動物と人

荒川馳夫

可愛いクマ

私は妻と幼い娘の三人暮らし。

娘の誕生日におもちゃ屋に立ち寄った。ぬいぐるみが欲しいと言い出したからだ。

ぬいぐるみコーナーをぐるぐる回り終え、娘は言った。


「パパ、これがほしい」


指の先には大きな熊のぬいぐるみがあった。可愛らしくデザインされたそれを娘のために買ってやった。以降、娘は片時も離さずに持ち歩いた。


後日、私たち三人は商店街に買い物に行った。

ゆっくりと過ごすつもりだったのだが、妻が早く帰ろうと伝えてきた。

理由を聞くと、熊が怖いからだと言う。


「最近、近所で大きな熊が出たってニュースになってたもん。襲われるかもしれないでしょ」


娘の安全も考えて、早めに帰ることを妻に伝えた。すると娘は不機嫌な顔をした。


「えー、クマさんはこわくないよ。だって、こんなにかわいいもん」


どうやら、娘にとって熊は可愛い動物のイメージがあるようだ。


「本物の熊さんは、とっても大きな怖いんだぞ」


「そんなことないもん、ねえークマさん!」


そんな会話の最中だった。本物の熊が森から降りてきた、と住民が伝えに来てくれたのだ。住民は恐怖の面持ちでやって来た。


「早く逃げて!」


幼い娘の手を取ろうとしたが、何もつかめなかった。おい、どこにいったんだ?


グルルルル……。


近くで大きな声がした。娘のそばに例の熊がいるじゃないか。

このままじゃ危ない。助けなきゃ、とは思うものの足がすくんで動かない。


グルルル……。


「かわいいクマさん、こっちにおいで」


熊は娘のもとへ近づいていき、手元のぬいぐるみだけをひったくり、ノソノソと森へ帰っていった。


大人総出で娘のところへ急いで走り、ケガをしていないか確認した。

幸いにも、無傷だった。安堵する私の前で娘が一言。


「パパー。ほんもののクマさん、ぬいぐるみをもっていっちゃった。きっとさびしかったんだね」


事態を理解していない娘だけが大喜びで、周りの大人たちが汗をダラダラ。

さらに娘がもう一言。


「また、ぬいぐるみをかってね。そうすれば、クマさんがまたくるでしょ?」


うーむ、次に購入するぬいぐるみは「クマじゃないもの」と約束しておこう……。























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る