徳川家康物語

DECADE

第1話 誕生

 今川家臣で、三河国刈谷城主の水野忠政の娘である於丈は三河国形原城主で、形原松平家当主である松平家広と、於大は三河国岡崎城主で、松平宗家当主である松平広忠と姻戚関係を結んだ。

 松平家広、松平広忠はともに今川との同盟国ながら扱いは今川の家臣同様であった。

 いかに政略結婚といえど、於丈、於大ともに松平家広、松平広忠と仲睦まじい新婚生活を送っていた。

 だが、松平竹千代、後の徳川家康が生まれたばかり、松平家広との子も生まれたばかりのとき、於丈と於大に悲劇が訪れた。それは突然のことであった。

「父上がお亡くなりになった!?しかも兄上が家督を継いだら、今川から織田に寝返ったですって!?」

 於丈も於大も城の中で叫んだ。そして、於丈の元には松平家広が、於大の元には松平広忠が、今川義元からの書状を携えて訪れた。

「駿河国太守、今川兵部大輔義元様より申し上げる。今川に忠節を誓っていた水野忠政が死に、新たな当主はその子である水野信元となった。だが、その水野信元の寝返りにより、その妹である於丈と於大両名に松平家広、松平広忠両名との離縁を申し渡す」

 松平家広、松平広忠はそれぞれの前で口を揃えて言った。

 水野信元は於丈と於大に織田家と今川家の橋渡しをしてもらいたかったのだろう。水野信元にとっては、妹二人の離縁は想定外であった。

「何!?松平家広、松平広忠どもが於丈、於大たちと離縁じゃと!?絶対にその主君の今川義元が裏で糸を引いてやがる。くそ、あの今川義元め!微塵も疑わしい者は何が何でも取り払うのか!」

 水野信元は舌打ちをしたが、もう既にどうしようもなかった。

 「離縁とはいえ嫡男である松平竹千代は松平広忠のもとから引き離すこともできまい。於大には可哀想ではあるが、これが水野家が生き残るための道じゃと言って分かってもらうほかあるまい」

 於丈は松平家広との離縁後はどこに行ったのか、実家である水野家に帰っていたのかすらも水野信元も、水野家家臣も知らない。もしかしたら流浪の身とかしたのかもしれない。その妹である於大は水野家の本拠地である三河国刈谷城に帰ると、水野家臣である久松俊勝と再婚し、竹千代には着物や食べ物などを送り、竹千代の成長を遠くから見守ることとなった。

 その頃、三河国から駿河国の太守、今川義元の人質として出向こうとしていた松平竹千代。人質生活が長引くことになろうとは、このときは誰も、竹千代本人さえも予想だにしないことであった。

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