第13話 港と船
私の視線の先にあったもの、それは――前世の私の姿、勇者セシオンの立派な石像だった。
その周囲には人々が集まっている。セシオンの石像の掲げた手のひらからは、なぜか水が勢い良く噴出して、噴水広場となっていた。多分きっと私の尽きることのない、強大な魔力を表現しているのだろう。
人々はセシオンの石像を仰ぎ見ては、コインを投げつけてお祈りなどをしていた。ご利益があるとは思えないが、私も間近に寄って見上げてみる。
「今はこんなものが建てられていたのか。我ながら、すごく人気あるんだな」
この港町には前世でも来たことがあるが、こんなものはなかった。なかなか隔世の感がある。シウは行きの道中で一度見たのだろう、驚いてはいなかった。
「うん、そうなんだ。セシオンかっこいいよね。どうしても姿かたちの記憶って薄れちゃうけど、やっぱり芸術家ってすごいよねえ。そっくりだと思う。時間を取ってモデルやった訳じゃないんでしょ?」
シウは石像をうっとりと見上げる。その紺碧の瞳がきらめいて、当時の追想に浸っていることは明らかだった。
「当たり前だ。勝手に見て、勝手に作ったのだろう。しかし大体合ってる気がするな」
セシオンの石像は台座に乗せられているのもあるが、とても背が高く、ローブから浮き出る筋肉は雄々しく、顔つきはキリッとしていて、セシオンのかっこよさの何割かは表せているようだった。
「ところで、セシオンがあるならラーズの姿の石像は? ほかの場所にあったりするのか?」
「いやないよ。前の僕の実物大は大きすぎだから、仕方ないね」
「そんな馬鹿な。縮小版でもいいから作るべきだろう、一番の功労者だぞ」
「小さくなんて作られたくないからいいよ。それに、白竜なんてどれも似たようなものさ。僕はこうして、一緒に町に入れる今の姿の方が気に入ってる。一緒に寝るときもうっかり潰しちゃう心配なく抱きしめられるし」
シウはにっこり笑って、恥ずかしいことを言う。ふと気づくと、周囲の人々が私たちの会話に聞き耳を立てていた。聞かれると一から十まで問題ある会話なので、私はここを離れようとシウの袖を引っ張った。
「こ、こんなゆっくりしてる場合じゃないだろ。まず船の出航予定を調べにいかないと」
私は港の方向へ向かおうと足を踏み出した。大体、シウの珍しい白銀の髪や人間離れした美貌は注目を集めすぎる。私たちの関係が何なのか傍目には気になるだろう。
「うんでも、船の出航予定を調べに行く前にお昼食べようよ。行きの道すがらに聞いたんだ。新しく出来た、大人気のレストランがあるんだって。もうすぐお昼時で混むからさ、早く行かないとおいしいエビとかカニ料理なくなっちゃうよ」
私の進もうとした港とは逆方向、ゆるい坂道になっている上の方をシウは指差した。その先には白壁に、大きく店名が描かれているレストランがあった。エビやカニと聞いて私は喉を鳴らす。おいしいけど、自分では調理したくない食材の筆頭だ。
「……先にレストランに行こう」
「うん!だよね」
私たちは、坂道を急いで上った。
既に混み始めていたレストランの最後の空席、テラス席に案内されて私とシウは一息をつく。眺めの良い席で、ここからや港や海が見下ろせた。大型船が一隻、白波を立てながら港を離れていく。そのほかにも、停泊している船がいくつかあった。
「今は船も多いんだな」
「そうだね、危険なモンスターが減ったからね」
メニューから好きなものを頼んで、私はいい気持ちで料理を待った。先にレモネードが来て、潮風を浴びながら飲むと浄化されるようにおいしかった。
「メリッサも一緒に乗れる船を探さなきゃいけないからな、あるといいな」
「そうだね」
白馬のメリッサは、町の入り口近くにある厩舎に預けている。宿が決まったら、宿の厩舎に移動する予定だ。
「それからこの町にいい鍛冶屋があったから、そこでシウの槍を強化しよう。ほら、あの白竜の背中から摘出した禍々しい素材で」
「そうだね」
「あと、道中で倒した魔王の手先の素材を売って路銀にしないとな」
この港町に到着するまでに、3体も巨大黄金騎士の亜種みたいなのが私たちの前に現れた。魔力などは隠しているが、私の何かを嗅ぎ付けているようだ。だからこの町にもそんなに長居はできない。
「ああうん、それはどっちでもいいよ。僕が必要な資金なら持ってるから気にしないで」
さっきから、気もそぞろにそうだねと繰り返していたシウがやっと自分の意見を述べる。
「ふーん。それはどうも。じゃあシウは何を気にしているんだ?」
「うん? べ、別に……」
ぎこちなく笑って、シウは私の後ろ側に視線を逸らす。明らかに何かを隠していた。
「あっ、料理が来たみたいだよ!」
「ふーん」
シウの態度で少しケチがついたが、ウェイターによって運ばれてきた料理はどれも見た目が華やかで、心踊るものだった。
私が頼んだのはオレンジの果肉入りのエビのサラダ、大きな蒸しロブスター、カニ足のフライだ。シウはそのほかにマグロのレアステーキ、ホタテのグリルを頼んでいた。
「本当、漁師と料理人に感謝だな。運んでくれる人もそうだが」
金さえ払えば、こういう料理が食べられるのはありがたい。野宿で自炊が長引くとそういう心境になる。私はまず、エビサラダを食べてみる。オレンジの酸味爽やかなエビサラダは、新鮮なエビの甘味と引き立てあっていてすごくおいしかった。
「そうだね……」
「もうちょっと気のきいた返事がもらえるともっとおいしく食べられるんだが?」
シウは何も答えず、料理に手をつけもせず紺碧の目を細め、眩しい海を睨んでいた。何なんだと思いながらもやっぱりおいしくて、私はぱくぱくと食べてしまった。一応、エビサラダの半分はシウの取り皿に乗せておいてやったが、気づいていないようだ。
「あのさ、怒らないで聞いてね」
やっと海を見るのをやめて、シウは私に向き直った。私はナプキンで口を拭いてレモネードを飲む。
「何のことだ?」
「じ、実はさ、さっき出港した大型船がクロドメール国行きの船なんだ。次にクロドメール国行きの船が出るのは1か月後だよ」
重大な罪の告白のように、声を低くしてシウは打ち明けた。しかし私の耳はよく機能していて、周囲の客の喧騒や、海鳥にかき消されずに聞き取った。思わず笑いが出た。どうやら、シウは船の出航予定を覚えていたようだ。
「シウ、まさかお前、わざと船に乗れないよう仕向けたのか? 私をエビとかで釣って」
「ごめん」
「クロドメール国に行きたくないのか?」
「だって……」
シウの瞳に張った水の膜が盛り上がって、今にもこぼれ落ちそうだった。
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