野心家な子爵令嬢は魔女の侍女と妃を目指す

城間盛平

決戦の日

 オルグレン子爵家の侍女マチルダの朝の仕事は、エレーヌお嬢さまの朝の身支度から始まる。


「お嬢さま、起きてください」


 マチルダは歌うように主人の部屋のドアをノックした。部屋からはあるじの美しく威厳のある声が聞こえた。


「もう起きているわ。ずいぶんご機嫌ね、マチルダ」

「ええ、今日は決戦の日ですから」

「決戦?まぁ、まるで戦さでも始まるみたい」

「ええ、戦さですよ!お嬢さまが王子の心を射止めるための!」


 マチルダは湯を張ったタライをのせたワゴンを押して室内に入り、レースのカーテンを開けた。室内には柔らかな朝日が飛び込んで来た。マチルダが嬉しそうに主人に振り向くと、主人のエレーヌも微笑んでいた。


 マチルダはため息をついた。自分の主人は何と美しいのだろう。柔らかなブロンドの髪、シルクのような白い肌、形の良い鼻筋、バラの花のような赤いくちびる。そして何より目を引くのは、サファイヤのような青い瞳。


 マチルダはエレーヌの長い髪を一まとめに持ち、顔を洗いやすいようにする。エレーヌはマチルダが持ち込んだワゴンの上のタライで顔を洗った。清潔なタオルで顔を洗った後、植物から精製した化粧水をつける。


 次はエレーヌの髪をクシで丁寧にすく、マチルダはこの作業がとても好きだ。エレーヌの髪はフワフワのツヤツヤでずっと触っていたくなる。熱心なマチルダに、エレーヌは苦笑して言った。


「わたくしの髪をすくのがそんなに楽しいの?」

「ええ、とっても。お嬢さまの髪、とっても綺麗なんですもの」

「そうかしら?わたくしはマチルダの黒い髪の方が素敵だと思うわ?」


 マチルダはハッとして、自身の髪に触れた。マチルダはあまり自分の容姿が好きではなかった。黒い髪に、黒い瞳。マチルダの手が止まった事に気づいたエレーヌが不思議そうに振り向く。マチルダは固い笑顔で作業を続けた。


 マチルダは、エレーヌの豊かな美しい髪を器用にゆいあげていく。髪どめにはエメラルドのバレットにする。


 今日のエレーヌのドレスは、濃いグリーンのベルベットのドレスだ。彼女の清楚な美しさを際立たせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る