第2話 寝たら暴走しました
時は少し、遡る。
「眠い……」
俺はそう呟くと、右から襲い掛かってきた魔物の頭を掴み怒りのままに投げ飛ばした。
「っるぁあああああ!」
投げ飛ばされた魔物は別の魔物にぶつかって両方ぺちゃんこに潰れる。あ~すっきり。
「にしても……多すぎるだろ」
遠く向こうには数百の魔物、そして、左右にも数十ずつ潜んでいるようだ。
「大将が、考えなしに突っ込んでいくからだろ」
左後方から声が掛けられる。
ゆらりと首だけを傾けると、青紫髪が見える。
「うるせえよ」
「へいへい……まあ、正直眠すぎて頭……! 回んねえよなあ!」
青紫髪の男は駆け込んできた双頭蛇の頭を両方掴み、俺のほうへ投げつけてくる。
「そうっいうっことだオラアアアアアア!」
逆側から赤紫髪のふくよかな少女に向かって飛び込んできた岩人形を力任せに持ち上げてその勢いのまま背を反らせて地面にたたきつける。
飛んできた蛇は地面と岩人形に挟まれ圧死、岩人形も地面に頭が突き刺さった上に青紫髪が核の部分を引き抜き動けなくさせる。
「おい、オレと大将だけじゃなくて、オメーも働けよ、グラ」
「ごふ……! ご、ごべぇん」
岩人形の強襲に驚きながらもしっかり持って落とさなかったオーク肉にかぶりつきながら赤紫髪のふくよかな少女が謝る。
「っていうか、いつも食べすぎだろう……! 身体を壊しても知らんぞ! 私は!」
「っていうか、苛々しすぎでしょう! さっきからうるさい! ワタクシの世界一繊細な耳が潰れてしまうわ!」
「あ、あの……アタシも、ちょっと、苛々で食欲が止まらなくてごべ…」
「「食べるのをやめなさい!」」
後方から大きな金切り声で銀髪、金髪が赤紫髪を怒り続ける。
「おい、離れろ。色ボケ婆」
「ガキは黙りなさい」
「ワタシと違って年寄りなんだから、肌荒れヤバいぞ、ババア」
「あんたこそ、目の隈ひどいわよ~。あたしと違って陰気な顔なのに」
いつの間にか俺の両サイドに現れた桃色髪と黒髪が睨みあっている。
後ろの大声で揉めてるのも勘弁してほしいが、胃がキリキリするような静かな睨みあいもやめてほしい。
「おい、なんとかしろ」
「それはボクに言ってる? 無理無理、全然やる気が出ないもの。明日頑張るよ」
俺が腰に巻いているロープを少し引っ張り、繋がった先にあるソリで寝転がっている灰色髪が弱弱しく笑いながら手をひらひらさせる。
「明日生きてたら絶対やれよ」
「生きてたらね、この状況で」
ネルナ王国の特務部隊『黒蝙蝠』。
国が誇り、脚光浴びる『七光』とは違い、汚れ役を一手に担う。
劣悪な環境、不利な状況、絶望的な戦場、そういった場所にまず投げ込まれるのが黒蝙蝠だ。
今回は、万に近い数で大量発生した魔物を、七光がたどり着くまで足止めをしろという命令だった。
ちなみに、こちらは八人だ。
はあ?
ふざけんなできるわけねえだろというかなんで俺達が先行して足どめする必要がある七光だったら俺たちとちがって待機が仕事みたいに今なってんだからすぐにいけるだろうがすこしでも削らせて楽しようとしてんじゃねえよ国のいち大事だろうが意みわかってねえのか馬かが馬鹿が馬かがばかがこちとら不眠ふきゅうで移どうしてたたかってんだばかやろうああねむいくそふざけんないつもいつもこっちがなんとかなりそうな状きょうになったらよびもどして七光にいかせてなんだあのタイミングどっかでみてんのかきもいきもいきもいあーねむいねむいねむいふざけんなくそがまものへらねえなおいいつまでたたかえばいいんだよはらへったくさいしんどいいらいらする。
「大将、全部声に出てんぞ」
「……まあ、別にいいや。どうせ、このまんまなら俺死ぬだろう、しっ……!」
その瞬間、黒い触手が突如として現れ、俺達に襲い掛かる。
全然気づかなかった! くそ! どんだけボーっとしてんだよ!
慌てて腰の剣を引き抜こうとしたが間に合いそうにない。
が、思考が分散した瞬間、足元がふらつき崩れ落ちる。
俺の上半身があったはずの場所に黒い触手が通り過ぎていく。
地面に前のめりに倒れこむ寸前、顔だけは左に回し視界を確保する。
その瞬間、見えたのは……青紫髪の男が腹を貫かれて口から血を吐いている様子だった。
逆方向の女たちも小さくうめき声をあげ、崩れ落ちていく声が聞こえる。
さっきまで強く引っ張られていた腰のロープも今はだらりと垂れている。
「はっはっは! 無様に地面に寝転んで無事とは貴様は運がいいな」
視線を動かすと、青い肌の魔人が赤い血のついた触手を揺らめかせながらこっちを見て笑っている。
「さてさて、噂に聞くネルナ王国の強者とはいかほどかと思ったが、つまらんなあ……やはり、人間は全員永久の眠りにつくべきか……」
「うるせえ」
寝転がったまま、俺は口を開く。
寝たいけどこういうのじゃねえんだよ。
俺はくっせえ土を握りしめ立ち上がる。
ちゃんと気持ちよく眠りたいんだよ。
目の前の魔人を真っ赤に充血した目で睨みつける。
顔の右半分はくせえ土まみれ、身体は軋むし、視線さだまらねえし、頭ぼーっとするし、眠いし、最悪だ。
「おお! 立ったか、いいぞいいぞ!」
「でけえ声出すな。頭いてえんだよ……もういい、もういい、もういい」
「何故三回言った?」
「大事なことだからな、てめえのその性能低そうな耳にちゃんと届ける為にだよ」
「ほほう……では、何がもういいのだ?」
「さっき永遠の眠りっつったよな。てめえにはさせねえよ。俺がやる」
「は? お前が……」
「俺は今から全力を出す。全力だ、全力でてめえをぶっ飛ばす」
「大事なことだから三回言ったなあ。お前が儂を永遠の眠りにつかせるのか?」
「ちげえよ。俺が眠る。もう、てめえぶっ飛ばしたときに命もなんも残ってなくていいから、俺の全て使い切っててめえをぶっ飛ばし、こいつらを守る」
そして、俺の意識はそこで途切れた。
気づけば、俺の周りには血まみれの隊員たち。
「大将……もういい……もうやめてくれ……」
「し、しな、しなないで……お願い」
「死ぬなんて……げふ……絶対に許可しないんだから……!」
「許さん……絶対に許さんぞ!」
「もう、やめましょ……そんな怖い顔しないでよ」
「やだやだやだやだやだやだやだ……! 死んだらワタシも死ぬ」
「…………もういいんです。敵は、止まりました」
隊員たちにズタボロでグチャグチャの身体をがっちりと掴まれた俺が見たのは、俺とは違い周りの部下たちに身体を優しく支えられながらなんとか立とうとする魔人の姿だった。
「ぐ、ぐふ、ぐははははははは! すごい! すごいぞ! 人間! まさか、この神たる儂がここまで傷を負うとは! 褒美をやろう、何がいい?」
「帰れ……んで、もう寝かせてくれ」
「良いだろう! 神の名において、ネル=ノア=ダイージに素晴らしき眠りを!」
うるせえ、誰だよソイツ。
っていうかな、今なら大体素晴らしい眠りなんだよ。
俺は、一か月寝てなかったんだから。
そして、俺は一か月ぶりの眠りについた。
そして、最高で最悪の寝覚めを迎えることになる。
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