第二十八話 祭りの前日
「それは向こう側に頼む」「了解ですゾウ」
常者たちの声が忙しなく行き交い、舞台やベンチなどの設営が着々と進められる大衆広場。その中央に悠々と鎮座し、枝葉を揺らして彼らの様子を見守っている満開間際の桜の木。
そんな爽やかな熱気を孕んだ朝の大衆広場を、私たちは家族四人で歩いていた。
「それじゃあ、私たちはここまでだから。
カタリナたちもちゃんと準備するのよ?」
「「はーい」」
少しだけ寂しそうな顔で、お母さんとお父さんがマハタ様たち執行役員の元へ合流する。彼らの中にはタニア達の両親とシルビオの両親の姿もある。明日の祭りに向け、彼ら大人組と私たち子ども組は別々に準備する手筈になっていた。
「よ、今日はよろしくな。カタリナ、アネット」
「はい、よろしくです」
「むー」
奥の方で待っていたシルビオを見て、頬を膨らませるアネット。どうやらまだ警戒心はぬぐい切れていなかったらしい。
将来的に「お姉さまに近づく人間は絶対殺すマン」化しそうで、お姉ちゃん心配です。でもアネットの歳ならこれくらいが普通な気もするし……うーん、子供って難しい。
「今日は配信してないんだな。
このところ毎日やってたのに、珍しい」
「ええ。リスナーのみんなには前知識なしで楽しんでほしいですし……それに配信に気を取られていたせいで重大な欠陥を見過ごした、とかがあったら罪悪感で夜も眠れませんからね」
花見当日は地球との境が曖昧になるゆえ、流入してくる穢れも増える。そのため、祭りの期間中は村の中心を囲うように特別製の結界が張られるのだ。
私たち子ども組の仕事はその結界の点検。村人の命を守る大切な仕事だ。
……まあとはいっても、それで欠陥が見つかったこともないし、数百年前の歴史の中で今まで一度も破られてないらしいから、ほぼほぼ杞憂に過ぎないんだけどね。
ってか、何か今のフラグっぽくなかった?
やばい、もしかして私のせいで当日重いしなかったミスが起こったりする?
脳内でそんなパニックに襲われている中、三人を謎の沈黙が包んだ。
見れば二人とも妙に神妙な面持ちで私の方を見つめている。
「な、なんですか?
私、そんなおかしなこといいましたっけ?」
「ううん、何でもないよ~。
残念なだけじゃないのがお姉ちゃんの良いところだもんね」
頬を上気させて、私の手を強く握ってくるアネット。
うう、それは普段は残念だぜって言ってるようなもんだよなあ。
うそっ? 私の信頼度、低すぎっ!?
「……アネットって意外とカタリナに辛辣だよな。
てっきりサーニャみたくカタリナのイエスマンになると思ってたぜ」
「違うよシルビオ。これは愛の鞭、なんだよ。
ほら、ここでわたしが色々と世話を焼いておけば、お姉ちゃんの心に私を強く刻み付けられるでしょ?」
「そ、そうか」
アネットのやべー理論に、シルビオはぎこちなく頷いてそのまま黙ってしまう。
ちょ、ちょっとっ!? まさかの逃げの一手?
おーい、そんな「まあそういう愛の形もあるよなあ」みたいに遠い目をしてないで、可愛い妹の闇を暴いた責任を取ってよ、お願いだからっ。
ど、どうすればいいんだろう? 聞かなかったことにするのが正解?
いや違う。見て見ぬふりはもうやめだ。ここは姉としてこのヤンデレチックな考え方を正してあげないといけないんだ。ちょっと愛情表現が不器用なだけなんだよ、きっと。
……そうだといいなあ(願望)。
「そ、そんなことしなくても私はアネットを忘れたりしないよ。
お姉ちゃんとしてはアネットには子供らしくもっと甘えてほしいなあ、なんて」
「えへへ。
ーーそれじゃあ今日の夜もいつものあれ、やってくれるよね?」
「アッ、はい」
そう言われては断るすべもない。
アネットのほの暗い瞳に魅入られ、つい頷いてしまう。
いつものあれーーつまりは布団の中でのスキンシップ(意味深)。間違えた、ただのくすぐりあいだ。
アネットは”いつもの”とか言ってるし、毎日ねだってくるんだけど、最初の日以来一度もやっていなかったりする。……だって何か視線がしっとりとしていて怖いんだもの。
でもとうとう、回り込まれてしまった。しかもアネットたちと同じ家で眠るこの日に。
……何となく嵌められたような気がするのは、勘違いなんだよね? そうだと言ってよ、アネットっ。
「も、もしかして今日俺たちは別の場所で寝た方がいいか?
マハタ様に言えばーー」
「変な気づかいはしないで大丈夫ですっ。
今日は一緒に、せめて隣の部屋で寝てくださいっ。私の為だと思ってお願いです、シルビオっ」
「お、おう」
「むふふ。ようやくお姉ちゃんと……」
必死に縋りつく私に、シルビオが何故か恥ずかしそうに顔を逸らし、アネットが不気味な笑みをこぼす。
右手には頼りない幼馴染。左手には姉の貞操(?)を狙ってくるやばい妹。
一体私、これからどうなっちゃうの~!? (絶望)
……はあ、頑張ろう、私。
「こうして、みんなで寝るのも結構久しぶりね。
あの百人一首大会の夜以来……ってあの時はアネットはいなかったら4人で寝るのは初めてかしら」
「ですね。まあでも安心してください。
お姉さまには決して触れさせませんから」
「そ、そう」
さて時も過ぎ去り、残り二人と合流して結界の点検を無事に済ませた私たちは、女子4人でマハタ様の家の一室で寝ころんでいた。
向きは横一列で、順番は左からタニア、サーニャ、私、アネット。
いつものごとく
私達稀人の家は村の中心からは結構離れていて、結界の中にない。それゆえ毎年花火前日はこうして子ども組で集まり、一緒に夜を過ごす通例だった。
因みにシルビオの野郎は隣の部屋でソロタイムの満喫中である。うう、私もそっちに混ぜてほしいくらいだよお。
「こほん。
明日は常者のみんなが色んな出し物を用意してくれてるんですよ。楽しみにしててくださいね、アネット」
「……うん、わかった。楽しみにしてる」
私の話題展開も通じず、蠱惑的に微笑むアネット。
何か妙に恍惚としてるし、明らかにそれは祭りに向けられたものではない。
こ、こうなったら
幸い二人ともストライクゾーンからは程遠いし、女子同士のスキンシップだと思えば何とかなる、はずっ。
「さ、さあそれじゃあいつものあれの時間ですねっ。
みなさん、準備は良いですか?」
「……そんなのあったかしら?」
「全く、また馬鹿なことを言っているんですか?」
疑問符を浮かべる二人の元へこっそりと近づく。
ガードも緩いし、狙うは近くのサーニャだ。彼女の脇に勢いよく両手をつっこみ、こしょこしょと動かす。
「ちょ、ちょっと、や、やめっーーあははっ。
こんの、馬鹿カターーふふっ、ああもうっ」
「あーっ、また浮気してるっ。
それじゃあこっちからっ」
「……それなら私はアネットね」
涙目を浮かべて抵抗するサーニャ。各々好き勝手にくすぐりはじまるタニアとアネット。
そのまま私たちは昔に戻ったかのように、お互いにくすぐりあったのだった。
次の日、目を覚まして凄惨な現場を確認したアネットは、半目でこんなことを言ってきた。
「カタリナお姉ちゃんはやっぱり変態さんだね」
「うぐっ。今度は否定できないっ」
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