第12話 野宿
「白竜の鱗はいい素材だからな」
私はポケットから真珠のように輝く鱗を取り出し、ニンマリした。
白竜の背中を切ったときに、剥がれた鱗はきちんと回収しておいたのだ。白竜の鱗は、魔力吸収にとてつもなく優れている。これなら余裕のあるときに自分の魔力を貯めておいて、消費したときに素早く回復するのに使えそうだった。
「それに体内から除去した、魔王兵の槍の穂先。白竜の体内で熟成していい感じに怨念がこもっているから、どこかの工房でシウの武器にくっ付けてもらったら、相当な強化ができるだろう。全然、ただ働きじゃないから心配するな」
「そ……そうですか。ではまた、私の体が必要になったらいつでも呼んで下さい。あなた達のことは覚えましたから、どこにいても駆けつけます」
「わかった」
白竜は変な言い回しをしながら、名残惜しそうに中空に舞い上がる。今度こそ白竜は去ってくれた。シウがもうあっち行けオーラを出しているからだろう。
「ふう、やっと行ってくれたね」
シウは晴れ晴れとした笑みを見せた。
「また後で呼ぶつもりだぞ。クロドメール国に行くには、船に乗る必要があるだろう? そのとき、空から警護してもらうつもりだ。海の上でほかの乗客が乗っているときに魔王軍に襲われると危ないからな」
「成る程。サミアは何だかんだちゃっかりしてるね」
「当然だ」
私とシウと目を見合わせた。長い睫毛に覆われた紺碧の瞳は、いつだって曇りなく私ばかりに向いている。この視線をもう少し浴びるのも悪くはない。
クロドメール国までの約半年の旅路は、別に急ぐ必要はないのだ。向こうに着いてシウの今世での父、クロドメール国王にガッツリ注意をしたら、私はシウと離れるつもりでいるから。だから、私は優しくなんかないのだ。
ゆっくり休憩をしてから、私たちはメリッサに乗って再び出発をした。
それからは順調に山をひとつ越え、夕方になってから適当な場所で野宿の準備を始めた。適当というのは、岩しかない暗く深い谷底であり、ほとんどの生き物が寄り付かないという意味だ。風の精霊の力を借りてそっと降りた。
シウがせっせと寝床になる天幕を張る間、私が夕食の調理をする。
出発時に集落で、ある程度の野宿に備えて食料を購入させてもらえたので、材料はふんだんにあった。
だがシウの何でも入るアイテムポーチを預かり、中を探りながら私は今晩のメニューに悩んでしまう。シウの、私が作る料理に対しての期待値が引くほど高いのが特に問題だ。
簡易の折り畳み式作業台しかない野外で、手の込んだ料理を作る気にはならない。あんまり期待を裏切っても悪いけど、現実はこんなものだとシウにわからせる必要があった。そこそこ、というメニューに悩む。
「……安定のトマト煮でいいか」
トマトには旨み成分が豊富なので、大体そこそこおいしくなる。でも飛び上がるほどはおいしくない。いわゆる、ほっこり系だ。私は玉ねぎと香味野菜を適当に切って炒めていく。
それから家畜の豚の塊肉を魔法で凍らせ、固くしてから、切れ味のいいナイフで削ぐように薄切りにして鍋に落としていく。結局のところ、これが一番調理が早くなるし、食べやすくもなる。あとはトマト、ワインとぶち込み塩コショウで味つけするだけだ。焚き火セットに鍋を固定し、私は完了の気持ちよさでひとり、大きく頷いた。
「あ、ジャガイモを入れ忘れたな」
出しただけのジャガイモが、小石に紛れて哀れに転がっているのを今さら見つけた。
私は仕方なくジャガイモを洗い、皮を剥いてやはり薄切りにし、塩少々とローズマリーで煮始める。最後にチーズでもかけて魔法で焼き目をつければおいしそうに見えるだろう。
私はもう一度、今度こそ終わったと腕組みをした。
「サミアがご飯作ってくれるの嬉しいなあ、すっごい、いい匂い」
上機嫌のシウが、天幕を張り終わって近付いてきた。手を後ろで組み、跳ねるような謎の動きをしている。
「そんなに期待しないでくれ」
「え、でも2種類も料理があるよね。野宿なのに豪華だよ」
「ふん、王子のくせに2品で喜ぶんじゃない」
「君は手際いいよね!」
何がそんなに嬉しいというのか、シウは笑顔いっぱいに鍋の周りをうろうろする。面白いので、放置してしばらく眺めていた。
十分にお預けをしてから、私は勿体をつけてトマト煮とジャガイモのミルク煮チーズがけを器によそい、簡易のテーブルに置いた。
やはり、直前になっておいしく食べてもらいたいという欲が出た。空腹が一番のスパイスと言うように、今の間でかなりおいしくなっただろう。私が何もしなくてもおいしくなる、まさに魔法のようなものだ。
「よし、食べよう」
「頂きます!」
「待てシウ、熱いからゆっくり食べた方がいい」
「あっ、うん……」
私の抜群のタイミングの牽制に、シウはビクッとしつつ何とかスプーンを口に運ぶ。
「おいしい。すっごくおいしい!」
「ふん、そんなでもないさ」
「本当においしいよ! 料理は手をかければいいってものじゃないから!」
「そうか」
「でもこれにはサミアの僕に対する愛情がいっぱい入ってる。幸せ」
「……」
口から湯気と惚気なようなものを出しつつ、シウはすごい勢いで食べていく。まあ体だけは17歳の男子だから、よく食べる。私は否定するのも面倒なので、自分の分をせっせと食べた。
その後は片付けをして、交代で見張りをしてシャワーを浴びた。各自で魔法を使えるので、温水できちんと体や髪は洗えるし乾かせる。
だが人の暮らしが染み付いた身である以上、屋根や壁に囲まれていないとリラックス感がないのだけが難点だろう。光魔法で光学迷彩の壁を作っても、その辺で全裸になるのは心もとない。
「天幕の中は寝心地いいと思うよ」
シウはニコニコで天幕の入り口の布をめくった。設営に時間かかっただけあって無駄に広く、中にはたっぷりのクッションが積まれていた。
「そうだな、確かに」
「えへへ、気に入ってもらえた?」
「ああ」
私は適当なクッションを枕に選び、真ん中にゴロンと横になる。下にもずいぶん色々敷いてあるらしく、柔らかいし地面の冷たさも感じなかった。だけど、シウが隣に寄り添い、じっと顔を見つめてくる。
「そんなに見られると寝づらいんだが?」
「サミアが寝返りいっぱいして、はぐれたら大変だから見守ってないと」
「私はそこまで寝相は悪くない」
この広いテントから、寝返りだけで出ていって姿が見えなくなることはないと思う。孤児院の大部屋でも、寝相が悪いとか夢遊病と指摘されたことはない。そう伝えても、シウは心配は解消されないようだった。
仕方なく、私はシウの手を握る。
「ほら、こうして寝たらはぐれないから。早く寝ろ」
「うわあ、ありがとう」
目をとじると、昼間馬上で揺れ続けたせいか、身体感覚がおかしかった。それで何となく生涯を海上にぷかぷか浮かんで暮らす海獣を思い出す。彼らもはぐれないよう手を繋いで寝ていたのを、かわいいものだと前世は白竜の背に乗って観察していたな。
◆
そんな日々を繰り返し、私たちは港街へとたどり着いた。モノラティという名前の久しぶりの街である。
潮風と海鳥がしきりに感覚を刺激する、とにかく海沿いの街だ。ここから船に乗り、海を渡ってクロドメール国のある大陸に行く。
「肉が続いたから、久しぶりに魚料理が食べたいな」
「そうだね!」
私とシウは街に入る前に旅装ではないもう少しおしゃれな服装に着替え、通りをぶらぶらしていた。魚料理は面倒なので、作ってもらうものと決めている。
「ん? あれは――」
私は広場の中央に建てられたある物が、気になった。
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