第10話 10:40 a.m. brighter sun

少女は、そこまで読むと、ノートを閉じた。


ささやかな風が出てきていた。並木が、静かに揺れる。


少女はしゃがみ込み、再び魔法瓶の蓋にコーヒーを注いだ。それを丁寧に飲み終えると、ゆっくりと、音のしない軽やかさで立ち上がった。


そして、空を見上げた。手を太陽を求めるかのように伸ばす。


実力のある舞台俳優のするように、自然な動き、そして劇的な効果を持って。


「いつ久しく、神々の園は見ていません」


目は、蒼空の彼方に吸い込まれ、彼女の身体は翼を持ち、高く上がっていくかのようだ。


「パンドラ」


すっと目を閉じて、数秒の間。

午前の弱日よろびが、聴衆を向いた少女の白い頬をった。


「その蓋が開かれた時、あらゆる災厄が、世界に満ちました。慌てて閉じられたその中に希望が入っていたと言います」


さわさわと木々がざわめいた。街の人々の行き交う喧騒は、遠くのどこかからの低いしわぶきとして、ここに届いていた。


「しかし希望は、幻影のようなものです。わたしたちは、それの姿を掴もうとしますが、なぜか空を切るように、手はすり抜けます」


指を広げていた手を、握り拳にする少女。そのまま腕を下げた。


「ゼウスよ、なぜこのような酷い仕打ちを?」


私は、少女の目に惹きつけられた。強い、意志力のある、光が、宿ったのだ。


「ある男は、探求しました。神々がどうして人間に冷たいのか。彼は生涯を費やし、その意味を求めました。熱心に辛抱強く。それは、希望だったのだから、見つからないのは当然なのかもしれません。そして––、彼は死を迎える時、はたと思い至ったのです。この人生であれば、納得できる、と」


太陽の光-線が、にわかに強くなった。空気は澄んだ透明さで燦々ときらめいている。私たちのいる一帯は、非常にゆっくりと時を刻む、無限運動の時計に支配されているかのようだった。


静かな深い呼吸を少女は、数度した。


「黄金のリンゴに釣り合うに十分な重さの魂。それを持つものだけが、神々の園へ呼ばれるでしょう」


ふっと笑ったから、私はいきなり緊張感が崩れる。そして、優しい目をする。親しみやすい安らぎを感じさせた。


木のトランクの上からノートを手にする。


「では、引き続き、詩を朗読します」


光-線で温められつつあるこの場所で、午後になれば過ごしやすそうであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る