皇家とルームメイト

 旧雨今雨3






 一夜いちや明けて。




「あ?饅頭居ねぇのか」


【東風】の扉を開いたマオが中を見渡す。アズマは茶を淹れイツキは月餅をかじり、大地ダイチ曲奇クッキーを割っていた。肝心のカムラの姿がない。


 最近九龍で騒がしくしている半グレ達、その情報収集をマオカムラに頼もうとして──というかなんなら既にいくらかデータを持ってるんじゃないかとも踏んで──いたのだ。


カムラ、もうすぐゴーと一緒に来るって」


 大地ダイチが携帯をいじりながら返答。その時、入り組んだ九龍城砦の道で若干迷子になったレンが後ろから走ってきた。


「師範!置いてかないで下さいよぉ!」

「その呼び方やめろつってんだろ!!」


 叫んで駆け寄ってくるレンの頭をマオはたく。しかしもはや手遅れ。イツキは師範なのと首をかしげ、大地ダイチも何の話?と興味津々。


「なんでもねぇよ」

「え、絶対なんかある。超知りたい」

マオさんはですね、【黃刀】って流派の師範なんですよ」

「おい!!」


 話を流そうとしたマオ大地ダイチが食らいつき、レンが無駄なドヤ顔を決めつつ余計な事を口にする。マオはもう一度レンの頭をはたいた。


「だからマオ、剣術得意なんだ」


 すんなり納得した様子のイツキ。もうちょっとちゃんと答えてよとせがむ大地ダイチに、うるせぇうるせぇとマオてのひらをパタパタさせる。


「ていうか初めまして?だよな?」


 そのアズマの言葉にマオは思い出したように、あぁこいつレン、しばらく【東風】に泊めてやってと言った。


「え!?なんで?家無いの?」

「無いでしゅっ」


 唐突なマオの台詞にアズマが驚くと、急いで頭を下げたレンが若干噛んだ。

 大地ダイチが笑って、おっけーでしゅっ!と返事をする。秒速で‘友達’に昇格したようだ。


大地ダイチ、ここ一応俺とイツキの家なのよ」

「俺は別にかまわないけど」

「えぇ…?イツキ、打ち解けるの早いね…?」

「だってマオの知り合いでしょ」


 アズマが口を挟むも気に留めず、簡易ベッドでいい?とイツキレンに訊いた。


「皆さんめちゃくちゃ優しい…」

「たまたまだ。これが九龍ここ標準スタンダードだと思うなよ、死ぬぜ」


 感動するレンに釘を刺し、マオは棚から勝手に酒瓶を取り出す。テーブルを囲みあれこれ雑談していると、カムラ燈瑩トウエイがやってきた。


「ん?初めましてやな、大地ダイチの友達なん?」

マオ師範の弟子のレンでしゅっ!」

「殺すぞ」


 元気よく挨拶をしようとし、また語尾を噛むレン。その自己紹介にマオが鬼神の如き表情で横槍を入れる。

 初めましてレン君と燈瑩トウエイが穏やかに挨拶を返すかたわら、カムラは師範?と疑問符を浮かべた。


「いいんだよ師範それは、置いとけ。饅頭、お前に聞きてぇことあんだよ」


 マオは舌打ちをしつつ、12K、澳門マカオから来た半グレ、レンの仕事仲間など諸々もろもろ説明。

 カムラが少し考えて口を開く。


「その澳門マカオの半グレ…今、花街の中流階級側に皇家ロイヤルっちゅう店あるやんか。そこの奴らやろ」

「ん?あの、この前オープンした新店か?」


 マオの言葉に頷き、チョロっと噂聞いててんと答えるカムラ


 半グレ達は荒稼ぎしては閉め荒稼ぎしては閉めを繰り返しており、ボッタクリの話が流れる頃にはもうその店は無くなっているのでなかなか足取りが掴めなかった。そろそろ次の店を開ける頃合いだとは思っていたが、さすがカムラ、情報が早い。


 マオ燈瑩トウエイに視線を向けた。


燈瑩オメェは何か聞いてねぇか?」

「んー、どこかのマフィアが絡んでるって話は知らないな…12Kも大元おおもとは正直関わってないんじゃない?ほんとに下っ端の人間が名乗って大きい顔してるだけで」


 12Kまでの規模のグループになれば、実際こんなくだらない真似はしないはずだ。九龍が治外法権とはいえ裏社会の繋がりは地域を越えて香港、澳門マカオ、果ては中国にまで及ぶ。九龍城砦このなかだけの問題ではない、大組織ほどその辺りには気を遣っている。


「だったらそいつら最終的には澳門マカオに戻る気ねぇのかもな。トラブル持って帰ってきたら12Kにボコられんだろ」

「せやったらどないする気なん」

「さぁ?大連ダイレンあたりに高飛ぶんじゃね?」

「パイプあるんかな」

「女流して作るんだろ」

「え、僕の仲間を売るってことですか?」


 マオカムラのラリーにレンが割って入る。


「そうなるかもな」

「せやな」

「嫌ですそんなの!!」


 2人に同時に頷かれ、みるみる顔をクシャクシャにして泣き出すレン燈瑩トウエイが、まだそうとは決まってないからとフォローを入れた。


「せやけどこの店、開けるたんびに女の子ら入れ替わっとんのは事実やな」

「あ?もう売っ払ってるっつうことかよ」


 カムラの発言に眉を上げるマオレンの悲鳴。


「うわ、うるっせぇな…んなレベルたけぇのおまえの店の女?」

「えっと…すごい華やかとか美人とかじゃないですけど、みんな素朴で良い子です…」

「じゃ大丈夫だろ。ニーズとちげぇよ今は」


 今回は皇家ロイヤルという店名だが、とにかく前店も前々店もキャストのレベルの高さを売りにしている。荒稼ぎするのにスタッフの顔がいいのは必須条件、けれど店を閉める度に入れ替え・・・・があるならボるため以外の理由も見える…つまり利用後どこかへ売り飛ばしているのでは。


 レンの元同僚達がトップクラスのルックスで無いなら、需要が違うので売買されている可能性は低い。長く使える目立たないスタッフというのも大切だ、それに澳門マカオからわざわざ連れてきたなら客寄せ用ではなく店を回す用の従業員。手放してしまっては逆に不利益、新人にイチから教え込むのは手間である。したがって、入れ替える・・・・・のは九龍でつまんだ見栄えのいい女達、ということ。



 しかしなんにせよ‘今のところは’という但し書きがつく。



 マオはパイプでレンを指して言った。


「ま、内部なか見てみねぇとわかんねぇから。おまえ皇家ロイヤル行ってこい」

「行ってこいって…何をすれば…」

「顔見知りなんだろ?フツーに久しぶりですって行って、【宵城】の城主と知り合いだってカマせ。食いつくだろ。同郷っつうんじゃなくて前一緒に働いてたとか適当でいいから、仲良いんですってアピールしてこいよ」


 カムラの、同郷やったん?という声を無視してマオは続ける。


「【宵城】が一緒に仕事・・したがってるつって約束取り付けろ。皇家ロイヤルに入れるようにな」

「そしたらみんなの事助けられますか…!?」

「わかんねぇよ、やってみねぇと」


 言いながらマオは着物の裾に縋り付くレンを鬱陶しそうに向こうへ押しやった。レンは離れなかったが。


「もう今日行ったほうがいいですかね!?」

「やめとけ週末は、混むから。月曜にしろ」

「じゃ買い物する?歯ブラシとかるし」


 息巻くレンマオが止めると、イツキが横から声を掛けた。【東風】に泊まるにあたり必要な物を揃えに行くかという提案。


アズマ、簡易ベッド出しといて」

「ナチュラルに住むことになってるな」

アズマしゃんお願いしましゅっ!!」

「噛み噛みだなおまえ


 イツキレンの言葉にツッコんだもののオーケーを出し、アズマは何やら話している2人を眺め思う…【東風】のメンバーも仲は良いけど代わり映えしないもんな。イツキ、同い年くらいの友達が新しく増えて嬉しいのかな。


 マオアズマを見やりククッと笑って呟く。


「オメェ、速攻でポジションられたな」

「うるさいよ」


 答えるアズマは、うっすら涙目だった。

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