第22話


「いいですか? 栗見先輩は学校では実質一番知名度の高い人です。副会長っていうのもありますが、栗見先輩は成績優秀でスポーツも万能。学年のテストでは必ずトップスリーに入ります。スポーツでは万能すぎて助っ人を頼まれることがあり、何をさせても出場すれば勝ち確と名高い。そのせいで特定の部活動に所属できずにいますが、運動部では欲しい逸材なのです。極め付けに男女問わずにかなりモテます。一日一回以上は告白され、校門には他校の男子が栗見先輩のことを待ち構えている始末です。とばっちりで先生に怒られるほど、栗見先輩は学校だけではなく他校から見ても時の人なんです。それをあなたはお分かりですか?」淡々と若月さんは花音について語る。


 これだけ聞くと花音は普通の女子高生ではない。ハイスペック女子高生だ。


「花音。若月さんの言っていることは本当か?」


「まぁ、粗方間違ってはいないけど、そんな毎日告白されている訳じゃないよ。二日に一回くらいはあるかもだけど」


 おおよそ花音に対する情報に間違いはないらしい。

 そう考えてみると花音は俺なんかが近づいていい人種ではないだろう。

 若月さんが必要以上に俺たちを引き離そうとする理由はなんとなく理解ができた。もし事前にこのことを知っていれば花音との関係はなかったかもしれない。知らなかったとはいえ、既に出来上がった関係をゼロに戻すなんて考えられない。


「若月さん。私たちの関係を知ってどう思った?」


「軽蔑しました。私の憧れはなんだったのか自分を問い詰めたいくらいです」


「ならこれ以上、私に関わらない方がいい。私は若月さんにとって軽蔑する相手なんでしょ?」


「ぐっ。どうしてそんなことを言うんですか。私の憧れは栗見先輩だけだった。それなのに……それなのに」


 拳を強く握り、若月さんは俯いた。

 交差する感情をどこに向ければいいか分からない様子だ。


「栗見先輩の口から教えて下さい。どうして彼氏でもない男に身体を許しているんですか? 自ら望んで今の関係になっているんですか?」


 若月さんに問いかけられた花音は「はぁ」と呆れているような気怠そうな感じだった。


「花音?」


「ハッキリ言わないとこの子は分かってくれない。だから正直に言うけど、いいよね?」と花音は俺に確認を取る。


 それに対して俺は小さく頷く。


「若月さん。理想なんて幻想に過ぎない。あなたは私が完璧人間に見えたかもしれないけど、私は心が弱い一人の人間よ。神様でも天使でもない。人間誰しも強みがあれば弱みだってある。それに誰にも言えないようなことの一つや二つある。それはそんな人だって例外はない」


「そ、それがなんですか?」


「あなたの問いに答えてあげる。性欲に関して言えば同世代と比べたらある方だと思う。自分で言うのも……なんだけど」と言葉の最後を濁すように言う。


「へー。だから彼氏でもない適当な人とできるんですか」


 若月さんは皮肉を言うように呟く。


「適当な人じゃない。たっちーは唯一私が許した相手。誰でもいいって訳じゃないよ」


「それはどう適当じゃないってことですか? よく分からないです」


「だからそれは……」と花音は言い掛けたところで黙ってしまう。


「私はそう言うことはやったことがないし、興味がないのでよく分かりませんけどこれだけは言えます。好きでもない人とヤれる女性はただの尻軽です」


「おい。そこまで言うことは……」


「たっちーは黙っていて」


 花音は俺の発言を止めた。

 それ以上は何も言えず花音に任せることしかできなかった。


「若月さん。言葉の意味を吐き違えないで。尻軽って言うのは世代を問わずに誰とでも性行為をする人のことを指す。私は特定の人としか性行為をしないから尻軽ではありません」


「似たようなものです。そういうことは恋人同士でするものです。その関係もないのにするなんておかしいです」


「それはあなたの価値観でしょ? 私は条件さえ合えばしてもいいと思っている。ただそれだけ。これで答えになっているかな?」


「栗見先輩がそう言うならそれでいいです。失望しました。私の理想としていた栗見先輩は最初からいないのだと」


「若月さんにとって理想の私はどんなものなのか知らないけど、少なからず理想を追い求めた結果で私に対する嫌がらせをしたってことでいいかな?」


「もういいです。勝手にして下さい」


 若月さんはその場を離れようとした。

 しかし、俺は呼び止めた。


「待てよ」


「はい?」


「君が花音に失望するのは勝手だが、まずは謝罪をすることが先じゃないのか」


「謝罪?」


「ここ最近、数々の嫌がらせをしたんだ。花音はその間、恐怖と戦っていた。それに対する謝罪はあってもいいんじゃないのか?」


「どうしてあなたにそんなことを言われる筋合いがあるんですか?」


「俺じゃなかったとしても当たり前のことだ。花音にとやかく言う前に自分の行動が正しいと思っているならそれは大きな間違いだ」


 若月さんは回れ右をして花音の前に向かう。


「すみませんでした。私の行動は軽率してした。本当にごめんなさい」


「あ、うん。私は別に怒っていないから」


 花音がそう言うと奥歯を噛み締めて若月さんは背を向けて走り出した。






「悪かったわね。私ごとに巻き込んでしまって」


「いや、花音せいじゃないし。それにあのままでいいのかよ」


「若月さんのこと? まぁ、心残りはあるけど良い顔をするのも疲れるし、あの子に嫌われようと私の私生活に支障はないし、良いんじゃない?」


「お前、案外さっぱりしているな。良い意味で」


「それはどうも。それよりちょっと見直したよ。たっちーのこと」


「え? 俺、何かしたか?」


「謝罪させたじゃない。まさかあそこまで度胸ある発言するとは思わなかった」


 空を見上げながら花音はホッとするように呟いた。


「俺はただ、花音が可哀想だと思っただけだよ」


「ふーん。じゃ、私のために言ったってことか。私のこと考えてくれていたんだね。ただのセフレ相手なのに」


「セ○レ以前に俺たちは友達だろ? 友達があんな目に遭って何もなしじゃあんまりだろ」


「あははは。何よそれ。私のこと大好きかよ」


 堪らず花音は腹を抱えて笑い出した。


「な、なんだよ。せっかく人が心配しているっていうのに笑うことないだろ」


「だってエッチ以外で積極になったのが意外すぎて可笑しくて」


 普段、花音はここまで大笑いをすることはない。

 いつも無表情で何を考えているか分からないような姿が多いけど、この時ばかりは本当の友達になれたような自然な笑顔が溢れていた。


「花音」


「ん?」


「これからも今まで通りに接してほしい」


 俺は右手を差し出した。


「何よ。改まっちゃって。勿論、そのつもりだよ」


 花音は優しく俺の手を握る。

 俺たちの関係はこれからも変わらずに続くことになりそうだ。

 

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