ISEKAI・FAMILY

夜ふかし

第1話 転生までのプロローグ

”夜のニュースをお伝えします。昨夜、大園市彼方町のコンビニエンスストアで店員を脅して、レジに入っていた現金およそ10万円を奪って逃げたコンビニ強盗事件が発生しました――――”


1日中つけっぱなしのテレビがニュースを垂れ流している。

誰かの声が部屋にあってほしいだけで、いつもは内容なんて入ってこないが、住んでいる彼方町、そしてコンビニ強盗というワードにスマホの画面を眺めていた俺の意識が反応した。


”――まだ逮捕には至っておらず、引き続き警察は警戒をしております。店内の防犯カメラの映像により、容疑者は右頬に傷が有り、右手の甲に蛇の入墨が入っているのが確認されたもようです――――”


「最近物騒だな。でも自分のとこじゃなくて良かったわ」


テレビに向かって一人言を発することが多くなった。

年を取ったせいかもしれない。


いつの間にか45歳になってしまった俺は週5日コンビニの夜勤バイトをしている。バイト代から生活費を引き、細々とした残りを趣味のアニメやゲームに費やす日々だ。だらだらと目標もなく生きてはいるがニートじゃないだけまだましなはず。

そう自分に言い聞かせている。


腹が減ったし晩飯を食うかと棚に常備してあるカップラーメンにお湯を注ぐ。3分の待ち時間の間に再度スマホに触れると黒い液晶にさっき開いていたメール画面が映し出された。


送信者:和田武

送信先:兄貴

件 名:ご無沙汰してます。武です。

本 文:今まで返事を返していなくてすみません。

    俺は元気にしてます。久しぶりに姉貴も一緒に3人で会ってくれませんか?


長い間、連絡を取っていない兄貴へのメールの下書き。

送るかどうか迷っている。


俺は結婚していないので家族といえるものは兄貴と姉貴しかいない。

両親は中学生の頃に交通事故で亡くなった。


その時は兄弟3人でこれから力を合わせて生きていこう、困った時は助け合っていこうと約束していたが、2人とはもう20年以上会っていない。


連絡を取らなくなる直前、兄貴は一流商社務めで美人な奥さんがいた。

姉貴は兄貴より早くに結婚し、すでに子供が2人いて幸せな家庭を築いていた。

一方、俺は就職に失敗し精神を病んでいた。


2人に会っても何もない自分が惨めな気分になるだけだ。

そう思って2人が心配して送ってくれていたメールを見ても返事を一切しなかった。

その後も何も上手くいかず、2人から連絡があっても無視をし、俺から連絡をするわけもなくそのまま疎遠になっていった。


だが、バイトが休みだった昨夜、小さな頃から大好きだった芸能人の訃報をネットニュースで見つけてしまった。「最期に後悔しないようにするには行動するしかない」当時のドラマで似合っていた医師役のその人が言った中でも一番心に残っていたセリフを思い出した。


後悔か、とふと今の年になった自分に問いかけてみたところ、さっきの兄と姉の事を考え出していたのだ。俺は後悔をしているのか?このまま後悔し続けるのか?行動はしていない。でも行動することはできる。


深夜のテンションも相まって、思い立ったように兄貴に送るメールを作成したのだが、20年以上の垢がこびりついているのか、なかなか送信ボタンを押すことができない。ずっと迷っていたのだが、最終的に指は無意識に消去ボタンを押していた。


急に送ると向こうにも迷惑だから。

なにかのタイミングに送る方が不自然じゃない。

自分が今送らない理由を後づけした。


メール画面が閉じられ、ホーム画面の時刻は20時33分を表示している。

カップラーメンを無心で貪った。


「はぁ、夜勤に向かうか」


21時前に店に着いて制服を着用し簡単な引き継ぎを行う。

昨夜、市内の他店で強盗が起こったので気をつけるようにとの指示だが、この店の夜勤の1人体制は変わらないらしい。まぁそんな続けて起こるものでもないだろうし俺も1人の方が気が楽でいい。


夜は人が少ないので、レジの会計をしながら品出し作業を同時並行で行っていく。

朝までこの繰返しだ。


1時間程経った頃、品出しの商品をバックヤードに取りに行こうとしたときに、ふとレジの方を見ると男がレジの前に立っていた。


全然気づかなかった。急いでレジにまわる。


「お待たせしました。いらっしゃいませ」


「ちっ!おっせぇな・・・18番!」


タバコは番号が振ってある後ろの棚に置いてあるので番号だけ言う客もいる。

その番号のタバコを棚から取り、手渡す。


くそっ、舌打ちしやがって。黙って待ってないで呼べっての!

しかもその手についてる蛇はシールか?だっせぇ。


気に入らない客には喧嘩も一緒に売っている。

もちろん心の中でだが。


お金を受け取りお釣りを渡す。


ん?よくみると右手のやつタトゥーかこれ。


「ありがとうございました」


さっきは慌ててレジについたので気づかなかったが、男の顔をみると右頬に絆創膏が貼ってある。


”容疑者は右頬に傷が有り、右手の甲に蛇の入墨が入っているのが確認されたもようです――――”


脳内再生されるニュース。


男がレジから離れ出口に向かう。

心臓がばくばくと脈打つのを感じる。


通報すべきか・・・?いや他人かもしれない。

それに、もし本人だった場合に逆恨みもされたくない。

何もしないからそのまま出てってくれ・・・


念じている内に男は店を出ていった。

遅れて心臓の鼓動を確かめるように左胸に右手を当てる。

小さく息を吐いた。


それからレジに立ったまま徐々に落ち着きを取り戻した頃、店に入ってきたのは中学生の兄弟だった。この店の上階に入っている塾の授業が22時に終わるのだろう。いつも22時過ぎにやって来て、何か買っては店の前で食べている。

聞こえてくる会話の内容で2人が中学生の兄弟だということもわかっていた。


何にしようかと相談している。2人が買う物を決めるのにいつも15分位かかる。さっきのことは忘れようとレジから離れ品出しを再開した。


また、入口の自動ドアが開いた。

商品棚の上から顔を出して入口の方を見る。


えっ!?さっきの男?


何かを探しているのか入ってくるなり素早く首を左右に振っている。


自動ドアが閉まる。

閉まると間髪空けずに再び開く。


「待て!もう逃げられないぞ!警察だ!!」


警察官の姿をした者が2人踏み込んでくるなり声をあげた。


「おい!何をしているやめろ!」


警察官に奪われた視線をその声の先に向けた。

さっきの男は兄弟の弟の方の首に左腕をまわし隠していたのか右手にナイフを握っている。


「そこを空けろ!こいつがどうなってもいいのか!!」


警察官達に入口を空けろと要求している。

兄の方は萎縮してしまい男の近くで立ち尽くしている。


「おい!とりあえずその子を離せ!応援を呼んだからすぐにくる!無駄な抵抗はするな!」


警察官が言い放つが男は弟を離そうとしない。


なんだこの状況はと思っていたその時、ふと兄の方と目が合ってしまった。

俺はすぐに下を向いて視線を外した。


しまった・・・

そんな助けを求めるような目で見ないでくれ!

俺には何もできない・・・


今俺がいる位置は商品棚に隠れており男の死角にはなっている。


数秒時間を置いて、再びゆっくり視線を上に戻すと、兄の方は視線を俺から外し男に向けていた。拳を強く握りしめている。


「・・・離せよ!」


そういって急に男に掴みかかった。

「邪魔すんな!」と男は軽々それを蹴り飛ばした。

兄は倒れこんでなんとか立ち上がるが身体が震えており泣き出しそうだ。


無謀すぎる!

弟を助けたい気持ちはわかるが、警察官なんとかしろよ!


警察官の方を向くが警察官も手を出せない状態である。


硬直状態が続いている。


兄の方が再びこっちを向いた。また目が合った。

目は涙で潤んで唇を噛んでいる。


・・・兄弟・・・か。


「くそっ!」


気づいたときには身体が動き出していた。

後ろから男に近づき左腕に掴みかかる。男が身体を左に向けたので、思い切り左腕に噛みついた。反射的に男が腕を解いたので弟を思いっきり兄の方へ両手で押し出す。


兄は弟を受け止めた。


「早く!早く外へ!逃げろ!」


俺には少しだけ男を止めておくのが限界だ。


「てめぇ!・・・何してくれてんだ!」


男が右腕を動かした。

弟と入れ替わった俺と男の距離は0に近い。


店の入口に目を向ける。


良かった。

どうやら兄弟は無事に保護されたようだ。


安心とともに左胸部が急激に熱を帯びてきた。

次いで、尋常じゃない痛みが襲ってくる。


「ぐぅぅう、くふぅ・・・・」

息をするのが、しんどい。


さっきの冷たい何かが身体に入ってくる感触。

持っていたナイフで刺されたのだろう。

刺されるってこんなに痛いものなのか。


俺が男の方にもたれかかる形になった。

男は俺を払いのけようとするが上手く払いのけることができない。

構えていた警察官達がその隙に飛びかかり男は確保された。


俺は血溜りが出来ている床に仰向けで寝転がった。


「大丈夫・・・です・・・か・・・」


かけられているだろう声が聞き取りにくい。

天井をみている視界もぼやけてきた。


不意に走馬燈のように小さな頃の記憶が蘇ってきた。


小さい頃は良かった。

何も差がなく、家族仲良く、毎日が楽しかった。


いつからだろう。寂しいと感じていたのは。

疎遠になったのは俺のせいだ。ずっとくだらない意地を張っていたからだ。

もっと早くに2人に謝っていればこんな人生も少しは変わってたのかな?

メールだけでも送っとけば良かった。


あぁ、やっぱり俺・・・後悔して・・・たんだ。


・・・・・・・。

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