白梅

伊藤壱

第1話

二月の末が近づいてくると、あたたかな陽射しと合わせたように近所の公園にある梅の花が咲きはじめます。深い桃色のものが多いのですけれど、私は白い花の咲く梅の木が好きなのです。その日も朝早く私はその公園にやってきました。


 まだ辺りには誰もおらず、遠くの方で幾つかの声だけが聞こえてきます。しんとした松林を抜けて梅の木が集まる場所へ出ると、そこは一瞬で春の香りを帯びてしまうのでした。私はうきうきとして白い梅のある方へと向かい近づいて見てみると、透けるような薄い花弁が放射状に広がり、その中心には先の方に薄い黄色の点をつけた数本の蘂がすうと生えていました。


 胸がつかえるくらいその香りを嗅いでみます。私はふいに、故郷にあった梅の庭園を思い出しました。木枠で囲われた小さな敷地に何本もの梅が立ち並んでいて、当時まだ幼かった私はその下を急いで通り抜けたりしたものでした。あの庭園はまだ残っているのかしら。なんてことを考えながら辺りをうろついていると梅の香りだけでなく、甘酒のふわっとした匂いも思い出されてきました。なんだかいい心地です。


 白梅の匂いを所構わずくんくんと嗅いでいるうちに、私はその花弁を食べてしまいたくなりました。どうしても食べちゃいたくなったのです。私は周りに誰もいないことを確かめてから、口先でその薄白いそれを摘み取りました。少し苦くて、ほんのり甘い匂いがしました。


 私は白梅としばらく戯れあってから、またねとお別れを告げてその場を去りました。花弁を食べた直後はむんと元気が出てきたはずでしたが、別れてしまうとなんだか眠くなってきてしまいました。私はいつもこうなのです。さて、今日はどこで鳴いていようかしら。

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白梅 伊藤壱 @itohajime

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