沼らせ屋の君へ

yukiman

first-end

もう、終わらせよう。

心から、いや、「心から」よりもっと強く、遠く、離れた場所で、

君とおさらばしようって

ようやく思ったんだ。


わたしたちは長い時間いっしょに過ごしてきた。俗にいう、腐れ縁。

君はそのかなりの長い時間の中であっさりと、

でも確実に魅力を増していった。

外見だけじゃない。優しくなった。たいそう紳士的に。そして特に、

女の子にすごく優しくなったよね。


君の笑顔は好きだ。

どこか遠い海を感じさせるその目は、

笑ったときになくなっちゃうんだよね。

笑顔がほんとうに素敵。お世辞抜きで

すべての女性が褒めてもおかしくない。

それぐらい君の笑顔は素敵だ。

そして、好きだった。


君とは何回恋に落ちたのかな。わかんない。

数えたこともないし、

君はずっと私の片隅にいたんだし、

数えたところで、

結局1回になるのかもしれないね。


季節は君のとなりで何度も移り変わった。

そして移り行く季節のたびに

わたしは君をすきになった。

春の木洩れ日に目を細める君。

夏の暑さにすこし不満気味そうな君。

秋の寂しい風が君の髪をすかして、

冬は寒い寒いっていいながらも薄着の君。


けど、やっぱり好きなのは、

君のすこし哀しそうな横顔を通りすぎる

夏が過ぎたあとの風だ。


目が合ったとき、君はそらしてくれない。

2人だけが分かる話を、作るのが上手で、

夜の電話は、少し声がほころんでて、

いつもより、もっと、甘い。

きっと、大好きだった。


君に好きだって言われたとき、

君のことがわからなくなった。

だって君のことだ。

わざわざ自分を選ぶ理由なんてきっとない。

からかってるんだよ、きっと。

だから、君とは出会わないことを選んだ。


君の背中が少し広くなったような気がして、

ただそれだけで、

今度はわたしが君に惹かれた。


君に声をかける、君が少しはにかんで

微笑み返す。

一緒に手を繋げればそれでよかった。


でもね、

1度出会わないことを選んだわたしに、

君はもう1度出会う選択肢をくれなかった。

君はそこまで紳士じゃなかったのかも。

ううん、もしかしたら、わたしが君を

いいように作り上げちゃってたのかも。

だから、君とは結局、出会えなかった。


好きにさせて、どんどん好きにさせて、

日に日に私を好きにさせて君は、

あっけなくその手を離した。

それとも、

君は手なんて初めから繋いでない

つもりだったのかもね。

あの笑顔は、夜の電話のむこうの声は、

わたしにまっすぐに向かってるものだって

思ってた。


君の口からは、見知らぬひとの名が

よくこぼれるようになった。

それでもその口から自分の名がこぼれて欲しいと思ったわたしは、

馬鹿だったのだろうか。


君とは距離を置こうと決めて、

連絡もせず、干渉もしなかった。


最後の日。

君から連絡があった。

「会いにきてほしい。」

わたしはまだ君に優しくしてしまう。

会えさえすればよかった。

その先を期待しては、いけない。

期待するから、君をもっと、求めてしまう。

わたしだけの君にならないから、

もっともっと、君から抜け出せなくなる。



君にひとたび会うだけで、

わたしはまた、反転してしまう。

_____そう、今までの私だったなら。


でも、わたしは君に転がされない。

君と離れてやっと分かったんだ。

自分を愛するようになって、気づいたんだ。

ただ寂しいだけの君にかまって、自分まで寂しい思いをする意味なんてきっとない。


だから、

わたしは君と、出会わない。出会えない。

これまでも、そして、これからも。

君のその声に、瞳に、好意のない優しさに、

振り回されるのは、もう十分なんだから。





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