04 サウナからの脱出

「ちょっ……ちょっと、待って。おっきすぎない?」


 元彼のものと違い過ぎる感覚に戸惑った私は、思わずそう口走ってしまった。しまったと思ったのは、芹沢くんの目が目に見えて不満そうに細まったから。


「そうやって誰かと比べるのって、本当に良くないと思うよ。まあ、俺が勝ってるのなら……いや、全然良くないわ」


 そして、芹沢くんはゆっくりと動き始めた。私の中に形を覚えさせるようにして、殊更にゆっくりと。意地悪してるんじゃないかと思うくらい、焦れったい。お腹の辺りにぽたぽたと落ちる汗の雫で、そういうゆっくりとした速度でも彼が気持ち良く感じていることを知った。


 私も自分では何もしてないとは言え、全身運動で身体中は汗でびしょぬれ。たまに彼の大きな手が身体をぬるっと滑るものだから、それすら快感に拾って大変だった。


「っ……ごめんっ……動くわ。我慢無理っ……」


 そして、芹沢くんは汗でぬるぬるの私の身体を両腕でなんとか固定しつつ、一気に激しく動き始めた。がくがくと揺さぶられて、あっという間に上り詰めた私を追うようにして、彼も果てたのを感じた。


「あーっ……気持ち良かった」


「……私も」


 気持ち良かったと言おうと思ったんだけど、出来なかった。唇を彼の唇で塞がれていた。軽く何回か確認するように押して、離れると芹沢くんの顔がすぐ間近だ。


 私はというと、完全に賢者タイムに突入していた。付き合う前にしちゃダメだって……あれほど、美穂ちゃんに口をすっぱくして言われていたのに。完全にやらかしたとは、自分でも理解していた。万が一の付き合えたかもしれない可能性も、肉欲に負けて自分で手放したということになる。


 完全に欲に負けた、自分が憎い。


「……ねえ。水無瀬さん水無瀬さん」


「何?」


 若干、ぶっきらぼうな可愛くない言い方になったのは、仕方ない。だって、こんな裸と裸で向き合って、私たちまだ付き合ってないのだ。始まる前から、おしまいです。


「水無瀬さん。また、俺と会ってくれますか。彼氏の席を予約したいです」


「え? けど……芹沢くん、好きじゃないと付き合わないって……」


 彼に組み敷かれたままの私は、いきなりの彼氏席予約希望の問い合わせに驚いていた。予約など入ったこともないがら空きなので喜んで、なんて食い気味に返すのも微妙だし。


「外見は、前から好みだなーと思ってたし。なんか……今は他に人が居ないし、こうして二人だけで話したらすごく良いなって思ったのと……あと、誰かを好きになるのに、時間とか要る?」


「要らない……けど、そういえば、私も入学式の時に一目惚れだったし……」


 などという現在とっても要らない情報を言ってしまった私に、芹沢くんは満足そうに微笑んだ。


「じゃあ、問題ない。あ。じゃあ、付き合い始めたってことで、お祝いセックスする? 俺、シャワー浴びてから、さっきのコンビニで買って来るから」


「やっ……やだ! もう、暑いー!!」


 もう一度あの行為を、この部屋でするとなると呼吸困難になりそう。今だって、全力疾走したみたいに心臓バクバクしてて死にそうなのに。


「ごめん。冗談だよ。というか、着替えて俺ん家行こうよ。ここだと、サウナの中に居るのとそう変わらないし。エアコン直るまで、おいでよ」


「良いの……?」


「うん。もちろん。俺。あのコンビニに居たことでわかってると思うけど、割と近くに住んでるから」


 やっと密着していた身体を離してくれた芹沢くんに続いて、私も上半身を起こした。


「……そっか。芹沢くんが住んでるの別の駅だって聞いていたから、私もコンビ二で会った時びっくりした」


「このTシャツって、元彼のとかじゃないよね?」


 私がさっきまで着ていた汗で濡れているバンドTシャツを持ち上げて、芹沢くんはそう言った。


「ううん。それ弟のだよ。柔らかくて肌触り良くて、要らないって言ってたから貰ったの」


 そこそこ生地が良いものらしいバンドTシャツは、何回も洗濯に掛けたへたり具合が、これまた良い味を出していた。


「じゃあ、俺が部屋着用に着やすい古いやつあげるから。これとは、違うの着て。あ。外出の時は短パン禁止にして良い?」


「良いけど……芹沢くんて、なんだか心配性なんだね」


「本当に……なんか、危機意識がなさ過ぎるけど……うん。まあ、今はそういうことにしとく」


 さっきまで私が着ていた服を眺めて憮然とした芹沢くんの言葉を聞きつつ、私はお風呂のお湯を溜めるためにスイッチを入れた。


 そして、もうすぐ朝と言える時間になった頃、私たちは熱帯夜の気温で自然のサウナと化した部屋をようやく出ることが出来た。

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