魚拓。



美味びみッッッ………………!」


 静かなシャウトだった。


 浜辺に戻り、まずご飯を二人分炊きながら赤バスを一匹出して捌いた。


 そしてメスティンの蓋にそれぞれの刺身を盛り付け、醤油とワサビも用意して朝食の時間。


 そもそも魚の食べ方が分かってないのか、ポロは生食に忌避感を持ってなかった。そのため醤油で食べるトロのような赤身に、脳髄がとろけてしまった。


「これっ……、だっ、うぅ…………!」


「あまりの美味さに言語を失ってやがる」


 俺も初めて食べた時は毒の心配すら吹っ飛ばして貪ったもんな。やっぱり赤バスの刺身は超美味いぜ…………。


 なんと言ってもこの脂。凄いぞこれ、食感は中トロなんだけど脂の存在感は大トロと変わらん。


 その上で未知の旨み成分が舌の上で暴れ回るから初めて食べると精神が飛ぶ。「食ってみな、飛ぶぞ」が比喩じゃなくなる。


 一口食べた後は獣のように刺身を貪ってご飯を掻き込むモンスターになったポロを見ながら、自分も刺身を食べる。


「ほれ、アラ汁も飲め」


「もぐもぐもぐもぐもぐもぐはぐはぐはぐはぐ美味はぐもぐもぐもぐもぐこれ美味はぐはぐ」


 箸の使い方が分からないポロはグーで握って突き刺すように使うが、その幼女握りでも凄まじい速度で刺身が消費されていく。


 これ、このままだと俺の刺身も消えるな。


 皿は別とは言え、暴走してる今のポロがそんな分別を守るとは思えない。


 いやそれにしても美味いなコイツ。意味分からんくらい美味い。やっぱ別の魚だからマグロとは微妙に味が違うんだけど、それでも濃厚に詰まった脂がねっとりと舌を撫でていく味わいは格別だ。


 歯に感じる確かな、でも微かな歯応えも楽しい。繊維をふつふつと噛み切ると、中から赤バスのエキスがじわっと口に広がっていく。


 それが醤油の援護を受ける事で、口の中で突然進化する。これは堪らんってお前これさぁ。変な笑い出るわぁ。


 全身が中トロ風の赤身で、だけど脂が溜まるハラス部分はやっぱり大トロっぽいな。部位別でも味が変わるの嬉しい。


 マグロだって種類によっては大トロが取れないし、その点で言うと赤バスは凄まじい当たりだった。力も強くて歯も鋭いから、海神の強襲オーシャン・レイドで呼び出しても強いかもしれない。


「…………試して見るか。海神の強襲オーシャン・レイド


 初めて釣った赤バスを召喚すると、透けてる以外は釣った赤バスそのものにしか見えない魚が空中に現れた。


 取り敢えず威力がみたいので森に向けて放つ。近くの木を攻撃して見ろって念じると、なんと赤バスの口からレーザーが発射されて木を抉った。


「…………は?」


 直径の半分ほどを抉られた形になる木がメキメキと音を立てて倒れる。ポロはまだ刺身に夢中で全然気が付いて無いけど、これは結構な事である。


「これは、赤バスが元々こんなに強いの? それとも海神の強襲オーシャン・レイドだから?」


 分からん。こんなに強いなら釣った時に釣り人ぶっ殺せそうだけど、何か制限でもあるのか? 本来は水の中でしか使えないブレスだとか?


 謎だが、取り敢えず戦力にはなりそうだ。


 ついでに黒ハモも召喚して見たらコッチは普通に噛み付くみたいだ。その代わりに咬合力こうごうりょくがヤバい。木の枝を噛み潰して結果的に切断して来やがった。


 落とした枝を咥えて持ってきた時は「犬かな?」って思ったけど、もしかして自我ある系?


「と言うかこの能力、………………良く考えると三次元的な魚拓ぎょたくスキルだよなっ!?」


 魚拓。釣った魚に墨や絵の具を付けて紙にペタッとする事で実寸大のデータを残した上でトロフィーに出来る文化の事。多くは額縁に入れて「どうよ、俺の釣った大物」とか言って自慢して楽しむ。


「3D魚拓システム……!」


 戦闘力よりも素敵な使い方を見付けてはしゃぐ俺。食べて消化したら生きてる限りいつでも見れる魚拓能力! 釣り人にとっては最高の記録スキルじゃないかこれ!?


 赤バスと黒ハモを目の前で泳がせたり静止させたりして、隅々から眺める。おぉ、泳いでる様子もじっくり見れるとか最高過ぎるだろこの魚拓。


 ああ海神様、ありがとうございます。俺は今最高に幸せです。


 もっと魚拓が欲しい。色んな魚の魚拓が欲しい。ポロを送り届けたらもっと準備を整えてガッツリ釣りがしたい。


「…………カイト、それはなに」


 気が付くと、ポロが俺の刺身まで食べ終えてじーっと精霊を見ていた。お前、俺の刺身を……!


「これは海の神様に貰ったチカラの一つで、釣った魚を食べると、手下に出来るんだ」


「っ!? う、海の神様はすごい……!」


「そうだろう? やっぱ信じるなら海神様だよ。魚が美味しいだけでも祈るべきだ」


「それはそう。とてもおいしかった」


「ところで俺の分も食べたのは許さんからな?」


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