第19話 あれ、もしや……これもデートなのでは?

「着いたぞ」


 それから約20分。


 電車は大型ショッピングモールの最寄りの駅で、徐々にスピードを緩め始めた。


 それを合図に俺は左肩を揺らす。


 すると莉奈も「ん……ん?」と若干寝ぼけながら目を覚ました。


 彼女はふにゃふにゃな口調で続ける。


「もう……着いたの? ん……まだ……あと、30分ぐらい寝てたいのに……」


「アホか。起きる頃には千葉県の南の方だわ」


 ため息を吐きながら、とりあえず降りるぞ。と、莉奈を半ば無理やり立たせる。その腕を引いて電車を降りた。


 そして、駅を出て歩くこと約10分。


「湊、歩くの遅いっ!」


 ショッピングモールの中に入ると、莉奈は息を吹き返すように、俺の腕を引いていた。


 きっと『水を得た魚』という言葉は、こういう時のためにあるのだろう。


 俺の少し先で揺れるポニーテールにため息をついた。



 

「んー……ね、湊。どっちの方がいいと思う?」


 莉奈は両手に持った帽子を、交互に見ながら俺に問う。


 俺も、それを被った時のことを想像しながら、顎に指を当てた。


「俺なら青色かな、なんとなくって感じがするし」


「なんとなくじゃダメ。せっかくのプレゼントなんだから、寿命すり減らしてでも考えて」


 そう、切れ長の大人っぽい瞳に圧が加わると、俺の背筋にぞくりとした感覚が走る。

 

 莉奈の威圧感に思わず「すみません」と小さく返すと、俺は帽子が陳列された棚の上を、左右に視線でなぞった。


 そう、以前莉奈が言っていた予定とは、養護施設に通う、風花ちゃんへの誕生日プレゼントを買うというものだった。


 ゴールデンウィーク中に迎える、風花ちゃんの誕生日。その日にプレゼントしたいと、いう莉奈の提案だ。


 それで、二人で話した結果。


「はぁ、全く。これだから男子は……いい? 湊。女の子にとって日差しは天敵なの。それにフーちゃんは外で遊ぶの好きなんだから。しっかり考えてあげないと」


 外遊びが好きな風香ちゃんのために、日差しを避けられるものを買おう、と言う結論になった。


 それで今日は、いろんなショップが入っている、大型のショッピングモールへと足を運んだのだ。


 頬を膨らませながら、鼻から息を抜いた莉奈。手に取った帽子を自ら被り、「こっちかなぁ……」と呟く真剣な表情が鏡に映る。


 その傍で俺も、風香ちゃんを頭に思い浮かべる。あの綺麗な顔立ちと、父親譲りだと言う、金色の髪の毛と青い瞳。


 それに合う帽子は……。


「なぁ、これとかどうだ?」


 そう言って、俺が手を伸ばしたのは、オフホワイト色のクロスバケット。


 この霞んだような白色が、なんとなく風香ちゃんの髪の毛や、瞳の色と合うような、そんな気がした。


 すると莉奈も、うん。と頷き口を開く。


「確かに、それ良いかも。キャップよりもスポーティーな感じはしないし、何よりも、その色、フーちゃんに似合うと思う」


 そう言って、帽子を俺の手から抜き取り、莉奈は自分で被る。


 鏡と向き合い、鼻を鳴らすと、こちらへと顔を向ける。


 唇の端を持ち上げては、


「ほら、私にも似合ってるし」


 そう言って、大人っぽい瞳を細めた。



 

「買うもん買ったし、それじゃ帰るか」

 

 ショップから紙袋をぶら下げて出ると、俺は息を吐いた。紙袋の中のギフトボックスを見て、鼻を鳴らす。


 我ながら、良いセンスであったのではないのだろうか。


「そうだね……次は……って、え?」


 そんな莉奈に対して俺も返す。「は?」


 2人で見合って瞬きをする。


 先に口を開いたのは、


「いやさ、訳分かんないんだけど」


 莉奈だった。呆れ気味の口調で続ける。


「まだお昼過ぎだよ? もう帰るって正気?」


「いや、目的は達成したわけだし、別にこれ以上外にいたって意味ないだろ」


「いやいや、意味あるとかないとか、そう言う問題じゃないから」


「じゃあ、どう言う問題なんだよ」


 そう言って2人で睨み合って、また沈黙する。


 詰まるところ、帰りたい俺と、まだ帰りたくない莉奈との睨み合いだ。


 だけど、俺は知っている。基本こうなった時の言い合いをして、負けるのは……。


「湊、みなとっ! 次あそこのお店!」


 まぁ、俺である。


 彼女の手首にかかっている、いくつかの紙袋が派手に揺れるのを見て、小さく息を吐く。


 つーか、テンション高過ぎだろ。普段のお前はどこに行ったよ。


 そして、彼女に振り回されること30分。俺たちは肩を並べて服を見ていた。


 まぁ、肩を並べてと言っても……。


「ね、湊。どっちの方が私に似合ってると思う?」


 そう言いながら、デニムやスカートを自分の腰に当てていく。


 だが、流石に俺も疲れてきた。どれを着ても結局似合ってしまう彼女だったから、俺はそのまま伝える。


「まぁ、全部似合ってると思う」


 だが、莉奈はその返答に頬を膨らませた。


 どうやら褒めて欲しいわけではならしい。


 はぁ……と盛大にため息を吐くと、莉奈は口を開いた。


「あのさ、そういうことじゃなくて、今はどれが似合ってるかって言う、トーナメントみたいなものをやってるの。それを全員優勝みたいに、根本的に潰さないで」


「はいはい……って言ってもよ、私服買いにくるなら、莉奈の友達と来た方がいいんじゃないか?」


 すると莉奈は、えっ。と口から声をこぼし固まる。俺は彼女に続けた。


「俺、そんなに服とか詳しくないし、それに、レディースの物なんて、さっぱり分からんぞ」


 だから……。と言ったところで、莉奈は俺から視線を外す。


 一瞬、ん? と思ったが、莉奈は店内からTシャツやスカートを集めると、それを抱える手と逆の手で俺の腕を掴み、試着室へと向かっていく。


 そのまま、店員さんに一言かけて、俺をカーテンの前に放置した。


 数分後。カーテンが開くとそちらへ顔を向ける。


 デニムのロングスカートと、黒Tシャツのハイウェスト姿の彼女に、なんだか新鮮さを感じた。


 そんな俺に、莉奈は口を開く。


「湊が一番好きなの選んで」


「は? いや、だから」


 と、次の瞬間。


「湊が一番好きなものを買いたいの」


 莉奈は俺の言葉に被せるようにして、言葉を言い放つ。


 少し恥ずかしそうに体の前で腕を組むと、こちらを覗き込むような視線を向ける。


「だからさ、選んでよ。湊が一番私に似合うと思うやつを」


 その最後に、「私はそれが一番好きだから」と、小さく付け足した言葉に思わず心臓を早める。


 こいつも、ずるいよな……ほんと。


 その後、莉奈のいろんな服装を眺めた。


 ギャルっぽい黒色のホットパンツだったり、はたまた、綺麗な緑色のロングスカートだったり。


 そして、次にカーテンが開くと、俺は思わず目を見開く。

 

 長くて白い足を引き立たせる、深い青色のミニスカートと、肩が開いている白のトップス。


 普段そう言う格好を駅で見ると、目のやり場に困るような服が、莉奈が着ると、どうしてこうも大人っぽく見えてしまうのだろうか。


 そして、莉奈も俺の反応に気づいたのだろう。ふふっと鼻を鳴らしては、


「へぇー、湊。こう言うの好きなんだね」


 そういってカーテンが閉める。


 着てきた服に着替え、試着室を出ると、購入しない物を店員さんに渡す。


 手に持っていたミニスカートと、白のトップスをレジに通した。


 新しい紙袋をぶら下げる莉奈。


 一足先に、店を出ていた俺の元へ来ると、彼女は鼻を鳴らした。


「湊って、私の足好きだよね」


「……んなわけあるか」


「誤魔化さなくていいんだよ? てか、視線でバレてるし」


 そういって彼女は心地よさそうに鼻を鳴らす。


「でも、ありがと。なんか楽しかった」


「あぁ、それはよかった」


「うん……」


 しおらしく頷く莉奈。その表情は心地よさと安心感と、少しの恥ずかしさを混ぜたような、可愛らしい顔をしていた。


 

 

 

 




 

 



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