第10話:惑星番外地 其の2

 三人は看守達の後に続いて通路を歩く。石造りの味気ない建物の通路は松明が灯っているだけであり、無気味さすら感じさせる。


 刑務所の中は静寂に包まれており、自分達の足音以外、全く物音がしない。カツン、コツンと響く足音だけを聞いていると、だんだんと不安な気分が広がってくる。


 通路の突き当りを左へ曲がり、暫く歩いた所で看守の一人が振り向き、ベラマッチャに話しかけて来た。


「使者殿、申し訳ありませんが、糞塗れでは所長室にお通しする訳には参りません。先に風呂に入られては如何でしょう?」


「むぅ、そうさせて貰おうか。それにしても、人の気配がしないものだな、刑務所という所は」


「ここの囚人達は、強制労働で半死半生の者が多く、疲れきっているため、部屋に戻ると皆すぐに寝てしまいます。尤も三年前までは、これほど過酷な労働はさせておりませんでしたが」


「三年前に、何か変化があったのかね?」


「三年前に王国法務官のアナーコ様が突然亡くなり、サンダーランド強制収容所は法務官統治から国王側近の方の統治に変わったのです。直後に王宮の意向を受けた、クラス副所長が着任されました。副所長は戦費調達のため、囚人の睡眠時間を削り、労働時間を以前の二倍にしたのです。所長は反対されたのですが、王宮の命令には逆らえず、渋々と同意されました。それ以来、労働条件が過酷になったのです。今では毎日死人が出るようになり、我々看守の仕事の大半は、死体の片付けになってしまいました」


 看守はウンザリした顔で下を向いた。その様子から、看守達も過酷になった労働に嫌気がさしている事が窺えた。


「そうだったのかね……しかし、死人が毎日のように出ては、囚人が居なくなってしまうのではないのかね?」


「使者殿もご存知の通り、大陸との戦争が始まり、王国内は混乱しております。国内の治安は乱れてきており、新しい囚人には事欠きません」


「でも、毎日墓穴を掘るなんて、看守の人達も辛いんじゃないのん?」


「まったくだな。毎日墓を作らなきゃならねえんじゃ、やってられなくなるんじゃねえのかい?」


「いいえ使者殿。所内に墓はありません。囚人達の死体は全て死の谷に捨てるよう、副所長から厳命されております」


「死の谷! じゃあ、あのゾンビ達は、ここの囚人達だったのかねっ!」


「そうです。死の谷には邪悪な魔術がかけられており、死体を谷底に置いておくとゾンビになってしまいます。そのため、ゾンビは減らないのです」


 三人は遣りきれない気持ちになり、口を噤んだ。


 自分達が倒してきたゾンビは、過酷な強制労働で死んでいった囚人達だったのである。如何に凶悪犯と言えども、死者は丁重に葬ってやるべきではないのか?


 ベラマッチャは通路を歩きながら、心の中でゾンビ達に向かって念仏を唱え、祈りを捧げた。


「ここが風呂です。しかし糞塗れで、突然囚人部屋に現れたのでは、十分に怪しいですな。次にお越しの際は、正門にお回り頂けますかな?」


「分かっている。では風呂を借りよう。ヘンタイロス君、服と荷物も洗ってしまおうではないか。僕に荷物を渡してくれ給え。キミィ、すまんが、この手紙を先に所長に渡して来てくれんかね?」


「かしこまりました。残りの者は風呂の前で待たせておきましょう」


 看守の一人はベラマッチャから手紙を受け取り、足早に去っていった。


 他の看守が入浴に必要な物を脱衣場に用意し、三人に準備が整った事を告げた。ベラマッチャが風呂場の扉を開けようとした時、後ろからヘンタイロスの声が聞こえて来た。


「ねぇん、女湯は無いのん? ワタシ、男に裸を見られたくないのよん」


「ここには男しか居ないので、女湯はありません。それに女湯があっても、貴方は入れないのではありませんか?」


「まあっ! 失礼な言い草だわん!」


 看守は呆気に取られ、大きく口を開けている。


「失礼致しました、使者殿。では、他の方と時間をずらしてお入り下さい」


「ふんっ! そうさせて貰うわん!」


 看守達はその態度に呆れ果て、ヘンタイロスを無視してベラマッチャとポコリーノに入浴を促した。


 ヘンタイロスは一人で通路の隅に座り、ブツブツと不平を唱え続けた。


 看守は階段を駆け上がり、所長室の前に着くと、扉をノックした。中から声が聞こえ、扉を押して室内に入った。


「失礼致します」


「どうした? 脱獄囚を捕まえたのか?」


 室内に居た男は背が高く、角ばった顔をしており、口髭を生やしていた。紺色の制服に身を包み、ワイングラスを右手でゆっくりと回している。


「いいえ。先程、ディープバレー騎士団の使者が突然現ました。いま風呂に入っておるのですが、ゲルゲリー公からの手紙を先に所長に渡すように言われたので、お持ちしました」


「ゲルゲリー公からの手紙? 何故、ディープバレー騎士団の使者が、刑務所で風呂に入っているのだ?」


「それが、先程の騒ぎは脱獄ではなく、使者の方達が正門から入ってこなかった事による騒ぎだったのです。塀に梯子が掛けてあったので、そちらから入って来たのだと思いますが」


「何故、風呂に入っているのかを尋ねておる」


「いえ、それが糞塗れで囚人部屋に現れたものですから、所長室にお通しする前に、風呂に入って貰っております」


「糞塗れ? 訳が分からん。手紙を見せなさい」


「ハッ! こちらです」


 受け取った封筒を見ると確かにディープバレー騎士団の紋章が入っており、封印にはゲルゲリーの紋章が押してある。


 ワイングラスを机の上に置くと封を破り、手紙を読み始めた。


「むぅ……」


 手紙を読み進むうちに、所長の表情は段々と険しくなっていった。


 手紙を持って来た看守は、表情に不安の色を滲ませ、所長の様子を窺っている。


 思えばゲルゲリーが出所したのは、つい三週間程前の事なのである。副所長の指示とは言え、騎士団の統領に過酷な労働を課した事で、ディープバレー騎士団だけではなく全ての騎士団から恨みを買っているかもしれないのだ。


 殆んどの囚人が一年以内に衰弱し、死んで行くのに対して、鍛え上げた頑強な身体を持つゲルゲリーは、二年の間、強制労働を耐えた。だが、余りにも過酷な労働はゲルゲリーの身体を蝕み、最早、死人同然の身である。


 貴族たる騎士団の統領に強制労働を課すという前代未聞の件に関して、ディープバレー騎士団が加わる騎士団連合、黒旗一揆騎士団が反乱を起こすとの噂まで広まった事もあったのだ。


 名誉を重んずる騎士団の、それも統領がサンダーランド強制収容所に収監されるという著しく名誉を傷つけられる行為に対して、その噂は真実味を帯びていた。


 通例からすれば、貴族が有罪判決を受けて刑務所に入っても、比較的自由に過ごせる筈なのである。それなのに、ゲルゲリーには強制労働を課したのだ。騎士団からの報復があるとすれば、この収容所に向けられても当然だろう。


 長い沈黙と、心の奥底から湧き出す不安に耐えられなくなった看守は、所長が手紙を読み終わるのを待たずに問いかけた。


「所長、ゲルゲリー公は抗議するために、使者を派遣して来たのでしょうか?」


 所長は看守の言葉を無視して手紙を最後まで読み、綺麗に封筒に入れて机の上に置き、再びワイングラスを右手に持つと、一気に飲み干した。何事か考えている様子だったが、暫くしてから看守に向かい呟いた。


「来たのだよ……サンダーランド強制収容所に。やっと春が来たのだ」


 所長の言葉に看守は困惑の表情を浮かべた。来たのはディープバレー騎士団の使者である。


「所長、春が来たとは、いったい何の事でしょうか?」


「ディープバレー騎士団の使者達が、この収容所に春をもたらすかも知れん、と言う事だ。君はクラス副所長が行っている、収容所の運営方針をどう思っているかね?」


 看守は所長の言葉の真意を図りかねた。クラス副所長の方針を快く思っている者は、囚人どころか看守にもいない。今のサンダーランド強制収容所は、囚人達を使い捨ての家畜以下に扱っているのだ。


「私は、クラス副所長の方針には反対です。他の看守達も同じ意見だと思います。以前は囚人の死亡数は、これほど多くありませんでしたが、クラス副所長が着任してからは、毎日囚人が死んでいます。それも何人もです。これほど過酷な労働を課すのは、我々看守も良心の呵責を感じています」


 そもそも、これほど囚人の数が増えたのは大陸との戦争が原因なのだ。


 治安は乱れ、人々は職を失い、幼い子供まで路頭に迷っている。生きて行くため犯罪に手を染めた者も大勢いる。そうした者達の多くが、このサンダーランド強制収容所に送られて来ているのだ。中には顔見知りの者に鞭を打ち、強制労働をさせた看守までいるのである。


 項垂れている看守を見ながら、所長は手紙の内容について話し出した。


「手紙には、使者がシャザーン卿に会えるように便宜を図って欲しいと書いてある。願わくば出所させるようにと」


「シャザーン卿!」


 看守は驚愕した。ゲルゲリーの手紙は、伝説の強盗『シャザーン卿』の出所を求める内容だったのだ!


「私には分かりません。なぜ、使者殿がシャザーン卿に会う事が、この収容所に春が来る事になるのですか?」


「君は、今の王国の治安悪化の原因は何だと思うかね?」


「勿論、大陸との戦争が長引いているからです」


「うむ。戦争が長引いているのも大きな原因の一つだ。大陸軍が攻めて来た時に、我が王国騎士団は大陸軍を撃退した。そこで手を引いていれば良かったのだが、今度は王国騎士団が大陸に攻めて行った。王宮でどんな決定を行ったのかは知らんが。それともう一つは大陸から来た流れ者、カダリカとやらが王国内を荒らし回っているのが原因だ」


「カダリカ……」


 看守はカダリカの名前を聞き、考え込んだ。最近よく耳にする名前である。だが、戦争とカダリカが、ディープバレー騎士団の使者達をシャザーン卿に会わせる事と、サンダーランド強制収容所に春が来る事と、どんな関係があるのかが理解できない。


 所長は看守の言葉を待たずに話を続けた。


「ゲルゲリー公の手紙によれば、王国の全騎士団に大陸出撃の詔勅が下り、王国騎士団がガダリカを追討するのは不可能とある。使者達は、カダリカを倒す事が出来るかもしれない、唯一の者達だそうだ。そして、魔術をかけてシャザーン卿を封印したのは、国王側近の魔術師だ。シャザーン卿が脱獄となれば、クラス副所長はおろか、国王の側近ですら責任を免れんかもしれん、とある。何しろ王子様を拉致した男だからな、シャザーン卿は。少なくともクラスが失脚すれば、サンダーランド強制収容所は変わる!」


「そっ、そうかっ! では使者殿に協力してシャザーン卿を脱獄させる訳ですね!」


「そういう事だ。だが問題は、どうやって封印を解くかだ……諸君も、この収容所を良くしたいと思っているなら暫くの間、私のやる事に完全に従って貰わねばならん。すまんが君、クラス副所長を呼んで来てくれ」


「ハッ!」


 所長の話を聞いた看守は、希望に満ちた表情で所長室を後にした。


 収容所が昔の様に良くなるかもしれないという思いが看守の足取りを軽やかにし、いつしか看守は、息を切らせて副所長室へ向かって走り出していた。


 ベラマッチャとポコリーノは、風呂場の外でヘンタイロスを待っていた。


 風呂場からは鼻歌が聞こえ、ヘンタイロスのご機嫌な様子が伝わって来る。風呂に入ってから、かなり時間が経っているが、ヘンタイロスが出て来る気配は感じられない。


 ベラマッチャとポコリーノは長風呂に苛々して、ヘンタイロスに声を掛けた。


「ヘンタイロス君! まだ出られんのかね!」


「おい! 早く出ろよ! 俺達は風呂に入る為に来た訳じゃねえんだぜ!」


 だが、風呂場から返事は無く、ヘンタイロスの鼻歌が聞こえて来るだけである。


 ベラマッチャが看守達を見ると、看守達がヘンタイロスの長風呂について口々に非難しているのが聞こえる。彼等も相当苛々しているのだ!


 そんな看守達の非難の声を聞きながら暫くの間待っていると、やっと鼻歌が止み、ヘンタイロスが出て来た。


「お待たせ~ん。ああ、いいお風呂だったわん」


 サッパリとした顔で風呂から出て来たヘンタイロスに、一同は一斉に視線を向けた。看守達は、やっと出て来たヘンタイロスを見て、ホッとしている様だ。


 ベラマッチャとポコリーノがヘンタイロスの背に荷物を括り付け終わるのを見て、看守の一人が言った。


「では使者殿、所長室へご案内致します」


「むぅ、そうして貰おうか」


 ベラマッチャ達は、看守の案内で所長室に向かった。


 階段を上がり通路を進むと、少しして所長室があった。扉の前に立つベラマッチャは武者震いした。シャザーン卿と対面できるか否かは、全て所長との交渉にかかっているのである。


 看守が扉をノックすると、中から「入れ」との声が聞こえてきた。看守は扉を開け敬礼した。


「所長、ディープバレー騎士団の使者をお連れ致しました」


「ご苦労。使者殿、入り給え」


 所長の声に促され所長室に入ると、机の前で紺色の制服に身を包んだ長身の男が立っていた。


 三人が所長の前まで行くと、恭しく礼をして自己紹介を始めた。


「私はサンダーランド強制収容所の所長、ダンカン・スナッフと申します。お見知り置き願えますかな、使者殿」


 所長の丁重な挨拶を受けたベラマッチャも、紳士の嗜みとして、丁重な返礼をした。


「丁寧な挨拶、痛み入る。僕はアンソニー・ベラマッチャ、ジャヴァー族の王子だ。こちらは、ポロスのポコリーノ君。そしてこちらは、オカマのヘンタイロス君だ」


 ベラマッチャの返礼を受けた所長は、改めて三人を見た。裸の男と木人、それにケンタウロスの様な三人組が目の前に立っている。騎士団の使者としては珍妙な三人である


 。所長は立っている三人に、立ち話も何だから、とソファーに座るよう勧め、自らも向かい側のソファーに座った。


 ベラマッチャとポコリーノはソファーに座り、ヘンタイロスは床に座った。


 三人が座ると所長は看守達に仕事に戻るよう言い、看守達が部屋の扉を閉めると同時に話始めた。


「ゲルゲリー公からの手紙は拝見しました。使者殿をシャザーン卿に会わせるように、との事ですが、一つ問題がありましてな。シャザーン卿は魔術により、地下牢獄に封印されております。そして封印の解き方は誰にも分かりません」


 所長は顔を顰めて溜息をつき、下を向いた。


 所長の気持ちを察したベラマッチャは、心中穏やかならざる気分で話し始めた。


「所長、封印の事は心配無用だ。僕は魔術師ザーメインから、封印を解く呪文を聞いている。ただ、封印を解くには血と魂が必要だと聞いている。それをどうするか、だ」


 所長は驚いた表情で顔を上げた。


「ベラマッチャ殿、囚人を生贄にしろ、と言うのか?」


 ベラマッチャは苦笑しながら頭を振った。どうやら所長は仰々しい儀式を想像しているらしい。


「そうではない。先程、看守諸君から、毎日囚人が死んでいる、との話を聞いた。死んでから間もない囚人の遺体を借り受けたい、という事だ。死んでから七日間は、死者の魂は身体から離れないらしい。それに、遺体は死の谷に捨てている、とも聞いている」


 ゾンビになり、永遠に魂の安らぎを得られないのであれば、シャザーン卿の封印を解くために死者の魂を借り受け、魔術の力で魂を消滅させてやったほうが死者の為になる、とベラマッチャは力説した。


 所長は困惑の表情で腕を組み、上を向いたり下を向いたりしながら考え込んでいる。


 ヘンタイロスは手持ち無沙汰になり、所長の頭が上下する回数を数えていた。所長の頭が二十一回目に下を向いたとき、部屋の外がざわめき出し、二人の男がノックもせず所長室に入ってきた。


 部屋に居た四人は、突然の事態に驚き、一斉に扉の方に振り向いた。見ると、紺色の制服に身を包んだ、背の低い小太りの男と、身の丈七尺はあろうか、という身体が筋肉の鎧で覆われた様な大男が立っている。


 背の低い男は、陰険そうな眼でベラマッチャたちをジロリと見た後、所長に向かって喋り始めた。


「所長! 侵入者が出て忙しいのに、何用ですかな!? 収容所の一大事ですぞ!」


 所長は立ち上がり、一緒に入ってきた看守に仕事に戻るように言った後、背の低い男に向かって話した。


「クラス副所長、侵入者の件は解決した。君の目の前に居る三人がそうだ。彼等はディープバレー騎士団の使者だ」


 所長の言葉を聞いたクラスは眼を吊り上げ、怒りを露にして怒鳴り散らし始めた。


「ディープバレー騎士団!? フンッ! どうせ文句でも言いに来たんだろう! ゲルゲリー公の件は私に非はないぞ! 私は忠実に職務を遂行しただけだからな! それとも私を殺すためにきたのか!? だが、それは無駄だ! 貴様等なんぞ、私の忠実な僕、ゴメスの敵ではないわ!」


 そう言ってクラスは、大男の顔を見上げてニヤリとした。


「まあ、落ち着きたまえ副所長。僕はアンソニー・ベラマッチャだ」


 尋常ではない癇癪振りにベラマッチャは立ち上がり、クラスを落ち着かせようと握手を求めた。だが、大男のゴメスがクラスの前に立ちはだかり、いきなり警棒でベラマッチャの脳天を拝み打ちに殴りつけた!


「副所長に触れるんじゃねぇ~っ!」


「ホゲェ~ッ!」


 ベラマッチャは脳天を痛打され、悲鳴を上げながら倒れて床を転げ回った。それを大男が何度も警棒で殴りつけながら、吼える様な声で叫んだ。


「使者の分際で偉そうにしやがって! てめえ等の代わりなんぞ掃いて捨てる程おるんじゃいっ!」


「この野郎! 何しやがるんでえっ!」


 横に座っていたポコリーノが立ち上がった。


 大男はベラマッチャへの暴行を止め、ジロリとポコリーノを見た。睨み合い、一触即発の二人を制したのは所長の声だった。


「止めなさい。この収容所で喧嘩は許さん。何事も規則に従って貰おう」


 ポコリーノはベラマッチャを助け起こし、ソファーに座らせた。


 ベラマッチャとポコリーノがソファーに座ったのを見計らい、所長がクラス副所長に話し掛けた。


「副所長、使者殿はゲルゲリー公の件で来られたのだが、ディープバレー騎士団へ返答はどうするかね?」


「返答!? そんな物は必要ない! この連中は収容所の秩序を乱した。もしかしたら、私を殺そうと侵入して来た連中かもしれん! 所長! この連中の処分は私にやらせて貰おう!」


「副所長、彼等は騎士団の使者だ。返答をするか、しないかも含めて、暫く考える必要がある。使者達は収容所を騒がせた。その反省をして貰うためと、こちらの対応を協議する間、地下牢獄に入って頂くのはどうだ?」


 所長の返事を聞いたクラスは、意味の有りそうな笑みを浮かべた。


「所長、あんたもなかなかヤリますなあ。使者達を地下牢獄送りにするとは。やっと王宮の方針が分かってきたようですな。地下牢獄送り! この甘美な響きに、私は賛成ですぞ!」


「フフッ……私も仕事を失いたくないですからな」


 所長はクラスに言うと、大男のゴメスに看守達を呼ぶように言いつけた。クラスも部屋へ戻って休むと言い残し、所長室から出て行った。


 二人が出て行った後、所長は葉巻に火を点け、美味そうに一服してからベラマッチャたちに向かって話し始めた。


「これで地下牢獄に行ける。あそこは鉄の扉で閉ざされた、侵入者を寄せ付けない場所だ。これを持って行くといい。地下牢獄の鍵と扉の鍵だ。私に出来るのはここまでだ」


 そう言って、所長は机の引き出しから地下牢獄の鍵と扉の鍵を取り出し、ベラマッチャに投げ渡した。


 ベラマッチャは受け取った鍵の一本をヘンタイロスに渡し、残りの一本をマワシの隙間に捩じ込み、所長に感謝の言葉を述べた。


「所長、心遣い感謝する」


「君達と私達の利害が一致しただけだ。感謝される程の事ではない」


 ベラマッチャが所長への感謝の言葉を言い終わると所長室の扉がノックされ、看守たちが入って来た。


 看守たちは所長の前まで来ると、全員揃って敬礼した。


「所長、お呼びでしょうか?」


「ディープバレー騎士団の使者殿を地下牢獄へ入れたまえ」


「地下牢獄!」


 看守たちは騒然となった。全員が驚きの顔をして、顔を見合わせている。


「正気ですか? 彼等は騎士団から派遣されて来た使者なんですよ?」


 看守の一人が所長に向い疑問の声をあげた。騎士団から派遣されて来た使者を、地下牢獄に入れてしまうとは正気の沙汰ではない。


「構わん。クラス副所長と話し合って出した結論だ。さあ、早く使者達を連行しなさい」


「分かりました。命令とあらば従います」


 看守たちは三人を立たせ、手枷を掛けた。ベラマッチャ、ポコリーノ、ヘンタイロスの順番で三人をロープで数珠繋ぎにし、前後を看守達が警備して所長室から出て行った。


 ベラマッチャが所長室を出る時に後ろを振り返ると、所長が笑顔で会釈をして見送ってくれた。


 地下牢獄に向かう通路を歩きながら、ベラマッチャは「とうとうここまで来た」との思いで胸が一杯になった。後ろの二人も看守たちも、無言で石造りの薄暗い通路を歩いて行る。


 地下牢獄へ入れば、シャザーン卿との対面は目の前である。


 シャザーン卿がどんな人物かはザーメインの話でしか知らないが、旅を続けているうちに、ベラマッチャはシャザーン卿が、頼りになる紳士的な人物と思うようになってきたのである。


 やがてベラマッチャたちは鉄の扉の前に到着した。先頭の看守の一人が振り返り、ベラマッチャたちに向かって言った。


「使者殿、ここが地下牢獄です」


 看守は腰に付けた鍵束から一本を選び、扉の鍵穴に差し込んで回した。ガチャリという音の後、看守が扉の取っ手を握り扉を押し開けると、錆びた鉄が擦れる音と共に、薄暗い地下牢獄が眼前に現われた。


 看守たちを先頭に中へ入ると、部屋の左右に鉄格子が付いた小部屋が、向かい合って二部屋づつあるのが分かる。


 看守たちが右側の二つの小部屋の扉を開けている間に、三人は小部屋の前に連れて行かれ、ロープと手枷を外された。


「使者殿、この様な事になり心外でしょうが、こちらにお入り下さい」


 看守は無念の表情でベラマッチャとポコリーノを手前の部屋へ、ヘンタイロスを奥の部屋へ入牢させた。牢獄の鉄格子が閉められた後、ベラマッチャは悲しそうな表情で俯いている看守たちに言葉をかけた。


「看守諸君、僕等の事は気にしないでくれたまえ。所長を信頼し、付いて行く事だ。きっと所長は、サンダーランド強制収容所を元に戻してくれるだろう」


 看守たちはベラマッチャの言葉に、悲しそうな顔のまま頷き部屋を後にした。


 鉄の扉が音を立てて閉まり、暫く後、静寂が部屋に訪れた。


 地下牢獄は松明が灯るだけで薄暗く、隣の牢獄とは石壁で仕切られており、鉄格子以外も頑丈な石壁で出来ている。これでは簡単に脱獄できないだろう。


 ベラマッチャは一通り周りを見回し、今夜は休息を取り、明日シャザーン卿を探す事をポコリーノに提案した。


「ポコリーノ君、今夜はもう遅い。休息を取り、明日シャザーン卿を探すとしようではないか」


 ベラマッチャの提案にポコリーノも頷いた。


「それがいい。今日は本当に疲れたぜ。幸い風呂にも入れた事だし、今日は一眠りして明日シャザーン卿を探すとしよう。おい!ヘンタイロス!今日はもう寝て、明日シャザーン卿を探すぞ!」


 ポコリーノが隣の牢獄のヘンタイロスに声を掛けると、隣からヘンタイロスが眠そうな声で返事をして来た。


「分かったわん。今日はもう寝ましょう」


 既にヘンタイロスは、半分眠りに落ちている様である。


 ヘンタイロスの声を聞いたベラマッチャは、強烈な疲労が襲って来た。ポコリーノも口を押さえて欠伸をしている。


 ベラマッチャとポコリーノは横になり、明日の牢獄探索について話しながら眠りに落ちていった。

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