第4話 10:03 am coffee break

街が活動を始める時間。少女の聴衆は、私の他に6人ほどだった。

人びとの往来は少しずつ増してきていた。誰かの話し声や笑い声がそれと共に広がっていく。


この場所は不思議な静寂を持って、あった。少女の揺るぎない晩夏の日差しのようなやわらかくも強い声。抽象画を描いた20世紀の画家が最後の仕上げで、その画布に、日常に使うペンを貼り付けた時、何かしら明確さが突然通るというようなことが起こるとして。私はそのように、彼女の声から、よくわからない錯綜とする世界にも確かなものが存在するような調和を感じていた。


少女は、言葉を止めた。ゆっくりと聴衆である私たちに目を泳がせる。それから、にっこりと笑った。私たちの胸の中に、温かいものがそっと灯されたと思う。


「皆さんは、もし後10秒で世界が滅びると知ったら、どうしますか?」


そんなことを問われたここにいる人たちは、それぞれに何かの答えを持ったのかも知れない。私は、10秒では、何をすべきかを考えるだけで終わりそうだとしか、思いつかなかった。


「わたしだったら、空を見ます。晴れてどこまでも蒼いのならもっといい。空を見ると、この世界が何を愛しているのか、わかるような気になるんです」


少女は、ノートに金属のしおりを挟み込み、身をかがめた。彼女の足元に、大きめのトランクが横に倒してあるのに私は、その時、気付いた。木製だった。長く使い込まれたような、擦り傷や欠けた部分が、ところどころに見える。とても古い外国のものだと思った。


彼女は、滞りない動きで、トランクの上にノートを置くと、そこにあらかじめ立てていた魔法瓶を手にして、コップにもなる蓋を回した。

温かそうな湯気と、仄かなコーヒーの香り。

わずかにまつ毛を伏せた少女は、ゆっくりとそれを飲んだ。


立ち上がる。ノートを開く。息を静かに吸い込んだ少女。瞬間、その目の光が不安げに揺れたのを私は見た。


「それでは、続きをお聞きください」


形のよい唇から、新しい言葉が紡がれる。

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