第2話 エミリア・グロウベルグ
会議が終わってから数日間、歴史資料室にこもって
エミリアに関する記録を調べていたノアに、1人の男が声をかける。
「よう! ノア、元気か!」
ノアは微笑んで男を見る。
「カイン!どうしたんだ?」
「調査でしばらく街を離れるんでな。挨拶しとこうかと思ってね」
と言って向かいの椅子に座る。
カインはノアと共に連合に任命された6人の調査官の1人で、
良き友人であり、頼りになる相談者だった。
「例の黒ずくめの男の目撃情報を探す為に各地を
まわってみようと思うんだ。」
カインは言った。
「気を付けろよ。奴はまともじゃない。100人以上も殺しているんだ。」
ノアはカインの顔を見つめて言う。
「分かってる。慎重に行動するよ。それよりノア、
エミリア・グロウベルグを調べてるんだろ?」
「そうだよ。ここにある彼女の記録は基本的な情報しかないけど、
それだけでも、どれだけすごい人物か分かるよ。
彼女の歩んだ人生が今の世界を創ったと言ってもいい。」
ノアは記録を見る。エミリア・グロウベルグ
約150年前の旧帝国に突然、彗星のごとく現れた天才。
それまで魔法しかなかった世界に、科学という誰も知らない
技術を持ち込んだ存在であり、70歳で亡くなるまでに、
現在、世の中にある全ての科学技術の基礎を開発した人物だ。
魔法にも特別な才能を持っており、新たな魔法を次々と完成させた。
転移魔法と呼ばれる彼女しか使えない魔法も存在し、
死後100年以上経過した今でも再現が不可能となっている。
数々の輝かしい功績を打ち立てたのだが、権力には無関心で
政治には関わらず国の要職に就く事も拒否し続けた。
研究と開発に明け暮れた生涯であった。
エミリアの死後、突然に旧帝国は科学と魔法を軍事に転用し、
当時、同盟国だったノスト、ウエスティア、イスタルに対して
一方的に同盟を破棄し侵略戦争を開始する。
3つの国は魔法連合と呼ばれる国家間連合を結成し徹底抗戦を宣言。
以降100年もの間、帝国と連合の終わりの見えない戦争状態が
続いている。
カインは机の上の写真をひとつ取った。
そこには20歳前後のエミリア・グロウベルグの顔が写っている。
「これを撮った写真機も彼女の発明品だろ?すごい人だよ・・・
それにかなりの美人だ。 」
カインは感心したように写真を眺めている。
「だけど謎も多い。当時まったく無名だった13歳の少女が、
歴史の表舞台に突然出てきて、世界を変えるような魔法理論や
科学の新技術を次々と開発したんだ。
彼女はその知識をどこから得たのか?
しかもエミリアが生まれた場所、両親や家族の名前、
出生から13歳までの経歴の全てが
記録として何も残されていない。」
ノアは資料を見ながら言った。
「150年前の謎多き美人とは興味深いね。そろそろ出発の時間だ。
じゃあなノア。彼女の謎が解けたら俺にも聞かせてくれよ。」
カインはウインクしながら部屋を出ていった。
ノアは苦笑しながらエミリアの写真を見つめる。
となり街に帝国でエミリア・グロウベルグの研究者だった人物がいる。
噂では、かなりの変わり者らしいのだが・・・。
すぐにでも会いに行こうとノアは決めた。
翌日の朝、となり街に出発しようとしていたノアに、
エマ議長の呼び出しがあり、議長室に来ていた。
ノアは険しい顔のエマ議長を見て言った。
「帝国とノストの合同調査チームですか・・・ 」
「そうです。黒ずくめの男が帝国にとって驚異になると
判断したんでしょう。でも情報が少ない。」
「だから合同調査を?」
「こちらも情報が少ないのは同じです。でも2国が手を組めば
調査範囲はかなり拡大されます。早く正体をつきとめて、
何か手を打たないといけません。
帝国がウエスティア、イスタルにもそれぞれ人員を派遣して
3つの合同調査チームを作り、
6月1日に会合を三国で同時開催します。
ノストでの第一回会合が国境付近の中立地帯で行われます。」
「三国で同時開催・・・ 帝国の提案ですか?」
腑に落ちない顔で質問するノアを見てエマが苦笑する。
「やはり、そこが引っ掛かりますか・・・ 確かに妙な話です。
何かの思惑が絡んでいるのでしょう。
ですが、この合同調査は大きな意義があります。
拒否する理由になりません。
それと、帝国側が名指しであなたの参加を求めています。」
「私をですか?・・・」
ノアは困惑した。
「向こうの意図はわかりません。ですが
それも会合で明らかになるかもしれません。
エミリア・グロウベルグの件は一時中断して、
この会合の準備をお願いします。以上です。」
「了解しました。失礼します。」
ノアは議長室を出て歩きながら考えた。
帝国がなぜ自分を?
どれだけ考えても答えは出なかった。
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