第8話:Astro Zombies 其の2

 ベラマッチャとポコリーノはヘンタイロスの背中に荷物を括り付け、アイアン・フィスト城を出発した。


 ディープバレーの街を出て暫く歩くと、高台の様な場所に出た。晴れ渡った空の下、高台に立ってみると眼下に死の谷、前方の森の向こうに建物が霞んで見える。おそらくサンダーランド強制収容所であろう。


 刑務所という未知の世界を前に、ベラマッチャは武者震いした。ポコリーノとヘンタイロスも、彼方に見える建物を見つめている。ヘンタイロスの提案で昼食を取る事にした一行は、木陰を探して腰を下ろし、今朝の出来事について話始めた。


「ねぇんポコリーノ、なんで四人分の荷物なのかしらん?」


「ゲルゲリー公はシャザーン卿の分まで用意してくれたんだろう。俺たちがサンダーランド強制収容所から出てくると信じてな」


 ベラマッチャは、ポコリーノのゲルゲリーに対する態度が変わったのを見て可笑しくなり、からかう様に聞き返した。


「おやおや、ポコリーノ君、先程まではゲルゲリーと呼び捨てていたではないか? どうした心境の変化かね?」


「心境の変化も何も、イザブラー親分に縄を預けている人だ。俺を一撃で倒した憎たらしい男だが、一目置かざるを得ねえだろう。イザブラー親分もゲルゲリー公を信頼していればこそ、縄を預かったに違いねぇ」


「むぅ、流石はポコリーノ君、ケツの穴のデカさも男の中の男だな」


「あらん、ケツの穴のデカさならワタシも負けてないわよん」


 ベラマッチャとポコリーノは、心の問題なのか身体の問題なのか見当がつかないヘンタイロスの発言に、動揺を悟られないよう黙々と昼食を食べ続けた。


 同意を得られなかったヘンタイロスは一人だけ先に食事を終わらせてしまい、心の中で不平を唱えながら手早く後片付けを行った。


 昼食を済ませた一行は、ゾンビに出会わないように祈りながら、谷底に向って進んで行く。谷底は太陽の光も殆んど届かず、薄暗くジメジメと湿った感じだ。黴の匂いと肉が腐ったような匂いが、ゴチャ混ぜになり鼻を襲う。


「何よん。この匂いは。身体中に付いて、暫く取れなくなるんじゃないのん?」


「確かに凄まじい臭気だ。これならゾンビが出るのも頷けるな。見たまえヘンタイロス君。地面も樹木も黴だらけだ。昼間のうちに上に出よう。夜になったらゾンビに襲われてしまう」


「おいおい、ゾンビなんて言うと出てくるかもしれねえぞ。この黴、身体に付かねえだろうな? 黴が生えると身体を削らなきゃならねえ。上に行ったら身体を洗おうぜ」


「やだん。ポコリーノ、変な事言わないでよん。本当にゾンビが出てくるかもしれないじゃないん。でも、ゲルゲリー公も変な人ねん。昼間ならゾンビが出ないって知らないのかしらん? 聖水を貰っても、夜にならないと使う必要ないわん」


「ヘンタイロス君、彼の事だ。きっと夜になった場合の事も考えているに違いない」


 三人は黙々と谷底を歩き続け、やがて上に登っていけそうな道を発見した。谷に入ってから、かなり時間が経っている。日が沈む前に谷を抜けなければゾンビの餌食になってしまう恐れがある。


「諸君、ここから上に登れそうだ。早く、この場所から抜け出そうではないか」


 ベラマッチャが足場になりそうな所を探していると、後ろにいるヘンタイロスが黄色い声で喋り始めた。


「ちょっと、やだぁん。ポコリーノったらん。ワタシのお尻が魅力的なのは分かるけど、触りたいんだったら上に登ってから、タップリと触らせてあげるわん。ケツの穴のデカさも知りたいのかしらん。ウフフ……」


「何言ってるんだ? お前のケツなんか触る訳ねえだろ? 胞子にやられて脳がカビちまったのか?」


「えっ?」


 不思議に思ったヘンタイロスは後ろを振り向いた瞬間、悲鳴をあげた!


「ぎぃえぇ~っ!」


 絶叫に驚いたベラマッチャが振り返ると、後ろにはゾンビの大群が迫って来ているではないか! しかも一匹は、ヘンタイロスの尻を撫で回しているのである!


「ひっ、昼間ならゾンビは出ないんじゃねえのかっ! ベラマッチャ! どうなってやがる!」


「ヒイィッ! 助けて~んっ!」


「こっ……これはいったい……」


 昼間ならゾンビは出ない! 村の呪術師、スヌーカーの言葉を信じていたベラマッチャは動顛し、動く事ができないている。ヘンタイロスは後ろ足でゾンビを蹴り、自分の尻を撫で回していたゾンビを撃退した。しかし蹴られたゾンビは、片腕が取れてもこちらに向かって来る!


「ベラマッチャ! 聖水だ!」


 ポコリーノはベラマッチャに向かって聖水を使用するよう叫んだ! ベラマッチャも我に返り、ヘンタイロスの背中の荷物から聖水を取り出そうとするが、ヘンタイロスが暴れてしまい取り出せない。


 ゾンビはもう手が届く所まで迫って来ている!


「くっそぉ~っ! こんな所で枯れてたまるかっ!」


 ポコリーノは迫ってくるゾンビを、手当たり次第に殴り倒していく。しかしゾンビは、腕が無くなろうが足が無くなろうが向かってくる。ポコリーノの殺人パンチで、腹に大穴を空けているゾンビまで攻撃を止めないのである!


「ヘンタイロス君! 動くんじゃない! 聖水を取らせてくれたまえ!」


「ヒエェッ! イヤよん! 死にたくないわん!」


 パニックに陥ったヘンタイロスは慌てふためき、あちこち動き回っている。ベラマッチャはヘンタイロスを落ち着かせようと、暴れるヘンタイロスにしがみ付き、背中によじ登った。


「落ち着きたまえ! ヘンタイロス君! ポコリーノ君! もう少しの間、ゾンビを食い止めてくれたまえ!」


「無理だベラマッチャ! 早く聖水を取り出せ!」


 ヘンタイロスはやっと落ち着きを取り戻し、ベラマッチャは荷物の中を探る。しかしそこに、ゾンビが迫ってきた!


「キエェッ!」


 気合一閃、ポコリーノの殺人パンチが炸裂! ヘンタイロスに迫っていたゾンビの顔面を直撃した! 頭を破壊されたゾンビはその場で崩れ落ち、動かなくなった。


「そうかっ! 頭だっ! 頭を破壊すれはゾンビは動かなくなるっ!」


 ゾンビの倒し方を知ったポコリーノは、近づいて来るゾンビの頭を片っ端から殴りつけていく。


 落ち着きを取り戻したヘンタイロスも、周りのゾンビを殴り始めた。それを見たポコリーノはヘンタイロスに向かって、ゾンビの頭を破壊しろと怒鳴る。


 そこへ、ベラマッチャが聖水を持って駆けつけてきた。


「ゾンビよ! 退散したまえっ!」


 ベラマッチャは周りのゾンビに向かって聖水を降りかけた! 聖水をかけられたゾンビは、みるみるうちに身体が崩れていき、骨だけになっていく。


「おぉっ! 見たまえ諸君! ゾンビが下がって行くぞっ!」


 聖水は効果を発揮し、ゾンビは少しずつ下がり始めた。ベラマッチャはさらに前に進み聖水を振り掛けていく。


 しかし一匹だけ、聖水の雨を掻い潜り、ヘンタイロスの腹の下に潜り込んだ!


「ヒィエエッ! もうダメんっ!」


 恐怖が頂点に達したヘンタイロスはその瞬間、身体を硬直させたまま失禁した。放尿は凄まじい勢いでゾンビの顔面に浴びせられ、完全に動きを封じていでいる!


「ヒイィッ! ベラマッチャ! 聖水をかけてん!」


 悲鳴を聞き振り向いたベラマッチャは、ヘンタイロスの元へ行くのを一瞬ためらった。ヘンタイロスは自身の『聖水』をゾンビの顔面に浴びせているのである。今ヘンタイロスの元へ駆け寄れば、自分も『聖水』の飛沫を浴びてしまう!


「ヘンタイロス君! まず君の『聖水』を止めたまえ!」


「そんな事言ったって、急に止まるわけないじゃないんっ!」


 ヘンタイロスは放尿を続け、ゾンビの攻撃を阻止している。見かねたポコリーノは近くに落ちている石を拾い、ヘンタイロスの『聖水』を浴びているゾンビに向かって投げ始めた。


「げぇんっ!」


 石はゾンビはだけでなくヘンタイロスにも当たり、ヘンタイロスは放尿しながら逃げ惑っている。おかげでヘンタイロスはゾンビと離れた!


「今だっ! ベラマッチャ! 聖水をかけるんだっ!」


 ポコリーノの声にベラマッチャが振り向き、本物の聖水を降りかけた。


「ゾンビよっ! 土に帰りたまえっ!」


 ヘンタイロスの『聖水』でビショ濡れになったゾンビは、悲鳴とも思える叫びをあげて崩れ落ちていった。


「今だ諸君っ! 脱出するんだっ!」


 一行は急いで坂道を駆け上がった。後ろを振り向いてもゾンビが追って来る気配はない。石ころだらけの道を走り続けて行くと、次第に臭気が薄れていく。


 息の続く限り走り続けた一行は、ようやく谷を抜け出た事を知った。周りに生えていた黴も無くなっている。


 三人は森の中で倒れこみ、息が整うまで寝転んだ。


 暫くしてポコリーノが起き上がり、ベラマッチャを怒鳴りつけた。


「おいベラマッチャ! 昼間ならゾンビは出ないんじゃねえのか! 話が違うぞ!」


「怒らないでくれたまえ、ポコリーノ君。スヌーカーの話では……」


「ちょっとん! アンタ、よくも石をぶつけたわねんっ!」


 ヘンタイロスがポコリーノに歩み寄り、睨みながら文句を言い始めた。


「痛いじゃないのんっ! お肌に傷が付いちゃったわんっ! アンタ、美肌を維持する苦労を知らないのんっ!」


「なにぃっ! 小便漏らして怖がってやがったくせにっ! 俺が石を投げなきゃ、お前は今頃ゾンビになってたんだぞっ!」


 ポコリーノも立ち上がり、ヘンタイロスに向かっていく。お互いの服を掴みながら罵りあう二人を見たベラマッチャは、立ち上がり仲裁に入った。


「落ち着きたまえ。生きて出られただけでも良かったではないか」


「なに言ってるのよんっ! アンタがインチキ呪術師の話なんか信じてるから、こんな目に遭うんじゃないのよんっ!」


「そうだぜ! なぁ~にが昼間ならゾンビは出ないだっ!」


「大体、腹話術と魔術の区別もつかないから、こんな事になるのよんっ!」


「ヘンタイロス君、僕は腹話術なる魔術を、あのとき初めて見たのだよ」


「魔術だって!?」


 ポコリーノは突然、笑い始めた。ベラマッチャは腹話術を魔術と思いこんでいる。


 ヘンタイロスはポコリーノに、ベラマッチャが昔、呪術師に見せられた腹話術を、魔術と信じ込んでいた事を話した。それを聞いたポコリーノは、腹を抱えて笑っている。


「おいおい、腹話術なんて、大道芸人のネタだぜ! 本当に魔術だって信じてたのか!? まったくオメデタイぜ!」


「くぅっ! あの大技はネタだったのかねっ!」


 スヌーカーから見せられた大技の真実を知ったベラマッチャは、両手をつき項垂れた。まさか、あの大技が大道芸だったとは……。


「そうか……それでスヌーカーは追放されたのだな……」


「そりゃあ追放されるぜ! そんな技が魔術だなんてな!」


 ポコリーノはなおも笑い転げ、見ていたヘンタイロスもベラマッチャも吊られて笑い始めた。


「いやあ、まったく疑わなかったよ! 子供ながらに、あれこそ魔術の極みと思ったものだ!」


 一頻り笑い終えた三人は地面に座り、ゾンビが出た時の恐怖やヘンタイロスとゾンビの『聖水』プレイの事で盛り上がった。


 サンダーランド強制収容所は目前である。楽しい休息の時間を終え、三人は目的地に向かって歩き始めた。


 悪党の巣窟、サンダーランド強制収容所とは、いったいどんな所なのであろうか? ベラマッチャは胸騒ぎを覚えながら、先頭に立ち進んで行った。

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