第3話:十年後02


「本当に良かったのかや?」


 鬼一が声をかけてくる。


 鞘に収められ刀袋に居られてはいるが喋ることは出来るらしい。


 そんなことは長い付き合いのアインには今更だが、当人ほど厳格にその定義を把握しているわけでもない。


「師匠のおかげで自我を確立できたしな」


 アインは軽く言ってのける。


 ガタゴト。


 馬車の中での会話だ。


 もっとも会話とは言うが声を震わせているわけでは無い。


 思念による会話。


 テレパシーのソレである。


 和刀たる鬼一は言葉と思念……両方で会話が出来るのである。


 今は他の乗客もいるから驚かせないために思念で会話をする二人だった。


 インテリジェンスソードと知られれば厄介な状況になるのは必然だ。


「しかし勝手に追い出しておいて急に呼び戻すとはのう?」


「何かしらの事情があるんだろうよ。父も」


「貴族のくせに魔術を使えないきさんにかや?」


「師匠の皮肉は痛烈だぞ」


「かっか。良いではないか」


「感謝はしてるさ」


「うむ。師匠と弟子は互いに敬い慈しみ合うのが必定というものじゃ」


「さほどでもないがなぁ……」


 ぼんやりと思念で返すアインだった。


 そんな会話をしていると、馬車の馬が吠えた。


「何だ?」


 アインが気を張る。


「山賊じゃな。人数は計五人」


 さすがに空間の推移を見て取るだけあって鬼一の判断感知能力はずば抜けていた。


 馬車の客を見る。


 パニックに陥る人間で構成されていた。


「しょうがない」


 腹をくくるアイン。


 鞘袋から鬼一を取り出し鞘から刀身を晒す。


「よっ……と」


 馬車から飛び出し状況把握。


 山賊も警戒した。


 武器を持った人間が馬車から出てくれば抵抗の証ととられて不思議ではない。


 というか実際にその通りなのだが。


「馬車の客はどうするのじゃ?」


「ライトに任せる」


 サクリと言ってのけて山賊と対峙。


 とりあえずは話し合い。


 ラブアンドピースが世界を救う。


「見逃してくれない?」


 アインはそう言った。


「ほう」


 と山賊の一人が興味深げにアインを見やった。


「可愛い顔してるじゃないか。大層な値段で売れるだろうな」


「うえ」


「その前に楽しませて貰うが」


 どうやら山賊にはそっちのケがあるらしかった。


 たしかにアインは美少年なのだが。


「だははははっ!」


 鬼一は大爆笑。


「師匠……笑いすぎ」


 思念で嘆息するアイン。


「ともあれ抵抗するなら好きにしろ。五人相手に出来るならな」


 ニヤニヤと笑う山賊の筆頭。


「やれやれ」


 刀を持った手とは反対のソレで頭をガシガシと掻く。


「あんまり切った張ったはしたくないんだが……」


「じゃあ観念するんだな!」


 そして山賊たちが襲ってくる。


 一人目は棍棒で殴りつけようとしてきた。


「疾……!」


 和刀を振り抜く。


 棍棒は付け根から切り落とされた。


「うむ。いい筋だ」


 他人事の様に(というか他人事だが)鬼一がアインの太刀筋を賞賛した。


 無論思念で。


「そりゃ重畳」


 とアインも思念で返す。


 そして山賊に急接近。


 和刀鬼一をふるって山賊の鼻を切り落とす。


「がああああっ!」


 と苦悶に打ち震える山賊の一人。


 そこで山賊の眼の色が変わった。


 表現としては正確ではないが。


 蹂躙できる弱者ではなく抵抗できる強者と認識を新たにする。


 アインの持っている刀は血を吸って満足げだ。


「一般人との切った張ったも久しぶりではないかや?」


「否定はしませんがね」


 基本的に一般人に剣を向ける機会はこの十年でそう多くはなかった。


 ソレよりも尚濃い十年をアインは過ごしてきたのだから。


「とりあえず掛かってくるか逃げるかは自由意志に任せるよ。前者をとった場合は命までは取らないがハンディキャップの習得くらいは覚悟してね」


「戯れ言を!」


 山賊の筆頭が憤激して指揮し、残る四人の山賊が同時に襲いかかる。


「ま、勝ち気は悪いことじゃないがな」


 和刀を構えて迎え撃つ。


 結論から語れば山賊は返り討ちに会った。


 アキレス腱や双眸を切り裂かれて深刻な被害を出す。


 が、


「殺されないだけマシでしょ」


 飄々とアインは言うのだった。

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