来世教へようこそ
銀波蒼
第1話 年増女の失恋に同情と嘲笑と宗教と
「あなたが二十歳なら彼女にしたのに」と言われ、私は大学生にフラれた。
結婚していた元夫は私より十歳年下で、彼はそれ以上に若かった。
元夫は私と離婚後二十歳の彼女ができたという。別に張り合ったわけではないが、もしも私が男なら、大学生の彼女ができていたかもしれないのにとは少し思う。
この若さ偏重の国では、女が年上で男が年下というだけで、「逆年の差」という言葉を使う。
何が逆?
男が年上がデフォルトということか。
古代、平安時代の物語にもあることだ。
主人公の光源氏は幼女の紫の上に手を出して人妻にしても許された。
さらに晩年、彼は25歳年下の14歳の女三の宮を妻にしても許された。
現代だって、美男で金持ちで身分が高ければ、若い娘を嫁にすることだって可能な世の中だ。
でも逆は?
美魔女で金持ちで有名人な芸能人が若い男を恋人にしたら、羨望よりもまず先に「いい年して」とか言われた挙句、最終的には若い女に取られることも少なくないんじゃなかろうか。
そもそも男は本能的に若い女が好きなんだろう。それは自分の種を孕ませるという生物的本能からくるものかもしれない。
そう考えると生殖機能が衰えていく年齢に差し掛かった女には需要がなくて当たり前なのだろうか。
大学生の彼は、私の年齢を知らなかった。
でも、学生の頃は、一つや二つの年の差でも大きく感じるもの。
20代の彼にとっては、たとえ私が30代であっても、恋愛対象にはならなかっただろう。
ましてや私は40代だ。彼は本能的に私を選ばなかっただけかもしれない。
前述の光源氏の愛妻、紫の上は三十代も半ばに差し掛かった頃、14歳の女三の宮の降嫁に苦しんだ。ただ若いだけの女三の宮よりも、ずっと美しく聡明で人格的にも優れていた完璧な女性だったにも関わらずだ。
そして彼女は四十ぐらいで亡くなっている。
当時の寿命といえばそれまでだが、私はふと考えてしまう。
寿命が延びたということは、ただ余生が伸びたということで、女としての寿命は今も昔もそれほど変わらないのでは?
もちろん、年齢を重ねて益々素敵な女性も数多くいるだろう。特に女性の見た目年齢は、十年前と比べても更に若返っている。
でも、男が若い女を好むのは、今も昔も変わらないではないか。
見た目が美しく経験値も高い女より、それほど美しくなくても若い女が選ばれるのは、よくあることではないか。
それこそ、長年連れ添った完璧な妻を差し置いて、幼女を正妻にした光源氏みたいなものではないか。
ましてや完璧でもない年増の私が、若い彼に愛されるわけもない。
ここまで考えると私は悲しさと虚しさで耐えきれず、ワンカップ大関を一気飲みして、欄干にもたれて、暗い川を見下ろした。
「死にたい……」
思わずそう呟いた時、背後で女の声がした。
「今のまま死んでも、来世もつらいのでは?」
振り返るとそこには白髪まじりで小太りの女が立っていた。
ああ、いやだ、まるで自分の近い将来を見るようだ。
それでなくとも最近白髪が増えてきて、気づけば太って、体重も落ちにくくなっている。
「ねえ、あなたはつらくないの?」
相当酔っているのだろう。私は女に絡むように言った。
「それとももう結婚しているから安心なの? でも、そんなんじゃ不安でしょ? いつ若くてきれいな女に旦那をとられるかわからないよ。たとえきれいにしてたって、もう関心ももたれなくなるんだよ。若い男にも相手にされなくなるんだよ!」
女は何も言わず、ただ微笑んでいる。
「何よ! バカにしてるの? そうだよね、見てよ、ぶざまでしょう? 大学生を好きになって、同級生に散々犯罪者扱いされたり、バカにされたり、離婚のつらさから頭おかしくなったと言われたし。それでも……純粋にただ彼が好きだったの! でもフラれちゃった! 私が二十歳なら付き合ったって! 絶対に無理なこと言われてさ!!!!!」
私は人目もはばからず、大声で泣き出した。
二車線走行の橋の上を車が通り過ぎていく。
失恋で泣いてかわいいのは若いころまでとわかっている。
でも失恋して悲しいのはいくつになっても同じじゃないか。
笑うなら笑えばいい。
いい年した女の涙なんて見苦しいと思えばいい。
動画撮影でも何でもして、「イタいBBA」のタイトルで、私を晒せばいい。
私はもう自虐の極みで吐きそうなまでに己を痛めつけて泣いた。
小太り女はただそんな私を冷静に観察していた。
そして一言こう言った。
「来世を信じてみませんか?」
バカにするにもほどがある。なんて陳腐な慰めだ。
「もう今世を諦めて、来世に期待しろってこと?」
そう言葉にしてみると、私はまだまだ自分のことを諦めたくはないのだということを思い知らされる。諦めきれていないから、こんなに苦しく生きている。
女は笑みを浮かべたまま、首を横に振り、否定した。
「来世のために今を生きろということです。もう一度、二十歳になった時、もっと素敵な女性でいられたらと思いませんか?」
そう言って、女は私の前で手を合わせた。
「一度話を聞いてみませんか?」
まさかの宗教勧誘だった。
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