第29話 地下墓地の聖女
階段の先にあったのは、地下墓地とは名ばかりの迷宮だった。
つい先ほど降りてきたばかりの場所で抱いた印象は、間違いではなかったらしい。
「この曲がりくねった道のそれぞれの先で、魔法使いたちは眠っている」
いっそ怖いくらい静かな通路の中、その静寂に溶けるようにジロンドはひそやかに語った。
「魔法使いは、力が強ければ強いほど、死後も魔力が残る。体の機能は停止しているので新たに魔力が生産されることはないが、コップに入れておいた水が徐々に消えるように、残された魔力は少しずつ放出されていき、やがて無になる」
しかし、かつてはその残った魔力を悪用しようと墓を荒らした不届きものがいたらしく、そういった輩を排除するための工夫をしていくうちに、この迷宮ができあがった──らしい。
「ここには強い魔法がかかっている。不届きものを排除するのはもちろん、死者が安心できるよう、生前もっとも安心していた場所を投影するのだ」
「どういう、ことですか?」
「例えば、冬の湖に安心する魔法使いがいたとする。彼の
「……」
冬の湖に安心する魔法使い。
それは、ジロンドの師匠のことを言っているのだろうか。
(だって、
暖炉のある部屋も、森の中も。
もしかしたら、ジロンドと親しい魔法使いなのかもしれない。
彼は、不老だ。
きっとコルテが思う以上に、別れを経験しているはず。
チラリと見下ろしたジロンドは、どこか寒そうにしているように思えて。
コルテは胸に抱く彼をギュッと、抱きしめた。
「コルテ、疲れていないかい?」
「ええ、まだ大丈夫です」
ジロンドに案内されるまま、どれくらい歩いただろう。
似たような景色が続くと、徐々に感覚が鈍くなっていく。
薄暗い通路にクラクラとし、闇に吸い込まれそうな錯覚を抱く──と、その時だった。
「あらあら、お珍しい。ジロンド様ではありませんか」
もうどこをどう歩いてきたかもわからない。
長かったかもしれないし、そうでもなかったかもしれない時間を経て出会ったのは、一人の女性だった。
蝋燭のあかりに照らされた彼女は、色という色が抜けてしまったように真っ白だった。
白銀色の髪に、雪のように白い肌。伏せられた目の下に、白鳥の羽を思わせる豊かなまつ毛が影を落としている。
ほっそりとした手にほうきを持ち、彼女は迷宮の通路を掃除していた。
薄暗い中、明かりも点けずに。
ぼんやりとした視線に、コルテは気づく。
(ああ、彼女は……目が見えないのだわ)
決定的なのは、顔を向けている先だ。
彼女は明らかに、本来のジロンドの顔があるであろう位置に視線を向けている。
「あら、そちらの方は……」
見えなくとも気配でわかるのか、女性はコルテの方を向いた。
ゆったりとしたしぐさは洗練されていて、つい見とれてしまう。
ジロンドの隣には、こんな女性がふさわしい。
コルテにそう思わせるような何かを、何とは明確に言えないけれど、彼女は持っているように見えた。
何もしていないのに、居心地の悪さを感じる。
コルテはもじもじと、答えた。
「あ……はじめまして、コルテ・リナローズと申します」
「そう、コルテさんとおっしゃるの。わたくしの名前は、ミネルバ・マリエージュ。ここ……地下墓地を管理している聖女ですわ」
ほうきを持ちながらの礼でも、優雅さは損なわれない。
なんて綺麗な人なのだろう、とコルテは思った。
同時に、自分の至らなさ加減に嫌気が差す。
なんだか無性にかなしくなって、コルテは無意識に唇を噛み締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます