第5話 小さくも大きな破壊力
翌日から
「速水ちゃんが男とふたりっていう状況は避けるべきよね〜。彼氏と勘違いしたりして、変に逆上しちゃったりしたら、速水ちゃんの身が危ないわ〜」
速水さんが気遣ってお手伝いを申し出てくれたが、春眞たちの都合で帰りを遅くさせてしまう事はできない。ただでさえ21時ごろという遅い時間なのに。
さて、初日の今日は冬暉も帰って来ていたので、春眞とふたりで送る事にする。男ふたりで速水さんを護る様に挟み、わざとゆっくりと歩く。後を付けられているのかどうか、それを見極めたい気持ちがあった。
速水さんの言を信用していない訳では無い。話してみて判ったが、速水さんは変に疑り深い性格でも自意識過剰でも無い。また虚言癖がある様にも思えなかった。なので彼女が付けられていると思ったのなら、それなりの
現職警察官の冬暉はもちろん、春眞も気配には敏感である。そのふたりが達した結論。確かに、速水さんは後を付けられていた。
速水さんを中心にじっとりとまとわりつく様な嫌な気配。そして聞こえる足音。それはある時は一定に、ある時はやや乱れて。そのリズムでこちらの歩くペースに合わせている事はすぐに判った。
姿を表さないだけであまりにもあからさまな尾行に、春眞は怒りや気持ち悪さと言うものより呆れが先に来た。
「隠す気あれへんのかな」
「多分無ぇな」
春眞のせりふに冬暉は小声で、しかしきっぱりと言い放つ。
「やつらマジで気持ち悪いで。いろいろパターンはあるかも知れんけど、少なくともこいつは隠そうなんざ思って無ぇ。普通後を付けるって気付かれねぇ様に離れるもんやろ。こいつ近けぇよ。気付いて欲しいんやろ。せやから速水さんも気付いたってわけや。足音まで聞こえてやがる」
「ほな、僕らのこの話も向こうに聞こえてる可能性あるか」
「なるべく
春眞は後ろを振り返りたい衝動に駆られた。しかし我慢する。この距離だとうっかりすると目が合ってしまいそうだ。しかしそれなら。
「なぁ、こんだけ近いんやったらさ、今捕まえられへん?」
春眞の言葉に冬暉は小さく首を振った。
「
「証拠、証拠かぁ……」
「あの、どんなもんが証拠になるんですか?」
どういうものが証拠になるのか、そう春眞が考えていた時の速水さんのせりふだった。冬暉が応える。
「例えば手紙とか、電話の録音とか。今まで何かポストに入ってたとか無かったか?」
「いえ、今んところは……あ、でも昨日帰った時にはポストは見られへんくて。今日見てみます」
「おう。もし何か入ってたら証拠になる。そうゆうんは気持ち悪りぃだろうが全部置いとけよ。あ、昨日言い忘れてたけど、家電あるか? 留守電機能付いてっか?」
「はい。どっちもあります」
「家におる時もできれば留守電にしといた方がええかもな。普通の家の電話機に録音機能なんざ付いてへんから、ま、留守電となると切られちまう可能性高ぇけど、巧く行きゃあ録音できる」
「電話!? 掛かって来るんですか? え、でも番号」
「勿論知られてるって前提やけどな。ま、こっちはまだ判らへん。けど用心に越した事は無ぇからよ」
「は、はい、解りました」
3人だけに聞こえる様なひそひそ声で話している内に、速水さんのマンションに到着した。オートロックを開けてロビーに入り、まずはポストを見る。速水さんがダイヤル錠を回して開けると、中には数枚のチラシやダイレクトメールなどが積まれてあった。
今や季節の挨拶でも無ければ、手紙などは滅多に届かない。それらを片手で掴んで出すと、間からひらりと紙片が落ちた。
「何やろ」
春眞がそれを拾い上げ、速水さんに渡した。
「ありがとうございます」
空いた手で受け取った速水さんはそれを見て、「ひっ」と引きつった様な小さな声を上げた。紙片がまたひらりと床に落ちる。
「速水さん?」
その様子に春眞も冬暉も怪訝な表情になり、落ちた紙片はまた春眞が拾い上げた。冬暉も横から覗き込む。
「こいつぁ……」
『また明日、会いに来ます。』
紙片にはそれだけが書かれていた。しかし短いそれだけの言葉のくせに破壊力だけは抜群で、速水さんはまた恐怖に震え上がり、春眞と冬暉は気持ち悪さに大いに顔をしかめた。
しかしこれは、さっき冬暉が言っていたれっきとした証拠だ。春眞は冷静にそう考えた。冬暉が春眞から紙片を受け取り、忌々しそうな顔で舌打ちした。
「……速水さん、悪りぃが家に上がらしてくれ」
「は、はい……」
速水さんの声は震えていた。後を付けられていた事だって相当怖かったに違いない。そしてこの紙片だ。この瞬間、ストーキングされている事が確実となった。
「……冬暉、ちょっとその紙切れ貸して」
「おう」
春眞は紙片を受け取ると、それをそっと鼻に近付けた。
やった、受け取ってもらえた!
男が昨夜入れたメモは、無事意中の女性の手に渡った。良かった、良かった。男はまた嬉しくなって、その場で小さく飛び跳ねた。
今度はどうしようかな。じっくりと自分の存在を知って貰って、会うその時は劇的なものにしなければ。そうすればきっと彼女は感激して、もっと自分の事を好きになってくれるに違いない。
真っ赤な
その時が本当に楽しみだ。男はリズムも何も無いへたくそなスキップでその場を離れた。
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