第二十九話 【生配信】ナキア村 春のお花見祭りっ!


 

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 【まえがき】

 ごめんなさい、遅れました。

 

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 ナキア村の花見祭りはまだ日も登りきっていない早朝から始まった。

 各戸を訪ね歩き、手提げ提灯と例の紙を配布していくお父さんたち大人組。渡された村人はそれを持って中心の広場に赴き、各々割り当てられた場所で談笑に興じる。

 約1時間に渡るその工程が終わり住人全員が広場に揃ったら、とうとう祭りの開始だ。


「……以上で、開幕の挨拶を終える。

 それでは、ナキア村の繁栄とお主たちの長寿を祈ってーー乾杯なのじゃっ」


「「かんぱーい」」


【おまいらビールはもったな!!】

【乾杯じゃこらあああ】

【くぅぅ、アルコールの優しさは五臓六腑に染みわたるで】

【やっぱこれよなあ】

【(ビールのアイコン)×3】

【カタリナちゃんを待つこと幾星霜、とうとうこの日がっ】

【うう、買い込んだ食材が無駄にならなくて本当に良かった……】


 壇上に立つマハタ様の音頭と共に、会場に座る常者たちが盃をあおった。のびやかな青空の元、桜の木を中心に一気に酒気に包まれる大衆広場。

 また今が休日の朝ということもあるのか、同時接続者数どうせつは3166人と、いつもよりもはるかに多い数字記録していた。


 流石は私。これならVtuberのトップを取るのも夢じゃありませんねっ。

 全能感に包まれながら、意気揚々とタブレットの前で手を振る。私たちが座るのはフロム家のために用意されたシートの上。お父さんたちは諸々の警戒で忙しいから、このスペースはほぼほぼ私たちの独壇場だ。


「はい、というわけで今年も始まりました。ナキア村、春のお花見祭り。

 実況は私、カタリナ・フロム、解説は妹のアネットでお送りしていきます。

 ……アネットさん、祭りの様子はいかがですか? 正直、大の大人たちが朝から酔っぱらう姿はあまり子供に見せたいものではありません」


「うーん。元気があって大変よろしいっ」


【ヤ〇ザキ春のパンまつりっ!?(幻聴)】

【祭りの実況って何や……?】

【>子供に見せたくない めっちゃ辛辣で草】

【!? ってか、しれっと新衣装きてるじゃん】

【お、まじだ】

【かわえええええええ】


「あー、これはマハタ様たちに無理やり着せられた祭り用の着物ですよ。

 着るのが大変でしかも動きづらいので、今後もほとんど着る機会はないと思いますね」


【まじで? めっちゃもったいなくね?】

【祭りの日しか着ないとか、特別感があってそれはそれでアリ】

【今日は待ちに待ったカタリナちゃんとのデートの日。

 緊張で胸がはち切れそうな僕の前に現れたのは、艶やかな着物に身を包んだカタリナちゃんで……】

【おい、何か怪文書ニキいるってww】


「……お姉ちゃん、オシャレとか気を付けたら絶対もっと可愛くなるのに……」

 

 私が羽織った着物(赤い生地に菊の花(?)が彩られたやつ)を見せていると、アネットが口をとがらせてそう言った。

 うう、分かってはいるんだけど……可愛さと利便性どっちを取るかと言われたら、絶対に後者がいいからなあ。

 男のために脱ぐ肌はないのですよ(最低)。


 と、そんなやりとりをしている間に、祭りは次の段階へ。

 ここからは有志たちによる出し物の時間だ。

 用意された舞台の上で、店の店主が自身の商品を紹介するためのパフォーマンスをしたり、各分野の腕自慢たちがその能力を競い合ったり、寺子屋の子供たちが短い演劇を披露したり。

 誰かが何かをする度に歓声が上がり、酒の匂いが強くなっていく会場。

 ただ演者の一人が言葉を噛んだだけで大爆笑が起こることを考えれば、その末期感も知れよう。


「おーいっ、カタリナちゃんたちは楽しんでいるか~?

 ちょっと酒が足りないんじゃないか、ええ?」


「こら、なに未成年に飲酒を進めてるんですかっ。

 私だけならともかく、ここにはアネットもいるんですよ?」


「あっはっはっ、こりゃあしっけいしっけい」


 大事な妹を酔わせようとしてきた不届き者を追っ払う。

 酒は飲んでも飲まれるな。大人には容量用法を守って楽しい飲酒ライフを送ってほしいものである。


「……真面目モードのお姉ちゃんもあり寄りのあり。

 もしかしてこの状態が続けば、ずっと守ってもらえる?」


【分かるマン】

【普段とのギャップがたまらんのよなあ】

【そ れ だ】

【もはやアネットちゃんの異常性について誰も触れない件について】

 

 妙案を得た、といわんばかりに瞳を輝かせるアネット。

 昨日の夜以降、何となくアネットの闇が薄くなったように感じるのは私の気のせいかな?(願望)


【カタリナちゃんたちは何か出し物したりしないの?】


「ですね。私たちは時間の確保が難しいので、演者側としては参加できないんですよ。ただそれも見習いの間だけの話です。

 成人となったタニア達は普通に毎年出るはずです」


【ははあ なるほどねえ】

【それじゃあ来年は演者側に回るかも?】


「ですです。

 何もなければ配信は続けていく予定ですので、来年は楽しみにしてくださいね」


「これからもうちのお姉ちゃんをお願いします、だよ」


【はっ】

【よかったよかった】

【よっしゃ マジで楽しみ】

【でもその前に俺たちの方が楽しめるようになってないとなあ】

【↑おいやめろ 現実を思い出せるんじゃねえ】

【ああ……何で俺たちは週に5日も仕事してるんだ……】

【あれ、今日は何曜日だっけ……? あ、頭がががが】


 なんてやり取りがありながらも宴は進みーー





「えー、次は「村一番の大巨漢っ 巨人族のララットぉ」VS「村一番の大巨漢~ 像族のファンティアぁ」VS「空前絶後のちびっこファイター 守人のタニア&サーニャっ」 本当の大巨漢は誰じゃっ!? 

 ナキア村恒例、大食い王決定戦なのじゃっ」


【紹介文被ってるじゃんww】

【ダークライ枠来たww】


 マハタ様の煽りに合わせて、各々壇上の上でポーズをとる四人。

 タニアに至っては、ただ右手を挙げただけで文字通り会場の声が湧いた。


「……シルビオ、今年は誰が勝つと思いますか?」


「そりゃ、なあ。言わんでも分かるだろ」


「??」


 結末の見えた戦いに、近寄ってきたシルビオと一緒にため息をついたり(結果は例年通り・・・・、姉妹の圧勝。あの二人、あんな見た目で化け物みたいに食べるのだ)ーー




「第七回的あて大会の勝者はーーシルビオ・グラントっ」


「お前たち、応援ありがとなー」


「かっこいい~」「抱いて~」


 シルビオの爽やかな笑顔に文字通り、きゃーという黄色い声を上げる女性陣。

 自身よりも若い男の人気に、村の男連中は露骨に渋い顔を浮かべていた。


「うーん、相変わらずいけ好かない奴ですね」


【イケメンで運動もできるとか俺たちの立つ瀬がないんだが?】

【↑安心しろ もとからだ】

【唯一の救いは本当に脈がなさそうな感じ……?】


 なんて悲しい一幕があったりしてーー





「……みんな、楽しそうだったね」


 ーー楽しいお花見の終わりは近づいてきた。

 時は夕暮れ時。茜色の空の元、広場に集まった村人たちが各々の紙を取り出していく。今の時間だけはお父さんたちと一緒だった。


 ぽつり、とアネットが柔らかな感嘆を零す。

 楽しそう、か。確かにその通りだなあ。今日は村人の誰もが笑っていた。辛いことなど何もないかのように、あるいはそれを洗い流そうとするように。


「ですね。

 ……だから私はここにいるみんなが好きなんですよ」


『うわっ、イタすぎだろ(笑)』『黒歴史確定www』『××中学校×年×組 ○○君、先生が呼んでますよ~?』


 アネットの言葉に、私は大きく頷いた。


 ノイズのように頭に入り込んでくる誰かの言葉。

 なぜか今日は多いそれらは、ここにいるだけで忘れられるから。その痛みから目を逸らせられるから。


 感傷のまま、私は手の平を見下ろした。

 右手に握られているのは「ここにいない誰か」へ向けた言葉が乗せられた紙飛行機。今から私たちはこれを空へと飛ばすことになる。


「アネットは誰に向けて書いたんですか?」


「んふー、内緒。カタリナお姉ちゃんは?」


「残念、私も内緒です」


【結局、何も分からないじゃんwww】

【隠された短冊 そこには互いに向けた秘めたる思いが書かれていてーー】

【勝手にシチュ変しないでもろて】


 お父さんたちの横、二人で忍び笑いを漏らす。


 ……全く、言えるわけないじゃないですか。

 画面の向こうの彼らリスナーたちに対する感謝が書かれてるなんて。



 やがて、終幕の時はやってきた。

 マハタ様の魔法によって生み出された竜巻に向け、村人たちが紙飛行機を飛ばしていく。


 数百もの思いを抱え込んで尚、轟音を立てて回り続ける風の渦。

 そんな光景に圧倒されていると、見覚えのある少女の珍しい表情を視界が捉えた。


「ちょっとごめんなさい。アネット、これ持っててください」


「え? ちょっとーー」


 アネットにタブレットを預け、少女の元へと駆け寄る。

 あの顔はきっと地球の彼らには見せたくないだろうと思って、普段と違う彼女を放っておけなかったから。


「ん、カタリナか。配信とやらはもうよいのか?」


「ええ。今はアネットに任せてあります」


 彼女ーーマハタ様は桜の木の下で所在なさげに佇んでいた。

 突然やってきた私に、マハタ様はそうかと頬を緩ませると、再び桜の木の方へと視線を向ける。


 血色の空に向かってどこまでも伸びる幹、ひらひらと落ちてくる花びら。

 あ、そうだ。ここは確かあの人の墓だ。



リリストアルトここでの生活はどうじゃった?」


「え?」


 まるでそれ・・自体が終わりかのような言い方に、思わず疑問符が漏れる。

 今のは聞き間違い、かな? それとも……?


「ふ、何でもない。

 年寄りの相手はもう十分じゃ。ほれ、あ奴らの元へ行ってやれ。きっと娘の帰りを待っているのじゃ」


 雰囲気を戻して、機嫌よくしっしと手を振るマハタ様。

 何だか誤魔化されたような気がしながらも、言いつけ通りにアネットたちの元に戻りーー



 その日の夜、私は全てを思い出したのだった。


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