第28話 寝たら綺麗になってしました

 俺達の周りには、人集りが出来始めていた。


 音楽もない中、二人で剣を振り、回し、当て、舞う。


 遊びだ。真剣な遊び。


 剣は勿論人を殺しうるもんだ。

 当たりどころによっては大怪我だ。

 だけど、そんな心配はしてない。


 「あはははは!」


 ラスティが楽しそうに、そして、妖艶に笑いながら剣を振るい舞い踊る。


 コイツのことはよく知っている。

 共に戦い、笑い、泣き、必死に生きてきた【黒蝙蝠】の一員だ。


 どんな動きが多くて、どんな風にしたがって、どんな音楽が好きで、どんな事を思っているか。なんとなく分かる。


 ただ……やっぱり寝てないと、周りの人間をただ死なせないようにってだけしか考えず、結構きつい事も言ってた気がするな……。


 そんな事を考えたら、ラスティの細剣が俺に迫り、慌てて俺は守りの構えをとる。

 キインという音が耳を突き抜け、じっと見つめるラスティの瞳。


―  他の事を考えないで、アタシを見て  ―


 そう言ってる気がした。

 俺は、謝罪代わりに大きく剣を振り回し、アクロバティックに飛びはねるとラスティに剣を向け駆け出す。


 遊びだ。


 最高の遊び。


 最初は戸惑っていた人々だったが、次第に俺達の剣舞に見入っていく。


「綺麗……」


 そんな言葉が聞こえ、笑ってしまい、そう呟いた娘を見て笑いかけると、顔を赤くする。


 キィイイイイン!


 恐ろしい速さの剣が俺のいた場所を突いてくる。ラスティがにこりと笑っている。

 こえええ……。


 俺は気を取り直して、ラスティと打ちあいどんどんと速度を上げる。

 そして、それに合わせて音楽が鳴り始め、歌が聞こえ、踊り子が舞う、観衆は盛り上げる。


 ラスティの剣舞は美しい。彼女自身の美しさもあるかもしれない。

 しかし、それだけではない。彼女の剣舞はどこか寂しげで切なさを感じさせながらも、見るものを魅了していく。

 剣の一振り一振りが言葉のようで、俺達は剣を合わせ、動きを合わせ、会話をする。

 やがて、ラスティの表情は穏やかになり、頬を伝う涙が見える。

 ラスティのその顔を見て、人々は息を飲む。

 涙さえも舞の一つに見えるほどに。

 美しい。


 そして、うぬぼれでなければその美しさは、俺に……。


 ラスティの細剣と俺の剣が互いの首筋で止まり、見つめ合い、微笑む。


 一瞬静まり返った後、歓声が上がる。

 ラスティは泣き笑いしながら、俺を見る。


「ありがとうございます。ネズ様。しあわせな時間でした」

「俺は何もしてねえよ。お前に引っ張られただけだ」

「アタシは見てほしかっただけですよ。貴方に。この胸の高鳴りは、どんな観衆の前でも、舞台でも……今まで感じたことの無い感情。これがきっと……愛。じゃあ、宿で一夜を共に」

「いや、それはダメだろう」

「えー、ケチぃ」

「ケチって……本来の目的忘れてんじゃねえよ」

「なら、キスくらいしてくださいよぉ」

「分かった。ほら」


 俺はラスティの唇に軽く口づけする。

 

 すると、周りの人達から歓声が上がった。

 ラスティは目をぱちくりなせながら顔を真っ赤にしてこっちを見ている。

 あんな凄い身体してて、服装も露出高いのに、初心だな。


「……た、隊長ってこんな人だったっけ?」

「寝たら色々分かったんだよ。もうお前らの想いを無視したりしねえよ」

「そっかぁ。そっかぁ……」

「おう、そうだ」


 ラスティは俺の腕に抱きついて、上目遣いで見つめてくる。


「じゃあ、今夜、一緒に寝てくれますよね?」

「いや、だから……って、なんだこいつらは……それより、ナルシィに一泡吹かせるんだろ? まだまだ精一杯盛り上げてアイツらのお株を奪ってやろうじゃねえか」

「はい!」


 俺達は再び剣舞を始める。どんどんと膨れがる人だかり。

 それを連れて、ラスティに案内された気障野郎ナルシィがパレードをやっているであろう方角へ向かう。


「隊長、ナルシィいましたよ」


 ラスティがここぞとばかりに抱きつき囁いてくる。

 そこには、馬車に乗り、派手な衣装を着た男が立っていた。

 周りには美男美女。そして、観衆。

 だが、人だかりはいい勝負だ。


「ナルシィ、なんか見る度に派手になってんなあ」


 この前黒蝙蝠で国中回ってた時に見た姿よりも派手だ。

 確かにツラはいいんだけど、どうにも軽薄さが滲み出ている。

 俺達に気付いて声を荒げる。


「君達か! 僕のパレードを邪魔している輩は! 今すぐ止めないと痛い目にあうぞ!!それに、ラスティ君、どこの馬の骨かも分からない男を選ぶのかい? この僕よりも!」

「うるせぇよ。気障野郎」

「何だと!? この僕に向かって無礼な!!」

「まあまあ落ち着いてよ。ナルシィ。何度も言ったじゃないですか。私とネズ様は愛し合ってるんですから、どっちを選ぶかなんて明白ですよねぇ?」

「くぅ……って、ネズ? ネズがどこに?」


 キョロキョロと辺りを見回す気障野郎。

 ラスティが横で呆れた顔をしているが気にしない。


「俺だよ、俺。俺がネズだよ、ナルシィ」

「ネズだって……?」

「ああ、そうさ。やっと思い出してくれたか?」

「何を言っているんだい。ネズはとんでもなく醜い男だったはず」


 そう言って、俺の顔を見て驚くナルシィ。

 まあ、寝不足のせいで、くまがひどかったし、肌も荒れてただろうし、髪も髭も何もしてなかった。でも、そんな言うほどか?

 見れば、ナルシィの取り巻きもこっちを見て顔を赤らめている。


「ネズ、君は本当にネズなのかい?何故そんなにも変わったんだ!?」

「ん~、寝たから」

「はぁあああああん!?」


 寝たら肌も綺麗になってくまもとれて、まあ、清潔になろうって考えが生まれた。

 それだけのことなんだけど、それを言ったところで納得しないだろうし、ここは適当に流すしかない。


「ま、まあいい! で、ネズ、君は、美しきラスティを連れ去りに来たという訳か!?」

「まあ、それも勿論だけどよ。もう一つ……この街キレイにしに来た」

「はぁああああ!?」


 寝たら本当に色んな事が気になるもんだな。

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