第26話 夢の転移2

 俺と上条絹による転移実験成功で研究室が沸いたが、その後の神海麗華と夢野妖子の実験では成功しなかった。


「残念~っ!」と麗華。

「私もダメかぁ」と妖子。

「やっぱり私達はこの能力と相性悪いのかなぁ?」


 神海一族のことを思ってか麗華が悔しそうに言った。いや、そんな訳ないだろう。多重世界で唯一の存在なので共感遷移出来ないのは分かるが、共感転移も出来ないのはおかしい。


「こうなったら、私達二人で共感して転移してみましょう!」と妖子。


「そうね、やってみましょう!」


 そう言って麗華は妖子の手を取った。びみょうに怪しいんだが。


「共感トリガー」


 これは遷移を伴わない共感だけをするコマンドだ。


「転移トリガー!」


 麗華が叫ぶように起動したが、転移しなかった。


「共感の必要はないだろう?」俺は言った。


 別にユリがどうのとかいう訳ではない。


「なぁに?」と麗華。

「いや、転移するとしたら、共感してる必要はないと思うんだよね」

「そうでしょうか?」と妖子。

「でも、最初に転移したときは龍一も絹さんと二人だったじゃない?」と麗華。


「ああ、そうだな。あっ? もしかすると」

「もしかすると?」と麗華。


 俺は、ちょっと思いついた。


「これからデートしないか?」

「なに言ってんの?」


 ちょっと責めるような視線の麗華。まぁ、空気読めっていう顔だ。


「いや、実験だよ実験」

「デートってどこへ?」と麗華。

「もちろん白い世界だよ。上手く行くかもよ」


 俺は絹と最初に転移した時のことを思い出したのだ。


「あ、それ行ってみたかったの!」と麗華。

「じゃ、行くか」といって、俺は麗華の手を取った。

「うん!」

「共感トリガー」俺は麗華を共感状態にした。

「転移トリガー!」続けて転移コマンドを実行した。


 俺達はそのまま絹と妖子の目の前から消えた。

 もちろん二人も驚いたが、周りで観察していた研究所スタッフはもっと大騒ぎである。


  *  *  *


「ここは!」


 麗華は周囲を見回しながら言った。


「よし。うまく行ったな」予定通り!


 周りには真っ白い世界が広がっていた。


 これで、共感しておけば一緒にこの白い世界へ転移できることが分かった。

 俺と絹の場合は準共感状態だったから今回のほうが安定している筈だ。

 それから、白い世界に行ったあと俺も自分で転移できるようになった。つまり、これで麗華も転移できるようになった筈だ。

 この白い世界は転移能力を獲得するための施設じゃないかと思ったのだ。


「たぶん、これで転移出来るようになったと思う」

「えっ? ホント? ホントに!」


 麗華は何故か感激していた。


「そんなに転移してみたかったのか?」


「えっ? もちろんそうよ」


 麗華はそう言った後、俺にしがみ付いて来た。


「これで、あなたがどこへ行っても探しに行ける」麗華は耳元で小さく言った。


「そんな事考えてたのか」

「だって。好きな人が目の前で消えるのよ!」


 俺にはちょっと予想以上の反応で戸惑った。確かに俺は消える立場だからな。気づかなかった。


「あ、ごめんなさい。なんか、二人だけだったし取り乱しちゃった」


 俺は、ソファを出せることを思い出して麗華に座らせることにした。


「凄い機能ね」


 麗華は一瞬びっくりして後ずさったが思い返して言った。


「座っても安全だよ」


 そう言って俺は座って見せた。遅れて麗華も隣に座った。いつものように。


「ごめんなさい。わたし、思った以上に世界で唯一の存在ってことを気にしていたみたい」麗華は言った。

「追いかけられないって?」


「うん、そうね。もともと私達一族の宿命だけど、いつ世界から消されるか分からないって、びくびくして生きているでしょ? あまり、気にしないようにはしてるんだけどね」

「うん」


「だから、誰かを好きになるとしたら、私達一族の中からだと決めてたの。だって、いつ別れることになるか分からないでしょ?」


 なるほど。麗華から見たらそうだな。


「でも、私は一族じゃないあなたを選んじゃった」


「そうか。いつか分離しちゃうんじゃないかって思ったんだ」

「そう。だから、絶対バディにならなくちゃって思った。強引な誘い方して、ごめんなさい」


 ああ、詳しい説明しないうちに共感して未来に送ったのは、そういう訳か。


「もういいよ。俺もお前を選んだんだし」

「ありがとう。ホントにあなたで良かった」


 麗華はそう言うが、ちょっと言い過ぎだと思う。麗華のそんな気持ちは少し想像力を働かせれば分かる筈だ。そうしていなかったってことは俺は自分の事ばっかりだったということだ。ありがたいのは俺の方だな。


「俺も、お前で良かったよ」

「ほんとに?」

「ああ」

「よかった!」


「なぁ。お前の一族って、故郷を見付けて戻れたら普通の人間に戻れるのかな?」

「ああ、そうね。たぶん、そうかも」


「じゃ、なんとかして見つけないとな!」

「ふふ。私は龍一が一緒にいてくれればいい」

「そうか」


 麗華はそんなことを言ったが、俺は麗華を普通の人間にしてやりたいと思った。普通に人を好きになるくらい、当たり前の権利だよな?


  *  *  *


「もぅ! 戻らないと思ったら、これだもん!」


 いきなり妖子の声がした。見ると、絹と妖子が立っていた。


「あら、お邪魔しちゃったわね!」


 これは絹だ。ちょっと、目がキツイ気がする。


 どうも、俺達の後を追って転移してきたようだ。つまり、夢野妖子も転移に成功したってわけだ。やっぱりな!

 当然、俺はレディたちにソファとテーブルを勧めて、お茶のセットも用意した。


「気が利くのね」と絹。

「美味しいお茶ですね」と妖子。勿論、彼女の紅茶だからな。

「一番のお気に入りの紅茶だよ」

「ええ、もちろん!」と妖子。


 みんなで『妖子の淹れた紅茶』を飲んだ。もちろん、淹れたのはこの白い世界だ。


「和みますね」と妖子。

「そうね。これで夜空でも見れれば素敵なのに」


 そう絹が言った途端、白い壁は消えて満天の星が現れた。


「まぁ」と絹。

「凄い!」と妖子。

「どうなってんの?」と麗華。

「マジか」


 ただ、普通の夜空では無かった。漆黒の空に、光る綿菓子が浮いたような情景だった。ただ、途方もなく広大で、どこまで続いているのか分からなかった。

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