「大嫌い」と「ごめんね」・後

 枯樹生華11






 機関銃ガトリングだ。聞こえた無数の銃声はこの連射音だった。

 何が起こったのかわからない伯父おじが慌てて辺りを見回す。イツキが口を開いた。


「もう1回言うけど…俺達は協力出来ないよ。このまま帰ってほしいんだけど。紅花ホンファの為にも」


 言いながら、正直イツキは悩んでいた。


 伯父おじを逃す事はどう足掻あがいてもプラスにならない。復讐にくるかも知れないし、紅花ホンファにも銃を向けた今、彼女の安全も保証されない。

 だけど、紅花ホンファにとっては肉親なのだ。

 理屈ではなく気持ちがどう捉えるか。なるべく彼女の心が傷付かないようにしたい。


イツキ……」


 紅花ホンファがかすかな声を出した。


紅花ホンファは、大丈夫だよ」


 消え入りそうだが、そのじつ、強い意志を持った声。答えは決まっているようだ。

 伯父おじにも今さら退くという選択肢は無く、イツキ紅花ホンファを仕留めんと血眼ちまなこになっている。


 イツキはわかったと短く言い、手に持った帽子をわずかに上下に振った。


 そして伯父おじの銃口が2人を狙い銃弾が発射される─────より早く、破裂音がし、伯父おじの後頭部に風穴があいた。











「……紅花ホンファ


 静寂の中、名前を呼ぶイツキの声に紅花ホンファはクシャクシャになった顔を上げる。


「…ごめんね」


 それ以外の言葉が思い付かず、口にしてからイツキは目を伏せた。紅花ホンファはカーディガンの袖で濡れた瞳を拭い呟く。


伯父おじさん…悪い人だったんだね…」


 肯定することも否定することも出来ずに押し黙るイツキ。自分達だって、人の事をどうこう言える生き方ではないのだ。


「ねぇ紅花ホンファ、俺おばあちゃんのところまで送るよ。一緒に暮らせるように頼んでおいたから」


 いくらか明るい声音を心掛ける。そのイツキの言葉に紅花ホンファは少し驚いた様子だったが、コクンと頷いた。

 後ろに広がる凄惨な光景が紅花ホンファの視界には入らないように気を付けて、振り返らず倉庫街を出る。


 港に面したひらけた場所へ着くと、燈瑩トウエイカムラが用意した車を停めて待っていた。

 当初は帰りの足にするだけのつもりだったのだが、紅花ホンファの登場によって予定を大幅に変更し、このまま祖母の家まで向かうことに。


 出発前、燈瑩トウエイ紅花ホンファに可愛らしいパンダのぬいぐるみを渡した。


「これ俺とマオから。連れて行ってもらえる?」


 見掛けより随分とあるそのぬいぐるみの重さをイツキは若干不思議に思ったが、紅花ホンファは気にせず嬉しそうにしていた。

 現場の後処理をするという燈瑩トウエイをその場に残して、カムラを運転手とし3人で九龍を離れる。


紅花ホンファ伯父おじさんの家にある物で必要なのは?おもちゃとか服とか。俺取ってくるよ」


 伯父おじの根城は押さえていた。道中尋ねるイツキに、紅花ホンファは首を横に振る。


「いらない、なんにもいらない。伯父おじさんに貰ったものは全部いらないよ」

「…そっか」


 強い調子での物言いにイツキは余計なお世話だったかなと思ったが、ポソっと‘マオがくれたチョコの箱くらい’と聞こえたので、必ず持ってくると返事をした。


 すっかり夜の帳がおりた香港、車は喧騒に包まれる街を抜け田舎道へと進む。

 ぬいぐるみを抱きかかえた紅花ホンファが疲労と眠気からかイツキにもたれかかってきた。


「寝てていいよ。まだかかるし、おばあちゃんの所に着いたら起こすから」

「…うん」


 イツキの言葉に紅花ホンファは頷き、ほどなくしてかすかな寝息が聞こえてきた。


「寝たん?」


 トーンを落としたカムラの声。イツキはルームミラー越しに視線を合わせる。


「疲れたみたい。ごめんねカムラ、急に出掛けることになっちゃって」

「ええよ、予定あるわけちゃうかったし。それよか誰にも大事なくて良かったわ」

「んー…かなぁ…」


 誰にも、というのは、こちら側から見ての話だ。

 伯父おじとその取り巻き達は全滅しているのだから紅花ホンファの立ち位置を考えるとなんとも言えず、イツキはどっちつかずな返事をした。




 あの時、一瞬にして全員をたおしたのは燈瑩トウエイ機関銃ガトリングだった。

 和平的には収まらないと予想していたので、燈瑩トウエイは戦闘になった場合の為にイツキの正面───伯父おじの背後───の倉庫上で待機していた。

 機関銃ガトリングを選んだのは伯父おじ側が多人数で来ると踏んでいたから。紅花ホンファまでついてくるとは予想出来なかったものの、おおむね推測通りの展開になった。

 そしてイツキの状況判断により、あらかじめ決めていた‘帽子を脱ぐ’という動作にあわせて発砲したのだ。


 これは使うことにならなきゃいいね、と燈瑩トウエイは言っていたが。




 祖母へのコンタクトは早い段階でカムラが取ってくれており、こちらも比較的スムーズに事は運んだ。

 あとは紅花ホンファを無事に送り届けるのみ。


 最善とは言えない結果だな。程遠いというわけでもないけれど……紅花ホンファはどう思ったのだろうか。

 イツキはスヤスヤと眠る横顔を見詰めて考え、それから車窓の外へと視線を移した。



 香港の空はどこまでも高く、晴夜にうつろいはじめた星々の光が、せめてものはなむけとして行く道を照らしてくれているかのように輝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る