第9話 白羽の矢(2)
「倒れる直前、
そう言って
「ありがとうございます」
「それだけで
「はい。……すぐに化け物を
霞の口元が
「またそんな物騒なことを言って……。まずはしっかり
「そんな
そう言って矢を片手に立ち上がると、
「待て、待て!俺も自分の身ぐらい自分で守れる!帝にお話しして護衛を付けてもらったんだ。あまり数多く付けると怪しまれるからな。腕の良い
「楓様の安全は確保されたのですね。それは……安心いたしました。楓様は化け物を
霞はふわっとした微笑みを浮かべるが楓は言いかけた言葉を聞き逃さなかった。
「今俺のことを『
「まあ、そんな風に聞こえましたか?これは失礼致しました……。これから私は矢の持ち主について調べを進めさせて頂きますので楓様はお引き取りを」
楓に背を向け作業を始めようとする霞を見て、楓は大きなため息を吐いた。
「まったく……本当に聞く耳を持たないんだな……」
霞はそのまま楓が立ち去るものだと思っていたのだが……。
「こちらは私がお預かりします」
楓は霞の背後から流れるように矢を奪い取ってしまう。
「あ……」
霞が文句を言おうと振り返るとすぐ側に楓がいて、口まで出かかっていた文句が止まってしまう。霞を見下ろす顔が柔らかく、思いの他近くに感じた。
楓はその一瞬の隙を逃さなかった。
帯に矢を差し入れるとそのまま楓の腰を支え、
「わっ!」
霞は思わず声を上げた。持ち上げた反動で肩に掛けていた
「しばらく安静にしていてください……。そうでないと私の心が休まりません」
抱えあげられ、落ちてしまわぬように楓の為されるがままになっていた霞は楓の甘い言葉にため息を吐いた。憂いに満ちた表情はすぐに女性の心を捉えることができるだろう。楓の
(
布団の上に足をのばして座った霞は腕組をして恨めしそうに楓を見た。
「残念ながら貴方の心が休まることはないでしょうね。私は貴方の駒じゃない。私は私自身の駒……だからこれは返してもらうわ」
そう言って楓の正面から帯に差した矢に手を伸ばそうとするので楓が舌打ちをした。
「本当に面倒な
そのまま霞の両腕を
「
「
「なんという
霞は息を吸うと声を上げた。
「誰か!誰かいませんか!」
「おいっ!こんな状態で人を呼ぶな……!」
楓が慌てて霞の口に手をやった時には遅かった。局の襖がすらりと開かれる。
「
聞き覚えのある、低くはっきりとした大きな声。その姿を見て霞は目を見開いた。
局に飛び込んできた若者の武官に見覚えがあった。
「
赤い
最後に顔を合わせたあの、宴の席の時よりも成長し
「霞……!」
霞に覆いかぶさっている楓を見て、伊吹の瞳は怒りの色に染まった。ただならぬ殺気が部屋中に充満する。
腰に差した刀の
「まさか……
「待て!これは違うんだ。その……事故というか」
楓が霞から離れると、伊吹の前で両手を前にする。今にも刀を引き抜きそうな勢いに霞は上体を起こすと冷静に語り掛けた。
「伊吹。私は何もされてないし大丈夫だから。刀を仕舞いなさい」
霞の落ち着いた声に伊吹は殺気を消すと、刀の柄から手を離す。
「霞がそう言うなら……。これはどういうことか説明して頂きましょうか。蔵人頭殿」
「私も……。何故伊吹がこんな所にいるのか知りたいです」
二人の鋭い目つきに
霞は布団を膝に掛け、袿を肩に羽織り直してから正面に二人が座る姿を
楓は矢を巡って霞ともみくちゃになったことを伝え伊吹に
「勘違いさせるようなことをしてすまなかった。
俺も大人気ないことをしてしまったが……。霞様が負傷しているのに関わらず無茶をなさろうとするから……。こうでもしないと動きを止められなかったんだ」
「な……!霞、また怪我を?大丈夫なのか?それより、一体何が起きたんだ?」
伊吹が立ち上がって霞の側に寄ろうとしたのでそれを右手を挙げて霞が軽く制する。それを見て、伊吹はしゅんっとした表情を浮かべて引き下がってしまう。
楓は二人の親し気な様子を見て、目を細め腕組をしながら続けた。
「それより、霞様と伊吹はどういう関係だ?伊吹は
「伊吹が楓様の護衛ですか?」
霞が驚いた声を上げる。そして運命の
「私と伊吹は親戚関係にあります。……屋敷が火事になって以降、お互い顔を会わせぬようにしていたのです。化け物に目を付けられたら命が危ないですからね」
それを聞いた伊吹が苦しそうに顔を
「親戚関係だと?伊吹の経歴を確認したがそんなことは一文も書かれていなかったぞ?」
「伊吹を養子にやったのです。再び化け物に狙われぬように……」
伊吹は火事の後、霞と同様両親を亡くした。地方官だった両親の
屋敷を燃やした犯人が分からない以上、二人が同じ場所にいるのは危ないと霞は判断した。できればそのまま地方で働いてもらいたかったが伊吹はそれを強く拒んだ。
武官になった伊吹は
こうして霞は西側で女房として働き、四年間。二人が顔を会わせることは無かったらしい。
話を聞き終えた楓は
「なるほどな……。それを俺が再会させてしまったということか。申し訳ないことをしたな」
己の行動を悔いていると伊吹が慌てて隣に座る楓のことを励ました。
「いえ!蔵人頭殿、私は霞とこうして再会することができて嬉しく思います!
もう二度と会うことは叶わないと思っていたので……。できればこのまま貴方の護衛を続けさせてください!お願いしますっ!」
伊吹が勢いよく頭を下げた。そのせいでゴツッと額が床にぶつかる音が鳴り響く。その様子を見て霞は深いため息を吐いた。
(久しぶりに伊吹と会ったけれど、変わらないわね。この真っすぐさ……)
「霞!これからは
伊吹が満面の笑みを浮かべるので霞は何も言い返すことができなかった。伊吹の額が床にぶつけて赤くなっているのを見て、霞も思わず微笑んでしまう。
自然な霞の笑顔を見て楓は一人、胸の内に何か突っかかるのを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます