奥義と袋叩き

 両鳳連飛3






 蒸し暑さの残る午後。【東風みせ】を漂う珈琲と紅茶の香り。


「お前、マジでしょっちゅう【東風ここ】居るな。暇か」

「今日はこのあと仕事だよ。宝珠ホウジュは皆と約束があるようだが…して、何故なにゆえアズマは貴様に踏まれているんだ」


 気怠げに発するマオインは首をかしげ、イツキに淹れてもらった鴛鴦茶ユンヨンチャーを啜る。隣でちょこんと座る宝珠ホウジュ奶茶ミルクティー。‘ちょっと支払いが遅れまして’とマオの足の下からアズマうめき、うっすら心配そうな表情のインに向けてタクミがソファで煙草を振った。


「いつもだから気にしねーでいいらしいよ。俺も慣れた」

「そうか?心得た。時にタクミ、先日は世話になったな。自分からも礼を言わせてくれ」


 即座に納得したインにサックリ話題を切り替えられたアズマは何かを訴えようとしかけるも、見下ろしてくるマオとバッチリ目が合い黙って唇を横に結ぶ。


 先日、とは例のクラブイベントの件。音楽に食べ物に──ちなみにイツキの爆食の会計はイン宝珠ホウジュに持たせた小遣いによりいくらか手助けされた模様、多謝──と大いに楽しんだ様子の子供達はご機嫌で帰宅したようだ。タクミが頬を緩ませる。


「俺あそこらへんの店よくいるから、宝珠ホウジュちゃんまた遊び来なよ。家遠い?」

「いえ、私達も中流階級側に居を構えましたので!遠くはありません」

カムラとちょうど真反対のあたりだな、城砦の壁際というか」

「あの近辺なら良いね。明るいし、そこまで危なくもないし」


 タクミの質問に返した宝珠ホウジュインへ、燈瑩トウエイが相槌を打つ。


 中流階級区域と一口ひとくちに言えどその範囲は広く、貧困層と接しているゾーンはやはり治安がよろしくない。つい数日前も労働者とビルオーナーがいざこざを起こし、お手製の焼夷弾が飛び交い危うく建物1棟が丸々燃えかけるという騒動が起こった。広場ならまだしもビルでの火災は九龍城砦にとって時として命取り、建物が隣接した状態で乱立している為、場所によってはひとつ燃えたら連動して周囲全ての家々を炎が舐め回し区画ごと焼失してしまう。今回は寸手で消し止められたが───床からカムラに声を飛ばすアズマ


「カムカム、仁興樓のビル火事って何で揉めちゃったの」

「なんやカムカムて。あん周りは、もともと秘密結社が麻薬中毒者ジャンキー雇用しよって清掃業者しててんけど…別の変なオーナーにかわって給料よぉ中抜きしてんバレてしもて。前から払い悪かったっちゅーて従業員達ブチギレたらしいで」

「あら、そりゃぁ仕方ないわね。中毒者ジャンキーって普通のドラッグ?」

「やろ。そん時もビルにあった薬やらなんやら燃えてな、スモーク喰ろてラリった近所のオッサンが全裸で真っ昼間の龍津路け抜けたらしいわ」

「なんというか大変な街だな」


 カムカムアズマの会話を聞き感想を述べたインへ、イツキ鳳梨酥パイナップルケーキを手渡した。白昼堂々行われたストリーキング事変に対し、住民としてのお詫びの品。カムカムは‘パサつくで’と注告。


 ヘロイン等では廃人になり過ぎて使えない、マリファナ程度じゃジャンキーを管理出来るほどの依存性は無い。普通の粉や錠剤あたりが妥当か…大麻クサは解禁してる国も増えてきたし…考えつつ、そういえば何か新しいルートないのとアズマ燈瑩トウエイを見やる。


菲律賓フィリピンらへんの噂とか聞くくらいかな。最近警察が頑張ってて、国際詐欺犯捕まえるついでに大麻関係も持ってってるみたい」

「やっぱこのご時世は詐欺系統が幅利かせてんのかしら」

アジアこっちはそうかも、日本とか。九龍ここは置いておいて、どの国でも裏社会関係には厳しくなってきてるし…実動少なくて水面下が1番イイでしょ。ね?」


 唇を尖らせるアズマ燈瑩トウエイは紫煙を吹きつつタクミに視線を投げた。タクミは少しうなって頬杖をつく。


「や、俺は親父が日本そうってだけであんま事情知ってる訳じゃないけど…まー大体そんな感じじゃね?詐欺とかマネロン流行はやってるぽいって。でも又聞きだぜ」


‘日本のことは歌とかサブカルしかわかんない’と煙を輪にしてポワポワ吐く。インが片眉を上げた。


「ならばタクミは…なんだ、その…漫画やなにがしかに詳しいのか」

「詳しいっつーと言い過ぎだけど。なに、インアニメ好きなの?」

「ん…うん、まぁ…」

兄様あにさまはこう見えてヲタクのがあるので」

「いいから、宝珠ホウジュ!いいから!」


 言い淀んでいたところをスパァンと一刀両断してきた宝珠ホウジュにストップをかけるイン動畫アニメ大地ダイチ十八番オハコじゃん?とタクミむ。もはや起き上がることを諦めたアズマが、踏まれたまま煙草に火をつけ口を挟んだ。


「そういや俺、プッシャーの偽名で日本ぽい名前使ってたことあるよ」

「なんて名前なん?」

「山田」

「山田っちゅう顔はしとらんな」


 カムラの否定に、えーじゃあ何が似合うー?とタクミへ助言を求める山田アズマタクミは眉をひそめて山田アズマを眺め、どの苗字がしっくりくるか真剣に検討しはじめる。親切。


 と、入口の扉が開き大地ダイチが頭を出した。


宝珠ホウジュお待たせ!寺子屋が長引いちゃって」


 トタトタ入ってくる大地ダイチの手にはパチンコ。後ろに続くのはスイネイ


玩具オモチャうてきたんか」

「友達が依頼料で色々くれたの!宝珠ホウジュにもあげる!」


 言うなり大地ダイチはビーズで出来た可愛いブレスレットを宝珠ホウジュに渡し、‘ネイとお揃いだよ!’とウインク。ちょっとしたトラブルを解決した際の代金・・として依頼人から貰ったとのこと。宝珠ホウジュは礼を言って受け取り、おずおずと近付いてきたネイと顔を見合わせて笑う。カムラがパチンコに視線を這わせた。


「けっこうエエ感じやな?それ」

「カッコいいよね、威力も強くてさ…えいっ奥義バーストショット!」

「痛ぁ!!」

「あ、ごめん」


 大地ダイチはテーブルにあったペットボトルの蓋を飛ばしてみせるも、アズマのデコへクリティカルヒット。横の空き瓶を狙ったつもりだったと両手をくっつけ謝罪。マオが喉を鳴らす。


おまえも奥義とか撃てたりすんのかよ」

「やめてはくれないか?」


‘ヲタクのがある’を引っ張るからかいに、インが恥ずかしそうにてのひらで目元を覆う。


「え、インなにか奥義撃てるの」

「撃てないよ。撃てるのであればもう撃っているよ」

「なかなかな発言だな」


 興味津々といった様子で振り返る大地ダイチインが残念そうに首を横に振った。やめろと制した割には乗り気な言い分へマオがツッコむ。

 そのかたわら、スイ大地ダイチからパチンコを拝借し1セント硬貨を発射。コインはアズマのデコへクリティカルヒット。


「痛ぁ!!」

「ほんとだ、当たんないわね」

「当たってるよねぇ!?」

「アンタにじゃないわよモサメガネ」


 横の空き瓶を狙ったつもりだったと肩を竦める。謝罪はしない。


 キャアキャアと盛り上がる少年少女を横目に腰をあげるイン、仕事かと問うマオに頷き、歩み寄るとトーンを落とした。


「ありがとう、マオ

「あ?なにがだよ」

「いや。変な話だが、老虎ラオフー一件いっけんで出会った時…貴様達を、良い・・と思ってな。それでこうして探しに来た訳だけれど」


 和気藹々わきあいあいとお喋りをしている宝珠ホウジュを見詰め、微笑む。


「間違いではなかったな。自分の目利きも、悪くないということだ」

「あっそぉ。良かったじゃねーか」

「貴様もぶっきらぼうだが懇切だし」

懇切それは間違ってんな」


‘とっとと仕事に行け’と追い払う仕草をみせるマオインは肩を揺らして、皆に一声ひとこえかけると店をあとにした。


 大地ダイチがパチッと指を鳴らす。


「俺達もそろそろ行こっか?スイの家!」

「よぉ気ぃ付けて行きや。富裕層地域の話、聞いとるやろ」

スイは中流のエリアじゃん」

「せやけど、わからんやん何があるんかは」


 子供達は本日、藍漣アイランの留守が長引いて手持ち無沙汰そうにしているスイの家へ訪問する計画を立てていた。

 カムラの懸念はここのところ富裕層地域で頻発している子供を狙った誘拐や殺人…金目的の可能性が高く一般の人間には関係は無さそうだが───注意するに越したことはない。


「ほんとブラコンねアンタ。変な奴らが居たらブッ飛ばしちゃえばいいだけでしょ?スイが守ってあげる」


 ハンッと強気にわらい、宝珠ホウジュネイの腕をとるスイ。そーゆー感じだから大丈夫!と大地ダイチもヒラヒラ手を振る。仲良く【東風】を出て行く背中、見送るブラコンをイツキが覗き込んだ。


「心配ならついていけば?」

「ええよ…正味、俺よかスイんほうが頼りんなるしな。やし、あれやろ…野暮・・やろ」

「今更じゃねーか」

「そうかもね」

「通常運転じゃん」

「それがカムラってとこじゃない」

一斉いっせいにボコってくるのやめてもろて!!」


 呟くと同時にボッコボコに叩かれたカムラは、みんな酷ない!?とイツキに助けを求める。

 まさか自分も同意しようとしていたとは言えなくなったイツキは、無言で、そっと小さく顎を引いた。

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