魔術を使えない禁術使い ~俺の師匠は喋る剣~

揚羽常時

プロローグ

第1話:虎よ虎よ


「う……ぐす……ふええ」


 此処ではない何処か。


 現在ではない何時か。


 場所はノース神国のとある貴族の屋敷。


 その地下倉庫。


 一人の少年が泣いていた。


 黒い髪に黒い瞳。


 異世界にある和を重んじる国の民に似た特徴を備えている少年だ。


 顔立ちは悪くない。


 むしろ積極的に良い。


 着ている服は気品のあるシルクのソレだったが、地下倉庫の暗闇ではあまり目立ちはしない。


 何より少年は一人だ。


 地下倉庫と云うこともあり、そもそも体裁を取り繕う必要がない。


 先述したが少年は泣いていた。


 涙と鼻水で愛らしい顔がぐしゃぐしゃだ。


 悲しいことがあったのだ。


 少年はつい最近五歳になった。


 自意識も確立し、自己同一性も構築されている。


 貴族の少年。


 そうには違いないのだ。


 ただし少年にはコンプレックスがあった。


 魔術が使えないのだ。


 魔術。


 教会からは、


「邪悪なる奇蹟」


 と呼ばれている神秘技術を指す。


 少年の世界では当たり前だが、別の世界ではホラや詐欺の一因として認識されている術法である。


 だがたしかに魔術はこの世界に存在する。


 そして魔術は血統と素養で決まる。


 尚救い難いのは、その魔術が人殺しの手段に特化している事だろう。


 無論別の意味で役に立ったり人命を救う魔術も存在する。


 だがやはり大規模超威力の魔術で軍隊を吹っ飛ばすのが、この世界での魔術師の役割であった。


 そして血統によって魔術師は生まれる。


 その魔術師が戦争で戦果を生み、貴族として優遇され、貴族が次なる魔術師を生む。


 そんなことが繰り返されてきたため、魔術師とはイコールで貴族というのがこの世界の常識だ。


 そして栄えあるクイン家の子に生まれた少年は、何故か魔術を使えなかった。


 なお外見がソレを助長した。


 漆黒の髪に漆黒の瞳。


 二人の兄は父に似て爽やかなブルーの髪にサファイアの瞳を持っている。


 別世界での常識で言うところの隔世遺伝。


 とはいえこの世界ではまだ存在しない概念でもある。


 であるため少年が生まれた当初は、


「浮気で作った子ではないか?」


 と当主が妻に責めよったほど。


 一応身の潔白は証明されたが、それで少年の先天的な業が解決するわけでもない。


 自我が芽生えるまでは一応丁寧に可愛がられていたが、先述したように魔術を学び始めてからは家人の態度は逆転した。


「無能め」


 と父は詰った。


「才能ないなお前」


 と二人の兄はいびった。


 自分のレゾンデートルを構築することが出来ず、何時も兄たちにいびられた後は地下倉庫で泣くのが少年の日課だ。


 今日もまたそう云う日だった。


「うえ……ひっく……うえええ……」


 何故自分は黒い髪と黒い瞳を持って生まれたのか?


 何故自分は貴族の息子でありながら魔術を使えないのか?


 少年は自責するのが常識となっていた。


 まだ子どもであるから自殺するという選択肢は発想すら無い。


 かと云って悲しみを覚えないのも嘘だ。


 結論としてグチャグチャになった心を癒やすために一人きり涙のわけも知らずに泣いている少年だった。


 そこに、


「何を泣いておる小僧」


 声をかけるものがいた。


「ふえ……?」


 涙を流しながら声のした方へと視線をやる少年。


 人はいなかった。


 地下倉庫には少年一人だ。


「だ、誰……?」


「こっちじゃこっち」


 声は積み上げられた物品の端から聞こえてきた。


 そこには一つの剣が立てかけられていた。


 鞘に収まった和刀。


 大陸では珍しい片刃の剣である。


 声はそこから聞こえた。


 少年の耳か頭が違えていなければ、ではあるが。


「インテリジェンスソード?」


 一応魔術の講義を受けていたため察するのは早かったが。


「おう。そうじゃ」


 インテリジェンスソードはカラカラと笑った。


「坊主は何ゆえ泣いているんじゃ?」


「だって……僕は駄目だから」


「ふむ。勉強が出来ないなら小生が教えてやるぞ?」


「そうじゃない。ふええ……」


 また泣き出す少年。


「では何じゃ?」


「僕は……貴族の子なのに……魔術が使えない……の……」


 そしてまた泣きじゃくる。


「魔術ねぇ」


 和刀はぼんやりそう言った。


「試しに何か使ってみせい」


「才能無いから無理」


「まぁそう云わず。初歩的なもので構わんよ」


「じゃあ」


 少年は腕を突き出して手の平を上に向ける。


 そして唱えた。


「――ライティング――」


 ライティング。


 明かりをつける魔術だ。


 光はあらゆる魔術師に共通で易しい魔術であるため、魔術の基礎としてライティングを覚える貴族は多い。


 が、やはりというか初歩の初歩であるライティングすら少年は起動できなかった。


「あうう……」


 自覚のない無力感に苛まれる少年。


「やっぱり僕は駄目なんだ……」


「いや……」


 さっきまで陽気だった和刀は神妙に言葉を紡いだ。


「空間の推移は確認できたぞ? 結果として仕事は生まれるはずなんじゃが……」


 少年には意味不明な言葉を並べ立てる。


「もう一度さっきの魔術を使ってみぃ」


 恥の上塗りではあるが言われるがまま講義で習ったとおりのコンセントレーションを用いて呪文を唱える。


「――ライティング――」


 やはり空振りに終わった。


 が、和刀は意地悪く笑った。


「くけ、けけけ、なるほどね。そういうことかいな」


 全て了解した。


 そう云って和刀は笑うのだった。


「坊主。名は?」


「アイン」


 少年……アインはそう自己紹介する。


「なるほど。ぴったりの名前じゃな」


「そういうそっちは?」


「ふぅむ……。幾つか名前はあるがのう……。そうじゃな。人間らしい名前で名乗るなら鬼一法眼おにいちほうげん……とでも言ったところか」


「おにいちほうげん?」


「然りじゃ」


「変わった名だね」


「ま、気にするねぃ」


 カラカラと笑ってアインの言葉をスルー。


 そして言った。


「アイン。お主は力が欲しいか?」


 唐突にそんな質問をする和刀……鬼一法眼。


「欲しくないのなら小生のことは忘れろ。欲しいなら……」


「欲しいなら?」


「欲しいなら……小生のことは師匠と呼べ」


「力をくれるの?」


「与えるわけではない。授けるだけじゃ。修められるかどうかはアイン次第じゃな」


「僕に……力を……」


「無理にとは言わんぞ?」


「教えてください。師匠」


「ではきさんに虎の巻を伝授してやる」


 それがアインと鬼一法眼の邂逅だった。

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