡が好きなんだね。なんか嬉しいよ」
ふと見上げた三門の優しい笑顔に私は固まった。
これほど無垢な笑顔が向けられたのは久しぶりだからだ。
三門はメモを見ながら、慣れた順序で必要な部品をラボ内からかき集めていく。
一番奥の一番上の棚に用があるようだ。
器用に足で脚立を引っ張り、するすると登っていく。
発条を取り上げ、状態を確認しながら三門は私を見下ろした。
「梟、ちょっと時間がかかりそうだなぁ。女郎蜘蛛に変形させたいもんね?」
『モチロン』
『変身、キレイだろうなー。早く見たいぞ、三門ーーー!』
三門は脚立から滑り降り、跳ねて喜ぶカイを抱き上げ、肩車をする。
楽しそうにカイと一緒に傀儡の大きさを測っていくが、胸周りを測ったとき、顔がぐんと持ち上がる。
「てか、梟、自分の仕事、わかってるよね……?」
私は、慌てて頷いた。
『……ワカッテル』
「じゃあ早く、陽愛、起こして! 早く練習させてやりたいんだけどっ!」
尖らせた三門の口元を無言で睨み、私は外套をはおりなおすと、カイが私の肩へ飛び乗った。
『ハンニン』『ミツケタ』
言い残し背を向けるが、三門の視線は冷たい。
背中から、信じていませんと聞こえてくるが、関係ない。
私は無視して目星の元へと向かうことにした。
それは学校医の医務室だ。
これで終わると思うと呆気なさすぎて、少し寂しい気もする───
「──わしは薬の処方はしておるが、ここで渡すのは外用薬のみじゃよ」
腹痛を装い、しゃべれないほど辛いテイでメモを差し出したのだが、言われたのが上記となる。
「ほれ。これ、腹痛用の鎮痛シートな。ヘソに貼るといい」
勤務年数20年のベテランの
薬棚も見たが、消毒液、包帯、ガーゼなどで、頓服薬はまるでない。
「このご時世、親御さんから、なんのクレームがつくかわからんからな。口に入れるもんは渡してないんじゃよ。それ貼って、あったかいもの飲んで、ゆっくりな。だいたいはそれで治るからの。それ以上は寮母に言って、学校の隣の病院あるじゃろ。そこに行くといい」
私は医務室を出て、放心した。
まさか、だ。
私は嘘をついていても見破る自信がある。
それこそ素人の嘘など、簡単にわかる。
だが、治湯先生に嘘はないし、実際に薬品棚に薬らしい欠片もなかった。
だが諦めきれず、医療廃棄物の確認をしに、廃棄室へと入ってみる。
段ボールや紙製品のほか、医療関係の廃棄物は鍵付きの鉄のケースがある。
手元のピンで鍵を開き見てみるが、ゴミは使用期限が切れた塗り薬しかない。
何かに紛れ込ませて、薬の瓶の廃棄をしていないか見回ったが、外套が汚れただけで成果はなかった。
まさかここまで間違えるとは……
『目の付け所はよかったんじゃね?』
『ウルサイ』
『でもよー、他に薬を渡せるやつっているのか? 看護師とか?』
妹の行動リストから炙り出した部外者は、4日前に軽い打撲をしたときに訪れた校医だけだ。
昏睡にさせる効果のある薬を渡せるのも間違いなく校医だと思っていたのだが、今から他の人間の行動を洗うのは時間がかかる。
だが、やるしかない。
学校の隣にある大学病院へ歩き出したとき、地面から声がする。
『……お、雀か。ちょっと聞きたいことあってよ』
外套のポケットに入れておいた衛星携帯電話が抜き取られている。
特級蒸気石の使用量が多いので滅多に使っていなかったのに……!
『薬の噂話って知って……お、よし、じゃあ、20分後、門の前の広場集合な。ココア、奢ってやるよ』
器用に爪で通話を閉じると、大きな目をきゅるっとさらに大きくし、髭をむっと立てる。
『こういうときこそ、情報だろ? あいつ、絶対いいスパイになると思ってたんだよぉ』
辛い。辛すぎる。
猫の方が優秀じゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます