第二章祖国を守る為に

第四話:決断


 アザリスタは気付く、婚約破棄された背景にはアルニヤ王国が身売りしてでも王族たちを存続させるためにキアマート帝国に服従して生き延びらえようとしたことを。




「王族としての責務を果たさず保身のために国を売ると言うのですの!?」



 フィアーナたちから話を聞いたアザリスタは思わずそう吐き捨てる。

 自分なんかは自国の為に好きでもないロディマスの所へ嫁ぐ決心すらしていたと言うのにアルニヤ王国はプライドも何も殴り捨てて強者に尻尾を振る。

 王族としてあるまじき姿であった。



「お姉さま、お怒りのお気持ちはわかりますが国王陛下が、お父様がお呼びです」


「お姉さまがアルニヤ王国に嫁がなくて幸いでしたわ。こんな事をしでかす国とは思いもよりませんでしたわ」


 ロメスタやフィアーナたちはアザリスタに同情をしながらそう言う。

 ぎりっとまた奥歯をかみしめてアザリスタは言う。


「陛下の元へ行きますわ。二人も一緒においでなさい」


 そう言って自室を出ていくのだった。



 * * *



 国王の執務室、公の場ではなくここで話をするのはこの国王がアザリスタを頼っているあかしでもあった。



「よく来てくれた、アザリスタ。話はフィアーナたちから聞いているな?」


「お父様、ロディマス様たちが愚行を行っていると言うのは本当ですわね?」


 深く椅子に座っている国王ロイフォックスは大きなため息をついていた。



「お前の美貌ならあの王子も手玉にとれるとふんでいたが、とんだ見込み違いだったな…… 儂ならあんな蛮族に属するのは願い下げだというのに、美しい婦人たちとラブロマンスが出来なくなるじゃないか……」


「いえ、お父様の女好きは分かっていますがご趣味と国運を一緒にしないでくださいですわ」



 女好きで知られているロイフォックスは娘たちからもしばし白い目で見られている。

 腹違いの妹たちばかり産ませて本当に欲しい世継ぎがなかなか生まれない。

 ロイフォックスはそれをネタに色々な貴婦人に手を出していているから余計にたちが悪い。



 アザリスタの母、アルメリア=ピネリス・ラザ・フォンフォードは三人目の第五王女であるファリスアートを産んで死んでしまった。

 享年二十六歳と言う若さであった。


 第二王妃であるフィアーナの母、ラターシア=ラグネス・ラザ・フォンフォードは今年三十八になる。

 世継ぎを産む期待は彼女にかかっていたが、結局生まれたのはフィアーナと第四王女となるアルバニナだけだった。


 末妹、ベアトリアの母親である第三王妃のユエナ=イルマ・ラザ・フォンフォードに期待がかかっているが、今年三十を迎える彼女に次の子供が生まれる兆しがない。


 なので先日この父親はまた別の令嬢に手を出し始めた。

 世継ぎを産む為に皆黙ってはいたが、ほとんどハーレム状態。

 アザリスタなんかは次に弟が生まれなかったらこの父親から搾り取るだけ搾り取って后たちに種付させると脅す程であった。


 ちなみに弟が生まれれば自分がいろいろと教育する気は満々である。

 いろんな意味で……



「それで、国王陛下はどうするおつもりですの?」


「そこが困ったところでこうしてお前に相談しておるのだ」


 完全に投げやがったなこのオヤジ。

 アザリスタは思わずそう思ってしまう。


『なんつーか、ご苦労様ですわ……』


「今は黙っていなさいですわ」


 小声で雷天馬にそう言ってアザリスタはため息をついてから言う。



「とにかくこのままでは我がレベリオ王国は西と北から同時に攻め込まれるのは必須。ここはすぐにでもベトラクス王国とエンバル王国に話をして見返りに我が妹たちを嫁がせる約束をするのがいいと思いますわ。私がそこへ嫁いでも良いのですが今はキアマート帝国の脅威に備えなければなりませんわ」



 そう言って一緒に来ている第二王女と第三王女のフィアーナとロメスタを見る。

 二人はまだ十七と十六歳と言う若さでありながら長女であるアザリスタを信頼しているので自分の使命として頷いている。

 

 雷天馬はそんな様子を見ながらぼやく。



『全く、王族ってのは大変だね、好きでもない男に嫁ぐとか』


「少し黙っていただけますかしら……」



 アザリスタは雷天馬のその無責任な発言に苛立ちを感じる。

 当然と言えば当然だが、誰だって望まない婚姻に自分の身を置くのは嫌である。

 しかしそれが王族の務め。

 だから普段は贅沢をさせてもらい、そして必要であれば自分や部下の命を使ってでも国を守らなければならない。


 それが王族であるとアザリスタは思っていた。



「まずはカーム王国に援軍を出すしかありませんわね。それには我が国の魔法騎士団を派遣するしかありませんわ。派遣する騎士団は半分、残りは北のアルニヤ王国に対して防衛をしなければなりませんわね……」


 アザリスタはざっと考えてそう言うも早急に残り二国、ベトラクス王国とエンバル王国との協定を結ぶ必要がある。


 

「お姉さま、カーム王国には私が魔法騎士団を従えて行きますわ。私はカローラ様に嫁ぐ身、我がレベリオの誠意を見せつければ残り二国との協定も結びやすくなりますわ」


 フィアーナはぐっとこぶしを握ってそう言う。

 確かにここでカーム王国を見捨てれば他国と協定など結んでもらえなくなる。


「フィアーナ、あなた……」


 たとえ腹違いの妹でもアザリスタは彼女を愛していた。

 いや、妹たち全員を愛している。

 その妹が自国の為にその身を犠牲にしようとしている。


 ぐっと唇をかみしめ、しかし納得するしかない。


「私が、必ず方法を見つけ出しますわ…… だからフィアーナ命を粗末にだけはしないでくださいまし……」


「分かっておりますわお姉さま。大丈夫、キアマート帝国の進行を必ず遅らせて見せますわ」


 そう言ってフィアーナはにっこりと笑う。

 しかしその腕が見えない様に震えているのをアザリスタは見逃さなかった。



「フィアーナお姉さま…… アザリスタお姉さま、ベトラクス王国への使者として私が参ります。たとえこの身を使ってでも協定を結ばせて見せます」


 それを見ていたロメスタもアザリスタに向かってそう言う。

  

「ならば我が妹アルバリナにもエンバル王国に使者として向かわせましょう、お姉さま仕込みのアルバリナであればきっとエンバル王国も協定を結ぶはずですわ」


 フィアーナはロメスタのその言葉を受け、震える腕に力を入れてぐっとこぶしを握ってそう言う。

 二人の申し出にアザリスタは一瞬言葉を失うが、立ち止まってなどいられない。


 二人に頷き返して父、ロイフォックスに言う。



「すぐにでもベトラクス王国とエンバル王国に使者とカーム王国への魔法騎士団の派遣を致しましょう。よろしいですわねお父様?」


「う、うむ。分かった。儂はリベリオで民兵の募集を始める。今次指揮はアザリスタ、お前に一任するぞ」


「分かりましたわ、それでは謁見の間に皆を呼んでこの事を知らせなければなりませんわね」


 アザリスタはそう言いながらフィアーナとロメスタを見ると二人は力よく頷く。

 


「あ、儂これから用事があるんじゃが……」


「お・と・う・さ・ま!! また女なのですの? この忙しい時にまた新しい女なのですの!? 今はそれどころではありませんわ! 世継ぎは必要ですから今までは黙ってまいりましたが、次に弟が出来なかったら分かっていますわね!?」


 それでもロイフォックスは我道を行こうとするのでアザリスタにむんずと首元を掴まれて執務室を出て行く。



『大丈夫なんかね、この国は……』




 雷天馬のその言葉に苦虫をかみつぶすアザリスタだったのだ。


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