削れる男
恋は冷めるものだと阿呆がいう。
大馬鹿者だ。
最初にそんな出鱈目を言った奴は頼むから死んで詫びてくれ。
恋は毒だ。失恋した人間にとって残酷極まりない劇薬であり、その毒が心を病ませる。宿主が死ぬまで心を削り続けてくる。
別れてから気づくんだ。
彼女がどれだけ大切だったのか。
自分を振った女からLINEの着信がこないものかと、寝る前に暗がりの中で携帯の着信履歴を何度も確認する。惨めだった。でも好きだったのだから、どうしようもない。
──社会人として働く前。大学生だった頃の
はじめての恋人だった。でも浮気をされた。
彼女とサイゼリアで一緒に食事をしていると、彼女の様子がおかしいことに気がつき、理由を尋ねると突然泣き始めた。
バイト先の先輩に誘われて、有名な夜景スポットを彼の自動車で二人で見に行った。本当は二人きりの予定ではなかった。断ろうとした。でも、彼は強引だった。キスをされた。ホテルに連れ込まれた。彼を好きになっていた。自分の気持ちにもう嘘をつきたくなかった──。
──話を聞いていて、彼女の話が支離滅裂だと感じつつも、察しの悪い耀太にでさえ、これが別れ話だと理解できてしまった。
分かって欲しいの。ごめんなさい。好きなだけ責めて。悪いのは私だから軽蔑して──。
気付いたら自宅アパートにいた。悔しくてやりきれなくて、布団にくるまって咽び泣いた。でも、彼女が気持ちを入れかえて、自分の元へと戻ってきてくれるのではないかと思い、何度もLINEのアプリを開く。
LINE、Twitter、Facebook、SNSに残る彼女の痕跡や、自分への想いが欠片でも残っていないかを調べ尽くした。
まるでストーカーだ……。
でも、彼女にもう一度戻ってきて欲しい。また付き合って欲しい。女々しいことこの上ない。それでも、彼女が好きだった。
恋は冷めなかった。ぬるい泥のように、心にまとわりついて束縛してくる。毎日のように彼女の顔が、脳裏をよぎる。忘れさせてくれない。辛い。何も考えたくない。もう嫌だ……。
会社で働くようになってからは仕事に忙殺されて、恋愛とは無縁の生活をしばらくの間は過ごした。でも、いつも彼女からのLINEを待ち続けた。まるで迎えを待ち続ける忠犬ハチ公。ただひたすら情けなかった。
仕事にも慣れて余裕ができ始めた頃に、登録したマッチングアプリで知り合った女性と二ヶ月だけ交際した。
でも、突然連絡がとれなくなった。
一週間は酷く憂鬱な気分に苛まれたが、そのうち気にならなくなり、また新しい相手を探すことにした。彼女の代わりを探し求め続けた。
そして、今日会う約束をしたのは恵美という女だった。事前に有名なイタリアンレストランを予約して、彼女と待ち合わせた。
マッチングアプリのメッセージでやり取りをした時は、気弱そうな印象があったが、いざ面と向かって話をすると気が強そうな印象を受けた。
レストランで食事を始めて五分ほど経過した頃。コースの前菜が出る前に、恵美が明らかに落胆している様子でいることを悟った。
彼女はこの五分の間に、俺という人間が自分に相応しいかどうかを品定めしていたのだろう。まるで皿の上に盛り付けた食事を食べる前から吟味するように。嫌な女だ。
──耀太が小さく溜め息をついた矢先だった。
「ごめんな、さい。あの、私の……なにがけなかったですか──」
──恵美が涙を流し始めた。彼女は嗚咽を漏らして、堪えきれずに突然泣き始めたのだ。
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