博徒と大酒家・後

 日常茶飯6






「なにやってんだテメェ」

「えっ何でマオ居んの!?」


 唸り声と共にマオが足早に距離を詰めれば、ビクッと肩を震わせアズマが叫ぶ。テーブルには高々と積まれたチップ。結構増やしてんな…イカサマか…?マオは一瞬思索するも、イカサマそうか否かは正直な所どうでもいいのでチップをガサッと2/3さんぶんのにほど奪い取った。再び叫ぶアズマ


「嘘でしょ!?」

「嘘もクソもねぇよ、【宵城こっち】支払ってねーのに賭けてっからだろ」

「増やして払おうとしたんですぅ!!」

「んじゃ同じことだろ、金で返そうがチップこれで返そうが」


 そうだけど、とアズマは口籠る。


 パッと見3万香港ドル弱ってとこか、こりゃ売り掛け全回収だな…考えつつ手元のチップを数えるマオ。横に腰を下ろした燈瑩トウエイへと雑に半分程わけ、2枚をウェイターに手渡し‘俺と燈瑩こいつにカクテル持ってきて’と注文。アズマが俺のぶん無いのとイジケた。


 ふいに見覚えのある女が横からアズマの首に腕を回し、マオに微笑む。


「いらっしゃいませ♪」

「あ?リンじゃねーか。店変わったのかよ」

「前のトコ、叩かれて無くなっちゃったんだもん。ここニューオープンって聞いたから」


 そうだった。返事をしながらマオは光榮楼の1件を思い出す。客引っ張ってこれたのかとマオが問えば、リンはボチボチかなと舌を出す。エリアが違うので片っ端から連れてくるのは難しいか。

 私にもお酒ちょうだいとリンに言われてアズマはチップを数枚寄越した。が、それだけ。軽口を叩いたり肩を抱いたりはしない。卓に突っ伏して笑うマオに、アズマは放っといてよ!閻魔!と悪態をつく。


 そこからしばしポーカーに興じ、増えたチップはその場で酒へと変換。最終的なマオの手持ちは出だしと変わらない1万5千香港ドル。全額を使ってリンの名前でクリスタルを卸す、この店のオープン祝いとリンへの見舞い金だ。


 悪くない店だった。ゲームはそこそこ遊べる仕様だし、女もちゃんと揃えていてハコや出す酒もしっかりしている。仲良くしたら得だとマオは踏んだ…だからこそのクリスタルなのだけれど。

 初めに半分わけたチップを燈瑩トウエイが全額返してきたが、マオらねぇと手をパタパタ振る。燈瑩トウエイはウェイターに頼んで香港ドルへ換金、札束をマオの前に置き‘前払い’と口角を上げた。【宵城】で飲み直そうということ。


 オーナーと二言三言ふたことみこと交わし、アズマも引き連れ城へ戻る。この眼鏡、また今夜もまたたに売り掛けをつくるであろう。懲りない男。


燈瑩トウエイ札束それでどんくらい飲めんの?」

眼鏡テメェ関係ねぇだろ燈瑩こいつの金なんだから」

「冷たぁ…ちょっとくらい良いじゃない…」

「足出たらアズマにツケといてよ」

「あ、そぉ。じゃクリュッグのヴィンテージ開けるか」

っか!!一発で足出るよね!!」


 ワイワイやりながら【宵城みせ】に到着、それからいつも通りに朝まで飲んだ。花瓶にしろよと空になったクリュッグの瓶をマオが投げると、受け取ったアズマイツキ怒んないかなと眉を下げる。借金に追われているのがバレる度に、恐ろしく冷え込んだ眼で見られるのだ。あいついま花瓶探してるから大丈夫だとマオはケタケタ笑った。






 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 空が白み始めた頃に場はお開き、解散して各々家路につく。


 アズマは空瓶を──ついでに箱も──持たされ【東風】へ帰宅、とりあえず両方カウンターの上に乗せておいた。

 目を覚ましたイツキがどんな反応をするか…箱や瓶自体は可愛らしいけど…ソロソロとベッドへ潜り込むアズマ


 明日は薬を売りに行かないとな。予定は夕方だから起きるの午後でいいだろ。【東風みせ】は定休だ、どうせ客も来ないし、呑んじゃってるから早起きしたくない。

 イツキに怒られませんように。クリュッグがヴィンテージなことに気が付かれませんように。花瓶だって主張が通りますように。あと───…


 朝を報せる鳥の鳴き声がどこからか響く中、アズマ諸々もろもろ祈りながら眠りについた。

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