第17話 エピローグ
ウルガ将軍との一騎討ちから一週間が経った。
俺はあの後すぐに気を失ったらしく、気が付けばベッドの上だった。
一日だけだったが高熱で魘されていたようで、エリシアも雷神の力を得た時は身体に力が馴染むまで高熱を出していた。おそらくだが、俺もそれと同じような目に遭っていたのだろう。
負った火傷は既に治っていた。都に運ばれた時は全身をかなり火傷していたようだが、ベッドに寝かされる時には既に再生が始まっていたらしい。
目が覚めて最初に目にした光景は、寝ているベッドの隣で船を漕ぐようにカックンカックンしていたララだった。ずっと俺の看病をしていてくれたらしい。
因みにエリシアもいたが、アイツは俺のタフさを知っているからか、ぐっすり寝ていた。
隣で寝ているララを見て、俺はこいつを守ることができたんだと自覚できた。
ララだけじゃなく、エルフの皆も守ることができた。
当初の予定とはだいぶ違うが、戦争を止めたという点を見れば成功と言って良いだろう。
それにしても、一週間足らずのこの旅は良くも悪くも充実していた。
最初は俺に戦争を止められるか不安だった。ララに真実を知られるのを怖がってもいた。ララに魔法を教えていく内にその気持ちは高まり、知られたくないとまで考えた。このまま知られず、少し仲の良い教師と生徒の関係を続けたいとも思った。
結局は記憶を覗かれるという形で知られたが、ララを守り続けるという贖罪で落ち着いた。 赦された、と言うわけじゃない。ララはあの時確かに俺に憎しみを持っていた。憎しみを消すことは難しい。きっと今でもララの胸の中では俺に対する憎しみがある筈だ。
俺にできることは、この指輪に誓った通りララを守り続けることだけだ。その上で、ララが俺の命をご所望なら、その時はそれを受け入れよう。
赦される、と言えばエリシアだ。アイツにもまだ色々と謝っていなかった気がする。
結局、魔族の軍を牽制する為だけに力を借りることになったが、最初はアイツと一緒に魔族の本国に乗り込んでウルガ将軍を討とうとしていた。討てなくても、穏健派の解放だけでもしようと考えていた。解放してからは、戦争を止めるまで穏健派を将軍の手から守ろうと思っていた。
実際には御覧の通り、本国に乗り込む前に将軍が行動に出てしまったからギリギリの手段を打つことになったのだが。
しかし、そのほうが良かったのかもしれない。敵地である本国で穏健派を守り続けるより、一騎討ちで方が付いたのなら楽なものだ。
我ながら上手くいったものだとは正直思う。あれで魔族が退かなければ、本当に戦争になっていた。俺とエリシアだけで戦って、エルフ族に被害が及ばないようにするにはかなり骨を折ったことだろう。
それにエリシアから気になることも聞いた。
アーサーがどんな顔をしていたとか……アレはいったいどう言う意味だったのだろうか。
アーサーとは光の勇者のことで、俺と一番仲が悪かった男だ。何かと意見が食い違ったり張り合ったりして、犬猿の仲と言って差し支えない間柄だ。
アイツと最後に顔を合わせたのは、俺が軍を辞めて去る少し前だったか……。
他の奴らも、元気にしているだろうか。エリシアに殴られたから、他の奴らに会っても殴られるのかもしれないな。
「それじゃ、今日はここまで。次の授業までにちゃんと雪妖精とイエティの違いについて復習しておくこと」
そんなことを頭の片隅に置きながら、教壇の上から生徒達に向けて言った。
俺は目を覚まして数日もしない内に教職に復帰している。ララも生徒として前と変わらず通っている。
俺はヴァルドール王からララを、聖女を勝手に連れ出した罪を追求された。だが戦争を止めたと言うのも事実であり、校長先生と王子の口添えもあって無罪放免となった。煽動した校長先生と王子も、一応の無罪が言い渡されて何も変わっていない。
ただ、チクチクと小言を言われ続けたのが唯一の罰だったかもしれない。
校長先生の調べによると、魔族の穏健派はウルガ将軍がいなくなったことで抑えが弱まり、自力で脱して無事に政権を動かしてくれている。
元々、ウルガ将軍配下以外は戦いに目を向けておらず、己の力を高めようとしている者達ばかりらしく、政権を取り戻すには苦労しなかったようだ。
ただ、ララが魔王の座に就くことが一番望ましいとは考えているようで、いつ何時にララを取り戻そうと画策する者が現れるか分からないときた。
まだ聖女であることは知られていないのが幸いだ。知られたら今度こそ躍起になって取り戻しに来るかもしれない。
聖女……その種を滅びから救う力を授かった者。
ララがいったいどんな力を授かっているのか今も分からない。だが聖女であることは間違いない。それに雷神の試練に挑まされた理由も、俺が雷神の力を授かった理由も未だ不明。
関係があるとすれば校長先生と王が口にした『予言』……それに聖女という因子が加わった何かだろう。
予言というのは当人が知れば成就しないと言われることもあるが、大事件に関わるのなら早く教えて貰いたいものだ。
教壇の上に広げている教材を片付けていると、教室のドアをノックする音が聞こえた。
「やっほー」
「エリシア……まだいたのか?」
底に立っていたのは何かのパイを食べているエリシアだった。
エリシアはあれから国に帰らず、ずっと寄宿舎で過ごしている。
本人曰く、久々の休暇代わりに都暮らしを堪能するとか言っているが、いつまでも此処にいたらモリソンが怒鳴り込んできそうだ。
「何よー? 良いじゃない別に。私だってエルフ族と魔族の戦争を止めた功労者でもあるんだから、もうちょっとのんびりさせてよ」
「お前は雷落としただけだろ」
「あー! そんなこと言うんだー? いったい何処のどいつが頼み込んできたんですかねぇ?」
「はいはい、俺が悪かった。ゆっくりしてっても良いが、モリソンが可哀想だろ?」
「偶には良いのよ。ね、それより此処って居心地良いわねー。食べ物も美味しいし、何でもタダだし」
「別にタダって訳じゃねぇよ。助け合いの掟だ。恵んで貰うだけじゃなくて恵むことを忘れるな」
「エルフ族の若い戦士を転がして鍛えてやってんだから大丈夫でしょ」
エリシアはアルフの都に滞在するにあたって、ヴァルドール王から一つの条件を出された。
勇者としての力量で戦士達を鍛えて欲しいと言われ、エリシアは毎日戦士達の屯所に行っては暴れ回っている。
王の間違いはただ一つ。エリシアが他人に手解きできるような器用さを持ち合わせていないことを見抜けなかったことだ。エリシアは基本的には脳筋だ。ぶっつけ本番、当たって砕けろ、実戦に勝る物なし精神でやって来てるのだから。
しかし不思議なことに、戦士達はどうしてかやる気を出して活き活きとエリシアにぶつかっている。たぶん、自分の力量を確かめるのにうってつけだとか思っているのだろう。
つまるところ、彼らのサンドバッグである。
そんなことに気付いていないのか、エリシアは頼られてると思って鼻を高くしている。
「それにしても、アンタが本当に教師なんてしてるとはねぇ……」
「自分でも似合わないと思うさ」
「良いんじゃない? 他の皆が見たらどう思うかは知らないけど」
「……アイツら、元気にしてるのか?」
ふと、ちょうど気になっていた彼らのことを聞いてみた。
エリシアなら、定期的に連絡ぐらい取り合っているだろうと思ったからだ。
「さぁ? シオンなら元気にしてるようだけど、他は知らないわよ」
「……連絡取ってないのか?」
「だってぇー、毎日忙しいしぃー。それに年に数回ある勇者会議にだって全員が揃うことあんま無いし」
「何だよ勇者会議って……」
「それぞれの国の動向を報告し合うような奴よ。そうでもしないと態々顔を合わせないわよ」
嘆かわしいな。昔は八人揃って親父のしごきに耐えてたり、地獄の試練を乗り越えたりした仲だったと言うのに。お兄ちゃんは悲しいよ。
エリシアは手に付いたパイのカスをはたき落とし、生徒達が座る席に腰を下ろした。
ああ、こらこら、足を上げるんじゃない。
「ねぇ……アンタ、ずっと此処で暮らすの?」
「何だよいきなり?」
「いきなりじゃないわよ。あのガキんちょのお守りをずっとしてくつもりなの?」
「……ああ。親父が守ろうとした子だし、俺もララを守りたいと思ってる」
「…………す、好きなの?」
「は?」
エリシアが変なことを言い出した。
こいつは何を言っているんだろうか。俺がララを好きだって? おいおい、冗談は脳筋だけにしてくれ。
確かにララは好ましい子ではあるが、それは決して恋愛感情なんかではない。親父の娘だし、良くて義理の妹ってところだ。向こうにしたって、少し特別な事情を抱えた教師って目で見てるだろ。それに俺の好みはアイリーン先生のように魅力的な女性だ。子供に興味は無い。
「だ、だって随分と仲が良いじゃない! それにい、い、一緒に住んでるし……!」
「仲が良いように見えるのは嬉しいが、そんなことは考えたこともない。それに一緒っつったって、同じ寄宿舎ってだけだろうが」
「……じゃあ、何で私達の所に帰って来ないのよ?」
エリシアは打って変わって顔に暗い陰を落とした。
まるで捨てられた子犬のよう、とは言い過ぎかもしれないが、とても寂しがっているように思えた。
「……人族の王達は俺を追い出した。あの大陸に、俺の居場所は無い」
「……ごめん。私達があの時王を殴ってでも止めてたら――」
「それを止めたのは俺だ。出て行く選択をしたのも俺だ。お前達に悔しい思いをさせたのは悪かった。出て行く時にも殴られたが、遺跡でお前に殴られた時、その悔しさがどれほど大きかったか痛いほど分かった。というかホントに痛かった」
殴られた鼻を抑えて戯けてみるも、エリシアは浮かない顔のままだ。
俺が軍を去る時、最後まで俺を引き止めてくれたのはエリシアだ。他の皆も何とかしようとしてくれたが、結局俺は勝手に一人で決めて出て言った。
あの時はそれが一番だと思っていたし、親父を殺した俺がエリシア達の前にいるのも何だか辛かったという理由もある。
臆病者、とエリシアが怒るのも無理はない。
「……ま、取り敢えずは分かったわ。アンタが此処にいるってのが分かっただけでも良しとするわよ」
「悪いな。これからは、偶には俺からも顔を出すようにするさ」
「そん時はお土産沢山持ってきなさいよ。食べ物とお酒が良いわ」
「食いしん坊め」
「さて、と」
エリシアは意気揚々と席から立ち上がり、うーんと伸びをした。
「じゃ、私帰るわ」
「……唐突だな。今から出たんじゃ、野宿することになるぞ?」
「私を誰だと思ってるのよ? 雷の勇者よ。あの時はアンタ達がいたからできなかったけど、私一人なら飛べるわよ」
「ああ、そうだったな」
エリシアは教室の窓を開けて桟に足を掛けた。
外に飛び出す前に此方に振り向き、笑顔を浮かべた。
「それじゃ、またね――ルドガー兄さん」
「っ――ああ、またな」
エリシアは手を振ると窓から飛び出し、雷となって空の彼方へと消えていった。
流石は雷の勇者。俺も雷神の力を得たってことは、同じことができるのだろうか。
ちょっと試してみたい気持ちを抑え、窓を閉めて教材を手に教室から出た。
学校の私室に戻ると、そこには何故かララが居座っていた。
ララは本を読みながら杖を振って魔法の練習をしていた。杖を振るうと小さな光の精霊が現れ、ピョンピョンとララの周りを駆けては消えていく。
「凄いな、精霊魔法も無詠唱でできるのか?」
「あ、センセ。いや、精霊の欠片を呼び出せるだけで、それ以上のことはできない」
「それでも凄いことだ。俺なんかこの大陸の魔石を触媒にしなきゃ精霊を喚べないんだから」
「なら、私のほうが精霊魔法については優秀だな」
「言ってろ」
教材をしまい、棚から隠しておいたクッキーを取り出してテーブルに置く。
ララに食べても良いぞと伝え、ハーブティーを淹れてやる。
クッキーをモソモソと食べるララの胸元に、リィンウェルでプレゼントしたアネモネのブローチが付けられているのを見付ける。
「それ、付けてくれてるのか?」
「……ああ。センセからのプレゼントだからな」
「それは嬉しいねぇ。でもそれを付けてちゃ、男共が警戒して近寄ってこないだろ?」
「どうでも良いことだ。ガキには興味無い」
「ガキが何言ってんだ」
「それを言うなら、センセはどうなんだ? 聞いたぞ、アイリーン先生から御守り貰ってたんだってな?」
思わず胸元の宝石に手をやる。
別に特別な意味は無いが、何だか指摘されてしまうと気恥ずかしいく感じた。
アイリーン先生は確かに賢くて献身的で美しくて魅力的な女性ではあるが、俺にそう言った考えは無い。あくまでも同僚、仲の良い女エルフって所だ。
「やっぱり好きなのか?」
「……どうしてお前もエリシアもそんな変なことを考える?」
「別に変じゃないだろう?」
「変だ」
「変か」
「ったく……」
どうしてかざわついた心を静める為に、自分で淹れたハーブティーに口を付ける。
やはりこの土地で採れるハーブで淹れた茶は上手い。
「――私はセンセのこと好きだぞ?」
「ぶぅー!?」
勢い良く口からハーブティーを吹き出す俺。
器官に入って咽せている俺を、ララはケラケラと見て笑う。
まるでその笑いは魔女のように妖しいものだった。
「お前なー!?」
「勿論、人としてな」
「~~~っ、分かってるよ!」
何を動揺してるんだか。子供の戯れ言に心を乱されるなんて、随分と気が抜けたものだよ。
だがまぁ……悪くない。
こうやって冗談を言いながらティータイムを過ごせると言うのは、この上なく幸福というものだ。
「明日は約束してた王子との海釣りだ。センセ、寝坊するなよ?」
「分かってるよ」
それが親父の娘相手だったら尚のこと。
俺とララの付き合いはまだまだ始まったばかりだ。
これからこの先、色々なことが起きるだろう。
聖女、予言、勇者の試練、きっと大きな困難が俺達に立ち塞がる。
それならば俺はララを守る勇者として、この剣を振るう。
それまではこうして、幸せな一時を過ごそう――。
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