第10話 政党支援

 俺の学生時代の春休みは、怪しい探偵社に勤務することで全部埋まりそうである。

 そう言えば、学生時代をやり直す夢を見ると言ったが、さらに将来夢に見ることが多くなりそうで嫌だ。


「なに、仏頂面してんの?」


 俺の腕に絡みつくようにくっ付きながら、麗華が言った。


「いや、俺の学生時代の思い出は、このおんぼろビルが舞台なんだなと思ってな」


 見上げると、さえない雑居ビルが見えた。二階には神海探偵社とデカデカと書いてある。そういや、目立ってていいのかよ。


「ふふふ。私を思い出せばいいのよ」麗華はそんなことを言った。


  *  *  *


「こんにちは~っ」

「こんにちは!」


 いつもの神海希美とは違う女性がいた。客ではないようだ。


「あら、妖子ちゃん。こんにちは!」麗華は知ってるらしい。

「こんにちは、麗華さん」


「知り合いなのか?」

「えっ? 下の花屋さんの店員じゃない」と麗華。


 俺は、花屋に興味ないからな。いや、花は好きだが、特にどうしようとか思わない。何故かと言うと、綺麗な時間は短くて枯れている時間が長いからだ。主に俺のせいだが。


「あら、いらっしゃい」奥から希美が出てきた。

「龍一くん、夢野妖子ゆめのようこちゃん初めてだったのね。事務所の花は妖子ちゃんにお願いしてるのよ。ときどき事務所の手伝いもして貰ってるの」

「夢野妖子です。よろしくお願いします」

「あ、神岡龍一です。よろしく」


 夢野妖子が帰った事務所には、新しい花の香りが漂っていた。


  *  *  *


「おう、来たか」


 例の社訓の額縁を背に、大きな背もたれのある椅子にもたれ掛かって意次は言った。ちょっと、待ちわびた顔つきだ。今日は、ちょっと遅かったからな。


「ま、仲がいいのはいいことだ」バレてるし。麗華が、ちょっと恥ずかしそうにした。


「それでだ。あ、まぁ座ってくれ」


 意次は、やはり急いているような感じで言った。

 俺達は、意次の席の前にある接客用のソファに座った。


「今回のミッションは、未来からの依頼じゃないが、未来へ飛ぶ必要のある依頼だ」


 意次は自分の席から立って俺達の前に座って言った。今日は共感定期便じゃないのか?


「そんな依頼もあるんですね」

「そうだな。結果がどうなるか分からないような話だからな」


 なるほど、未来に大きな不安があるような類か。あるいは影響がでかいとか。


「まぁ、ちょっと厄介だが、未来の結果を報告するのが仕事だ。ちょっと繰り返しになって煩わしいと思うが、よろしく頼む」と意次が言った。


「どんな話なんですか?」

「ああ、詳しくは、村長の話を聞いてくれ。大体、政治がらみだと言うことは聞いたんだが、詳細は俺も知らない」

「政治ですか?」

「そうだ。代議士として立ってくれと要請があるようだ」

「そんな目立つことするんですか?」

「いや、だからずっと辞退してきたんだが、もうそれも出来なくなったらしい」

「拒否れないと」

「そうだな。政治家ともうまくやらないとな」


  *  *  *


 少し待っていると、村長と数名の顔役らしき人達がやって来た。

 早速、仮眠室のある部屋へ移動した。大人数の会議テーブルがあるのは、この部屋だけだし共感遷移をする必要があるからだ。


「お世話になります」未来で会った村長とは別人だった。

「初めまして、よろしくお願いします」と俺。

「よろしくお願いします」と麗華。


 それから、連れて来た人たちも含め簡単に名乗り合った。


「さっそくですが」


 希美がお茶を置いていくと、村長はすぐに話を切り出した。


「実は、私やここにいる顔役たちに代議士になってくれという依頼が殺到してましてな」そう言ってから、少しこちらの反応を見るようにした。

「はい」俺は、先を催促するように、それだけ言った。


「それ自体は、大変好ましいことなのです。我々の仕事が外部からも評価されているわけですからな」


 村長は微妙な顔で言う。喜んでいないというか、ありがた迷惑な顔だ。


「ご存じでしょうが、われわれは目立ちたくありません」

「はい」

「つまり、目立った時点で失敗な訳です」そうなるわな。


 みると、村の顔役たちも憔悴している感じだ。議員を要請された人間がする顔じゃない。


「そこで、いろいろと対策を講じるわけですが、立候補などの期限もあります。結果をすぐに知りたいわけです。もちろん、もし当選してしまったら、いい加減なことはできません」


 なるほど。ここの人達はそうだよな。半端な仕事はしない。


「そうですね」


「そこで、政策つまりマニフェストを決定したら結果をすぐに知りたいのです。その結果を以って修正したいと思います。何度も、お世話になると思いますが、よろしくお願いします」と村長。


 真摯な人だなと思った。なるほど、人気が出るのも分かる。


「分かりました」


 つまり、彼らがマニフェストを作ったら、未来-この場合議員の任期が完了する時点-まで飛んで評価を確認してくるというのが今回の俺の仕事である。いい感じの評価になれば、ミッションは完了という訳だ。


 まずは、最初のマニフェストは出来ているので、未来へと飛んでみた。


  *  *  *


「まず、全員当選していました。全部の地区で余裕で当選です。それから、提案して実施した政策がハマって、地域の産業が活性化しています。全員に次期国会議員への要請が来ていました」


 俺は結果をそう報告した。普通なら大成功で大喜びするところだ。


「失敗だ! なんてこった!」


 一人の候補者が言った。当選して国会議員まで要請されてるのに失敗なんだ。


「真面目過ぎるのかな?」別の候補者が言った。

「でも、手なんか抜けないし、賄賂なんて気持ち悪いもの受け取れない」それはそうだ。


 そもそも、ここの人間に法律に抵触することなど出来る筈がないのだ。


「かといって、不真面目な政策は出せない」村長も同じだ。


 ここの人達に、そんなマニフェストなど作れる筈がない。


 俺はマニフェストを手に取り、改めて読んでみた。そこには『誠心党マニフェスト』と書かれていた。


「誠心党か」なんとなく、言ってしまった。

「何か?」村長は気になったようだ。

「かっこいいですね!」


「かっこいい? 『誠心党』が? だたの真面目な堅物という印象を狙ったんですが」と村長。

 他の候補者も同じように頷いた。


「ちょっと狙いすぎな政党名で、微妙な感じを狙っているんです」別の候補者も言う。


「そうですか? これはこれで支持したくなりますよ。まぁ、他の政党との兼ね合いなんでしょうけど」

「ふむ。そうか。君ならどうするね」村長はそんなことを言った。


 まぁ、色々考えての今の案だろう。適当なことを言っておこう。


「そうですね。微妙というかふざけた感じなら票が減るでしょう」

「ふざけた感じ?」と村長。

「ふざけるなんて考えられない」と候補者。そりゃそうかもね。

「では、私達には考えられない、ふざけた政党名とはどんなものですか?」と村長。


 そんなこと言われてもな。顔役たちが期待するような目で見てくる。


「そうですね。『波風立てない党』とか」

「おお、確かにふざけてますね」と村長。はい、うちの社訓ですけど。


「見て見ぬ党とか」

「とんでもないですね」と顔役。


「喧嘩両成敗党とか」

「悪くは無いけど、ふざけてますね」はい。もちろんです。全力です。


「無い袖は振れない党とか」

「確かに、そんな名前は思い付きませんでした」そりゃ、ふざけてるからね。


 さすがに、みんな微妙な顔をしている。


「しかし、マニフェストを修正することは難しい。これ以上話し合うと、さらにいいものが出来てしまう! ここは、マニフェストはそのままに、党名をふざけるしかありません」と顔役。

「その通りです! では、この『波風立てない党』でいってみましょう」


 そう言って村長はマニフェストの『誠心党』を『波風立てない党』に修正した。まじか。


 そして、俺は未来へ飛んだ。


  *  *  *


「ごめんなさい。さらに、人気が出てしまいました。全部の地域でトップ当選してました」


 俺は、見たままを報告した。


「政策はしっかりしてましたし皆さんの働きが素晴らしいので、当然国会議員を要請されてます。しかも、今回は政権与党からのラブコールでした」


「な、なんということだ!」と村長。

「まさか、あれでもふざけ足りないと」と候補者。


 だからうちの社訓なんですけど?


「政党名で気が緩んで、気兼ねなく仕事しちゃったのかも」と他の候補者。ノリノリですか。

「しかし、政党名で結果が大きく変わることも証明されましたな」


 村長、大事なポイントに気が付いたようだ。


「おお、そうです。つまり、成功は間近です!」と候補者。マジですか。遠くなってますけど?

「確かにインパクトある政党名ですからね!」はい。恥ずかしいレベルで。

「これは、全部試してみるしかないでしょう!」と村長。全部試すのかよ。


 結局、何度か未来へ往復して、政党名は『無い袖は振れない党』となった。いいのかな~っ。

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