第23話 いつも通り、イヤホンをつけた。

「おっ。悪いな莉奈」


 ゴールデンウィークが明けた。


 いつものT字路。イヤホン越しの、くぐもったいつもの声に、私は振り返る。


「ん、おはよ。みな……」


 ……あれ?

 

「ん、どうした?」


「……なんでもない」


「そっか……つーか、すまん遅れた」


「休み明け早々遅刻なんて、さすが湊。まぁ今更驚かないけど」


 それに対して、あはは。と私の幼馴染はいつも通り、白い歯を見せた。



 ゴールデンウィークが明けた。


 それはいつもすれ違うサラリーマンも、黄色い帽子の小学生も、あと、私の家の隣に住む……えーっと、まぁ、なんとかさんも。


 また忙しない、いつも通りに戻っていく。


 だけど、私の幼馴染はちょっとだけ変わった。


 普段どうでも良さそうだった髪型が、なんか今風になっていた。


 いつも通りの長さで切った髪の毛の感覚を、うなじで感じて私は。


 なんだか少しだけ、置いて行かれたような、そんな気がした。





 学校に着くと、湊はいつも通り机に突っ伏す。


 どうやら髪型が変わった以外は、いつも通りの湊のままらしい。


 話し方も、その話題も。


 小学生から今まで、ずっと一緒だったから、お互いの変化には敏感だと思う。


 だから、湊がいきなり髪の毛を整えたのも、私にとっては、昨日まであったものが、いきなり無くなったような感覚によく似ている。


 とは言え、私もそして湊もお互いに思春期の真っ只中わけであって。湊もなんとなく髪型を変えただけかもしれない。


 それに私が、過剰に反応しすぎてるだけなのかもしれない。


 ……。


 でも、なんか違和感……すごいなぁ。


 私は頬杖をついてため息を吐くと、スマホに目を向ける。


 別に似合ってないわけじゃない。むしろその髪型は女子ウケがいいと思う。


 でもやっぱり。私はいつもの湊が良いなと思った。


『髪型 いきなり変える 男子』


 そんな検索をかけて私はまた、ため息を一つこぼした。




「ね、湊」


 4時間目が終わり、昼休みが始まった直後。


 弁当箱を持ってどこかに行こうとする湊を呼び止めた。


 こちらに振り返った彼は、言った。


「学校で莉奈から話しかけてくるなんて珍しいな、どうした?」


「あ、なんていうか、別に大したことではないんだけどさ」


 歯切れ悪く言うと、私は自分の弁当箱を見せる。


 なんていうか、私らしくないな。


 そんな事を思いながら言葉を続けた。


「よかったら、今日、一緒に食べない? 和茶ちゃん、休みでさ」


 湊が、お昼をどこかで食べるようになったのは知ってる。


 でも、まぁ、湊のことだし、きっと1人で食べているのだろう。


 それなら今日ぐらい私が増えても問題はないはず。


 だけど……返ってきた言葉は、


「あ……一緒に飯なぁ……。えーっと……ちょっと待って」


 彼はそう言って。スマホを取り出す。


 隠すようにしてスマホを操作するその行動に、私は思わず口をぽかんと開けた。


 なんでそのタイミングでスマホを見る必要があったのだろうか。それ以前に、私との昼食を断る理由があるのだろうか?


 いや、考えれば簡単なことだ。


 とどのつまり彼には……。


「……そっか、先客がいるんだ」


 私がボソリと呟くと、湊が再びこちらに顔を向けて、申し訳なさそうに頭を掻く。


「すまん、約束してる人がいて……明日とかはどうだ?」

 

 そんな、湊っぽい返事に私は、いつも通り鼻を……、


「……なにそれ」


 鳴らせなかった。


 それ以上に悔しさと、悲しさと。


 何よりも湊が少しだけ離れていくような感覚がして。


 私は自分の席に戻ると、弁当箱を広げる。


 胸の中で広がる、ムカムカとした感覚と、行き場のない視線を誤魔化すようにイヤホンをつけた。


 いつも聞いていた、思い出の曲が少しだけ、くぐもって聞こえた気がした。

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