第八話 この世界は好き?



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 【まえがき】

 2023/04/01 10:00 「第七話 【ゲーム配信】懐かしのアレをやります!②」にて本文の修正を行いました。

 詳しくは前話をご覧ください。

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「さ、夜も遅いし、あなたたちも早く寝なさい」


「はーい」


「おやすみなさいです、カタリナのお母様」


 ゲーム配信を終えた夜。私、サーニャ、タニアの三人は私の部屋で仲良く布団をくっつけて寝転がっていた。

 部屋の電気が消され、同時にお母さんの気配も消える。


 障子の隙間から漏れる風、ほのかな草の匂いが鼻を撫でる。

 耳が拾うのは草木が揺れる音と、かすかな生活音。


「……面白かったわね、百人一首」


 その静寂に耐えかねるように、あるいはさっきまでの余韻に浸るようにタニアがぽつりとそう言った。

 私も何だか今は話したい気分だ。


「ですね。リスナーの人たちも喜んでくれたみたいです」


「結果は納得いきませんでしたけどね。

 なんですか、ボーナス札って。最初に教えてくださいよ、全く」


 サーニャがふんと鼻を鳴らす。

 お姉さまに勝ちを譲れなかったのがよほど悔しいらしい。


「そう? 私は嬉しかったわよ。

 昔からサーニャは私に遠慮していたみたいだから」


「……気づいて、いたんですか?」


「当たり前じゃない。

 皆にサーニャに凄さを知ってもらいたかったのに勝負事とかで手を抜くわけにもいかなくて、結構困っていたのよ?」


「さ、流石はお姉さまです」


 思わぬ事実に、恥ずかしそうに言葉を切るサーニャ。

 ……なんでお姉さまと慕っているか、分かる気がするなあ。


「今頃、お父さんたちは晩酌でもしてるんですかね」


「そうでしょうね。

 勝負が決まった時のサーニャの顔は傑作だったなとか言ってますよ、きっと」


「二人とも凄く楽しそうだったわね」


 あの時は惜しかった、あの時の反応は面白かった。

 暗闇の中で、静かな語らいは続いていく。

 けれど永遠に続くと思われたそれも暫くすると途切れ、私たちは暖かな静寂に包まれた。

 

「……今日はありがとうございました。

 私の我儘に付き合ってくれて」


 不思議なもので、こんな時になって初めて本音が口からこぼれた。

 暗闇の中、サーニャが唇を尖らせるを何となく感じる。


「何ですか急に。私はただ自分にメリットがあるから出ただけです。

 カタリナのためなんかじゃありません」


「ふふ。相変わらず素直じゃないわね。

 そもそもここに来るのを一番楽しみにしていたのはサーニャだったじゃない」


「……へえ? その話詳しく聞かせてくださいよ、タニア」


「な、なんの話ですか? 

 お姉さまの勘違いじゃないですかね」


「あれえ? サーニャでもお姉さまを否定するようなこと言うんですね」


「ぐう。完全無欠のお姉さまにだって、間違えくらいありますよ……」


「くす、当たり前じゃない。それに今回はサーニャの負けね。

 さっきも真っ先にカタリナの横に陣取っていたし」


「わ、私がここを選んだのは、お姉さまを取られないためですっ」


 三人の真ん中にいたサーニャが(多分涙目で)もぞもぞと体を動かして、タニアに抱き着く。

 流石に揶揄いすぎだと思ったのか、タニアが彼女の頭をポンポンと撫でた。


 変わらないなあ、二人は。


「……ねえ、カタリナの馬鹿。

 まだ配信は続けるんですか?」


「? はい。とりあえず需要がある間はやめるつもりはありませんね。

 あ、二人にはまた出てくれると嬉しいです」


「そう、じゃ……なくて」


 言いにくそうに言葉を切って、そのまま黙ってしまうサーニャ。

 彼女の頭の上でタニアは悲しそうに眉を寄せる。


 も、もしかして本当は出演するの嫌だったとか?


 私も別に誰かを不幸にしてまで人気者になりたいわけじゃない。それなら教えてほしいと、二人に言おうとして――


「手、握ってください」


「え?」


「聞こえなかったんですか?

 手、ですよ手。それともこんな悪い子には触れたくもありませんか?」


「い、いえ。そんなことあるはずがありません」


 迷子の子供のような声音のサーニャに詰められ、投げ出された彼女の手を握る。


 サーニャの手はじんわりと汗がにじんでいてーー小さかった。

 その感触で不意に過去がよみがえる。それはここリリストアルトでの歴史、私たちがまだ小さかった頃の出来事。


「何だか子供の頃に戻ったみたいですね。

 ほら、こうして三人で手を繋いでお昼寝していましたよね」


「くすっ、懐かしい。そんなこともあったわね」


「……よく覚えていませんね」


 恥ずかしい過去なのか、不貞腐れた様子を見せるサーニャ。

 ただ彼女の手は私の掌の中から逃げようとしない。


 昔はここまでサーニャは攻撃的ではなかったのだ。

 きっかけは確か彼女が5歳の時、誰よりも早く成人になったからだったか。

 それから急に私に対して冷たい態度を取るようになって、今もまだ私たちの間には大きな溝が横たわっている。


 ……多分、サーニャはいつまで経っても成人になれない私に失望しているんだと思う。

 だからーー


「私も早く成人になって、あなたたちに追いつきます。

 それまでは私という天才がいないフィールドで、伸び伸びしていてくださいよ」


「……本当に成人になりたいんですか?

 その言葉、嘘じゃありませんか?」


「サーニャっ、流石にそれは」


「分かってます。でもっ……」


「大丈夫です、私を信じてくださいよ。

 それとも私、そんなに頼りありませんか?」


 否定的な態度が気になってそう聞くと、タニアはゆっくりと首を横に振った。

 どういうことだろう? 成人になるには凄い難関があるとか? 

 その時になったら分かるとか言われていて、どんな条件があるかとか詳しく知らないんだよね。


「ねえ、カタリナ。この世界は好き?」


「え?」


 唐突に、本当に唐突にタニアがそんなことを聞いてきた。


 私が転生した異世界、リリストアルト。

 地球から流れてきた流者だけで大地も生き物も全てのものが構成された、不思議な世界。不思議な生き物たちが暮らし、おかしな法則に支配された、まるで御伽噺のような場所。

 学校やゲームが無かったり、自分で植物を育てないといけなかったりと前世と比べて不便なことも多い。それでも私はーー


「ええ、好きです。お父さんもお母さんも、みんな大好きです。あ、勿論タニアとサーニャのことも。

 だから、その生活を守るために立派な防人になってみせますよ」


「約束、ですよ……?」


「ええ、約束です。

 安心してください。私、カタリナ・フロムは嘘をついたことは一度もありませんから」


「それはどうだったかしらね」


 くすくすとタニアが忍び笑いを零す。

 決意を示すように、わたしはサーニャの手をぎゅっと握りしめた。


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