噤みの錠が言うところ -解錠師見習いエルーゼの業務日誌-

椒央スミカ

第一章 解錠師シアラは眠りたい

育ての親、叔母を亡くした田舎娘エルーゼは、遺言に従って「解錠師」を訪ねる。

第001話 解錠師シアラは眠りたい(1)

「……えっと。シアラ・シュダスキー解錠院かいじょういん……ここだわ。このカフェの二階ね」


 開かなくなったドアや金庫を開ける専門職、解錠師かいじょうし……かぁ。

 やっぱり都会には、いろんなお仕事あるんだなぁ。

 わたしの村には、農業と畜産業と、あと林業と……。


「……っていうか、看板ちっさ!」


 ポストカードくらいの大きさだし、白地に黒の文字だけ。

 叔母さんが遺してくれた地図なかったら、絶対見落としてた!


 ──みしっ……みしっ……みしっ……。


 うう……。

 この階段、イヤな音するなぁ。

 踏み抜けそうなのも怖いけど、一段上がるごとに「痩せろ」って言われてるようで、すっごい耳ざわり……。

 叔母さん亡くした悲しみで、三キロ痩せましたよーだ!

 ……二キロ、リバウンドしたけれど。


 ──コンコン! コンコン!


「すみませーん。解錠を、お願いしたいんですけどー」


 院のドアにはネームプレートないし、呼び鈴もドアノッカーもないし……。

 木材ところどころ腐ってて、わたしの細い脚でも蹴破れそう。

 でもここに来るまで、もっと足細い子いっぱい見たなー。

 村じゃスタイルいいほうだって自信あったけど、世間知らずだったわ……。

 ……………………。

 ……っていうか、無反応。

 ドアの向こう、人の気配…………ないような?

 まさか……留守ぅ……お休みぃ?

 そんなぁ!

 片道五時間かけて、ここまで来たのにぃ……。

 かさばる荷物……遺品の箱もあるのにぃ……。


「すみませーん! シアラ・シュダスキーさーん! 箱の解錠をぉ、お願いしたいんですけどぉ!」


 ──ガチャガチャ……ギッ……。


 ……あっ、ドア鍵かかってない!

 鍵の専門家が、鍵もかけずに留守にするとは思えないし……中にいる?

 それとも、一階のカフェで一服中?

 いずれにせよ、出直すわけにもいかないし~。

 帰ってくるまで、中で待たせてもらおっと……。


「失礼しまーす……。入りますよー……」


 ──ガチャ……バタン。


 うわ……薄暗い。

 窓のカーテン、全部閉まってる……。

 ソファーに机に本棚……っぽいの見えるけど、どれもあれこれ積まれてて、なにがなにやら……。

 それに、カビっぽいにおい……。

 あとなんだろ……さびのにおい?

 さびのにおいって、血のにおいに似てるっていうけど……。

 後者も十分ありえそうなシチュエーションで……ちょっと怖い。


 ──チュッ! キキッ……!


「きゃあっ! ネズミっ!」


 丸々太った、ドス黒いネズミいたっ!

 わたしんちの周りにいる、ちっこい野ネズミと違って全然かわいくないっ!


「ううぅ……。このまま待つのは、さすがにちょっとぉ……。窓開けさせてもらおっと……」


「……ンああぁ?」


「えっ? なにっ?」


 ──もそもそっ……もそっ……。


 な……なにかソファーの上で……動いてるっ!

 茶色いソファーの上で……黒っぽい……大きななにかがっ!

 ……って、こっちに這ってくるぅ!


「……ンあ? 客……か?」


「キャアアアアーッ! 巨大ネズミーッ!」


「……だれが巨大ネズミだ。他人ひとさまの職場を、勝手にウロチョロしてるおまえがネズミだろうに……。ふあああぁ……」


 ……え、あれっ?

 にん……げん……?

 黒い毛布にくるまった……黒い髪の……男の……人?

 も、もしかして……。


「もしかして……。シアラ・シュダスキーさん……ですか?」


「もしかしなくても、シアラ・シュダスキーだ。表の看板、見なかったか?」


「み、見ましたよ……。小さくて見づらかったですけど……」


 ええええーっ!?

 シアラさんって……男の人ぉ!?

 名前の響きから、てっきり女の人だとぉ……。


「で……おまえは客か?」


「あ……はいっ! エルーゼ・ファールスと言いますっ! きょうは小箱の解錠を、依頼しにきましたっ! これですっ!」


 あー……よかった。

 これで叔母さんの遺言、果たせる~。

 シアラさんに、この小箱を開けてもらいなさい……って。

 そのときまで包み紙を開けるなって、遺言書に書かれてたから、どんな箱なのかはわたしも知らないけれ……ど……?


「…………!」


 ……うわ。

 シアラさん、めっちゃ睨みつけてきてる。

 ただでさえツリ目のキツい顔つきなのに……睨むと凶悪!

 こういうのって、先に料金の話……しといたほうがよかったかな?


「……なにをちまちま包装解いている。貸せっ!」


「あっ……!?」


 ──バリバリバリバリッ!


「ぎゃあ! それ叔母さんの遺品なんですよぉ! 乱暴に扱わないでくださいぃ!」


「……名前」


「はい?」


「名前、言え」


「えっと……。わたしは、エルーゼ・ファールスです」


「それはもう聞いた。叔母のほう。なにファールス?」


「……あっ。シアラさん、やっぱり叔母さんの知り合いなんですか?」


「質問に質問を返すな。おまえの叔母は、ジョゼット・ファールス……だな? 唇の下に赤っぽい目立つホクロがある、それと同じ髪色の女」


「は……はいっ! そのとおりですっ!」


「道理で、『つぐみの錠』が出てくるわけだ。ごていねいに、まじない漏れ防止の特殊な油紙に包んでまでしてな」


つぐみの……錠?」

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