第16話 決戦
俺達がアルフの都に戻って半日以上が経過した。
日は傾き始め、もうすぐすれば夕暮れの時間になる。
魔族の船団が肉眼で完全に捉えられる距離まで迫り、北の港は緊張感で支配されていた。
もし攻撃が始まれば真っ先に被害を受けるのはこの港である。北の港には魔族を警戒する為に多くの戦士と物資が配置されているが、それだけでは眼前に広がる船団を食い止めきれない。ものの数時間で魔族の旗が立てたれることになるだろう。
戦士達はいつ戦いが起きても良いように準備を整え、覚悟を済ませている。
俺とララとエリシアは港に入ると早速一隻の船を借りて船団に向かって進めた。
この船には俺達三人しかいない。戦士達は港で待たせ、万が一の為に備えさせた。
船の先頭に俺とララが立ち、向こう側からこの船に乗っているのが見えるようにする。
「さて……踏ん張り時だぞ。お前はいつものように不敵に構えてろ」
「センセ、それじゃ私がいつも偉そうにしているみたいじゃないか」
「それもまたお前の魅力だ」
「ふむ……なら良い」
「――来たぞ」
魔族の船団から一隻の船が前に出て来た。その船には三つ叉の角を生やした兜と鎧を身に纏った巨漢が立っている。その手には巨大な戦斧が握られている。
ウルガ将軍だ。まだ距離があるのに、此処まで大きなプレッシャーを感じる。
ウルガ将軍が乗った船は俺達の船の目の前で停止した。
「何時ぞやの男ではないか。大人しく姫を引き渡す気になったか?」
「再会して開口一番がそれか。余程、ララが欲しいようだな?」
「当然。その御方は次の魔王になるべき存在。我が魔族を救済するには、ララ姫が必要なのだ」
ウルガ将軍は鉄仮面の顔をララに向けた。兜の隙間から覗く赤い瞳が妖しく光り輝く。
ララは将軍の目を見て、ゴクリと息を呑む。だが後ろに下がることはなく、俺の隣に立って将軍を睨み返す。
「……どうやら引き渡しに来たのではないようだ。ならば、何用か?」
――来た。此処が正念場だ。
「お前と一騎討ちの申し出に来た! 俺が負けたら、ララを引き渡す!」
「何……?」
ウルガ将軍は俺の真意を見抜こうと俺を睨む。
さぁ悩め、考えろ。魔族の戦力事情は分かっている。この戦いに導入したこの戦力こそが最後の力だろう。可能な限りの被害を抑えたいはず。俺に勝てば魔族は今の力を完全に残したまま魔王の力を得ることができる。
それに将軍の座に就く男だ。一騎討ちを挑まれて拒むような真似はしない筈だ。
「……何故、私がその申し出を受けるのだ? 今此処で一斉に襲い掛かれば、姫を取り返すことができるぞ?」
「そうなれば俺だけじゃない――雷の勇者も相手になるぞ」
俺は指を鳴らし、魔法で音を大きく響かせる。
すると晴天だった空は一気に曇天の空へと変わり、雷雲が渦巻く。
そして紫の雷が轟々と鳴り響いて海に落ちていく。俺達の船の後ろを雷のカーテンが落ち、神の雷がこの場を支配する。
エリシアが船から力を使い、雷を落としている。そうすることでエリシアの力を示し、一騎討ちを受けなければこの力が相手になると脅しをかけているのだ。
魔族達にとって勇者の力は苦々しい思い出だろう。魔王を打ち破った者達の力なのだから、その力の脅威を一番知っているのは彼らだ。勇者一人で一騎当千の実力を有する彼らを一人でも相手にすれば、負けることは無かったとしても甚大な被害を受けるのは確かだ。
ウルガ将軍もそこは弁えているようで、先程までの威勢も形を潜めて息を呑んだ声が漏れた。
「何故、エルフ族の大陸に人族の勇者がいるのだ? 同盟を結んでいるのは知っているが、救援としては早過ぎる」
「それはアンタに関係無いことだ。今大事なのは俺と一騎討ちをするか、俺と雷の勇者を相手に派手に立ち回るかだ」
「……」
別にエリシアがエルフ族との同盟族として来ていると言っても良いが、もしそれが人族の王達の耳に入りでもしたら、それを皮切りにエルフ族に色々と要求してくるだろう。だから大々的に言えないし、ヴァルドール王にもあくまでも俺の友人として力を借りていることにしている。
だが魔族にとってそれはどうでも良いこと。大事なのは戦う相手に勇者がいること。勇者という切り札を盾に、如何に一騎討ちが魔族にとって都合の良いことかを考えさせる。勇者の力を警戒し、一騎討ちでこの戦いに終止符を打てるのなら、例え負けても魔族には再建のチャンスが残る。勝てば尚のこと、魔族の力は確固たるものになる。
「――良かろう。その申し出、受けて立とう」
「――上等だ」
ウルガ将軍は俺の思惑通り一騎討ちを受けた。
これで勝負の場は整った。後は死力を尽くしてウルガ将軍に黒星を叩き付けてやるだけだ。
「決闘の場所は、私が作ろう」
ウルガ将軍はそう言うと、戦斧頭上に掲げて魔力を練り上げた。離れていても肌がジリジリと、焼けるような感覚を味わわされる強大な魔力に目を見張る。
いったい何をするつもりだのだろうか。何があってもララを守れるように手を握り、後方にいるエリシアに気を付けるように警告する。
「フンッ!」
ウルガ将軍が魔法を発動すると、大きな揺れが起こり、海面の一部が渦巻く。そしてその渦の中から地面が現れた。ウルガ将軍は海底を隆起させ、即席の決闘場を作り出したのか。
何と言う魔力だ。しかも呪文無しで大地を動かしやがった。
成る程、将軍に相応しい力を持っているようだ。一騎討ちを受けたのも、勝てる自信があるからだろう。
作り上げた決闘場に船から飛び移った将軍は、戦斧の柄頭を地面に叩き付けて此方に来いと言う。
「センセ……」
「……行ってくる」
「……信じてるぞ」
エリシアにララを任せ、俺も決闘場に飛び移る。
此処は既に奴のステージだ。此処にどんな仕掛けが仕込まれているのか分からない。相手が作った戦場に飛び込むということは、これから先どんなことをされても文句は言えない。
ウルガ将軍の前で立ち止まり、背中のナハトを抜き放つ。
「一つ、決闘のルールを決めよう」
将軍がそんなことを言い出した。
「良いだろう。何だ?」
「勝敗は、どちらかの命が尽きるまで。負けを認めることは即ち、死を意味する」
「――良いだろう」
将軍の目が光った。
直後、それが合図だったのか将軍の戦斧がいきなり振るわれた。ナハトで一撃を受け止めるも、将軍の怪力によって吹き飛ばされる。飛ばされた先で岩に背中を打ち付け、全身にキツいダメージが入る。
「どうしたァ? 強がりは口だけか?」
「野郎……!」
先手は取られたが、この程度ではやられはしない。
ナハトを片手で握り締め、今度は此方から攻撃を仕掛ける。大剣によるラッシュを打ち込み、将軍はそれを戦斧できっちりと受けて弾いていく。図体に似合わず切れの良い動きで戦斧を振り回し、俺の攻撃を的確に防いでいく。
パワーでゴリ押ししてくるタイプかと思ったが、どうやらそんな脳筋ではなかったらしい。
どんなに素早く振るおうとも、フェイントを入れて惑わそうとも、ナハトを弾き返してカウンターを入れてくる。
「ぞらぁ!」
「甘いわァ!」
上段から振り下ろしたナハトを横に弾かれ、将軍の拳が俺の腹に捻じ込まれる。
ただの拳じゃない。魔力を込められた技だ。
「ぬぇい!」
「ごばァ!?」
俺の体内をウルガ将軍の魔力が駆け巡り、内部から身体を壊そうとしてくる。
普通の身体なら、この一撃で何もかも吹き飛んでいただろう。そうならなかったのは俺の身体が魔族の肉体を持っていたからだろう。
だが危なかった。咄嗟に体内で魔力を防御に回さなければ、吹き飛ばなくても内臓を潰されていたかもしれない。
「ほう? 耐えるか!」
「この程度!」
「ぬう!?」
俺の腹に抉り混んでいる拳を左手で掴み、将軍に胴体に膝蹴りを撃ち込む。将軍がやったように、膝から俺の魔力を衝撃波として撃ち込んでやる。
鎧を通って駆け巡る衝撃波に将軍は怯み、その隙にナハトで将軍の頭を叩く。兜で切れなかったが、打撃としてダメージは与えられたはずだ。
将軍はユラユラとしながら俺から離れ、俺はナハトで追撃に出る。
「面白い!」
将軍も戦斧を巧みに振るい、俺のナハトと打ち合う。互いに魔力で刃を強化し、刃が交差し合う度に火花が迸る。剣戟の音が奏でられ、空気が大きく震動する。
もう何度刃を交えたか、気付けば刃を交えた余波で辺りの地面が砕け始めている。
「ぜぇぇい!」
「ぬぇぇい!」
互いの頭を叩き割ろうとした刃がぶつかり、衝撃が辺りに走る。
ガチガチと音を立てながら競り合い、俺と将軍は睨み合う。
「貴様! やはり人族ではないな! だが魔族でもない! 半魔か!」
「ご名答! 半人前の魔族に手加減でもしてくれんのか!?」
「笑止! 半魔という理由だけで下に見るは、ララ姫を侮辱すると同義よ!」
俺達は互いに刃を弾き、後ろに下がって距離を取る。
これまでの打ち合いで、ある程度の互いの力を測ることができた。俺もだが、まだ将軍は本気の力を出していない。今までのはただ魔力を乗せた刃を叩き合っていただけ。
おそらく、此処から戦いは次のステージに以降する筈だ。
ウルガ将軍は戦斧をグルグルと回し、一度地面に柄頭を突いて構えを解く。
「まだ名乗っていなかったな。魔王軍が四天王の一人、煉獄のウルガ。貴公の名は?」
「――ルドガー・ライオット」
「――ほぅ? 貴公があのグリムロックとは! 成る程、どうりで強いはずだ……!」
どうやら俺の異名はちゃんと轟いているようだ。
あまり轟いてほしいわけじゃないが。
俺の名を聞いて目の前に立っているのが魔王を殺した相手だと分かったのか、先程よりも更に強大な魔力を将軍は練り上げる。その魔力はまるでマグマのように赤くなり、気のせいか熱気を感じさせる。
「一騎討ちを申し出たのも己が力を理解していたが故か……! 面白い! 魔王様を倒したその力、我が煉獄の力とどちらが強いか! 今試してやろう!」
「――ッ!」
ウルガ将軍は戦斧を両手で持ち上げ、地面に力強く叩き付ける。
すると地面に亀裂が入り、俺の足下まで伸びる。その亀裂から強大な魔力を感じ、すぐに後ろへと大きく跳び退く。
「地を駆けよ! 我が炎!」
亀裂から灼熱の炎が噴き出し、地面を赤く燃やした。
まるで噴火に近い。噴き出す前に離れたはずなのに、魔力でコーティングされている鎧が熱で赤くなっている。火傷する前に熱を打ち消したが、まともに食らえば丸焼きどころではない。熔けて骨も残らないかもしれない。
「続けて行くぞォ!」
その声と同時に戦斧が下から上へと振り上げられ、炎が地面を走って迫ってくる。
これはナハトや鎧で防ぐのは避けたほうが良い。
そう考えた俺は魔法で決闘場外の海水を操り、水の壁を前に作った。
だが海水は炎を消すどころか、逆に蒸発して炎を通してしまう。
「ええい!」
地面を転がって炎を避けるが、直撃していないのに火傷しそうになる。
ナハトに魔力を喰わせ、迫り来る炎を斬り払う。熱風が頬を炙り、唇が乾燥して切れる。
何て熱さだ。火の勇者ばりの力を操ってるんじゃないだろうな。
だがナハトで斬れることは分かった。多少の火傷は覚悟の上で挑むしかない。
「ッ――!?」
ナハトを正面で構えた直後だった。
将軍は既に次の攻撃に移っており、戦斧を正面で高速で回転させて炎の渦を生み出して放っていた。
「炎竜破ッ!」
「ナハトッ!!」
俺の叫びにナハトが呼応し、炎の渦に対抗できる魔力を剣身に流して盾となる。
炎の渦を両断して直撃を免れたが、両脇から襲い掛かる熱気に体力を奪われていく。
このまま防戦一方になってしまえば将軍の思う壺だ。此処から攻戦に転じないと炎で炙り殺しにされる。
炎を斬り払い、全力で地面を踏み込んで将軍に突撃する。ハナトを突き出し、一つの槍となって心臓を狙う。
「遅いわ!」
しかしナハトは戦斧に受け止められ、横へとずらされる。反撃される前にナハトを振り戻し、戦斧とぶつけ合う。そのまま力任せに将軍を後ろに押し返し、再びナハトの連撃を叩き込む。
将軍も戦斧を両手で握って振り回し、大剣と戦斧が火花を散らす。
「炎竜爪ォ!」
戦斧に灼熱の炎が纏い付き、そのままナハトを焼き斬ろうとしてくる。
だが俺の魔力を喰らい続けてるナハトはその程度じゃ焼き切れない。此方もナハトに魔力を纏わせ、漆黒の刃と紅蓮の刃が交差する。
「ぬぇぇぇぇい!」
「ぐっ!?」
戦斧の切り上げにナハトが大きく上に弾かれ、一瞬の隙を見せてしまう。
その隙を突いて、将軍は戦斧を地面と水平に構え、刃を俺に向けたまま炎を纏った突進を繰り出してきた。ナハトで防御できず、そのまま鎧で受け止めてしまう。
鎧の魔力を突き通って襲い来る激しい熱さによる痛みに顔を歪め、そのまま後ろに押されて岩に叩き付けられる。
「ぐはっ――!?」
「このまま斬り裂いてくれる!」
将軍が戦斧で俺を斬り裂こうとする。
「させるかァ!」
ナハトと左手で戦斧を押し止め、手がガントレットごと焼かれようとも力を緩めず、その状態のまま魔法を発動する。
地属性の魔法で将軍の足下から岩の槍を突き上げ、そのまま将軍を上空へと持ち上げる。
次に水属性の魔法で海水を操り、決闘場を囲む海が荒れ始める。
「この私に水など効かぬぞ!」
「我、水竜の牙をもって敵を屠り去る者なり――出やがれ、レヴィアタン!」
「何!?」
膨大な量の海水を操り、海の怪物を創り出す。
これには下級や中級は存在しない、俺のオリジナル魔法。威力は最上級並みで、消費する魔力も相応なものだ。
一つ首の竜の姿をした水竜が咆哮を上げ、上空で水に押し止められている将軍へと口を開けて迫る。
「喰らいやがれぇ!」
水竜は将軍を丸呑みし、そして将軍が纏っていた炎の熱によって水蒸気爆発を起こした。
この爆発の衝撃で少しでもダメージが入っていれば良いが、果たしてどうだろうか。
水蒸気で上空が埋め尽くされ、海水が熱湯となって降り注ぐ。
「――ちっ!」
水蒸気の向こう側に見える赤い光を見て、将軍は健在だと確信した。
そして水蒸気が一瞬で消え、炎の戦斧を携えた将軍が現れる。
「面白いぞ、グリムロック……! 我が鎧が砕けるかと肝を冷やしたぞ!」
地面に落ちてきた将軍の鎧には罅が入っているだけだった。三つ叉の角にも罅が入っているが、砕くまでまだ掛かりそうだ。
「今度は此方の魔法を見せる番だ――一撃で消えてくれるな」
ウルガ将軍の魔力が更に跳ね上がった。黒い鎧は赤く染まり、背中に炎の日輪が生まれる。
「我が名の下にその姿を現し、
」
ウルガ将軍から噴き出す炎が集束していき、将軍の背後に上半身だけだが炎の巨人が生まれた。将軍と同じ三つ叉の角を生やし、右手には炎の戦斧が握られている。
水で濡れた髪や鎧が一瞬で乾き、地面すらも焼ける熱量を持つ巨人に、俺は戦慄した。
あんな強大な炎を御せる者が、火の勇者以外にいるとは思いもしなかった。
火の勇者の力に比べたらまだ格下の炎だが、それでも今まで戦って来た魔族の中では、魔王を除いて一番強大だ。
「これはまだ未完成だが、貴公を葬るには充分よ!」
「生憎様……そんな蝋燭の火なんかよりもえげつない炎を俺は見てきたんでな!」
「ならば防いで見せよ! スルト! 薙ぎ払えぇい!」
『ルァァァァァァアッ!!』
将軍の動きに合わせて巨人が右腕を振り上げる。炎の戦斧に魔力が集まり、空を赤く染める。
強がって見せたものの、正直に言ってあのレベルの攻撃を無傷で防ぐ自信は無い。あの大きさでは避けるも何もあったもんじゃない。
ありったけの魔力をナハトに喰わせ、文字通り決死の刃で巨人を斬り裂くしかない。
それにあの程度の魔法、魔王の一撃と比べたら屁でもねぇ。
「灰燼と化せ!」
「来ォォォォォォォい!!」
振り下ろされた巨大な炎の戦斧を、両手で支えたナハトで受け止める。
強烈な衝撃と爆煙に呑み込まれながらも、巨人の一撃に耐えてみせる。
ジュウゥ――と、ナハトが焼ける音が聞こえ、俺自身も戦斧の熱量で焼かれ始めている。
「ぬぅぅぅえぇぇぇい!!」
将軍が更に力を込めると、ナハトにのし掛かっている炎の戦斧に力が加わる。
「ジィィリャァァァアアッ!!」
気合いと共に炎の戦斧を受け止め続けるが、俺の魔力が底を突きかけてしまう。
このままでは戦斧に焼き消されてしまう。
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!
耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!
此処で俺が負ければララは連れて行かれる!
ララが望まない魔王になってしまう!
そうなったらララだけじゃない!
フレイが、校長先生が、アイリーン先生が、子供達が地獄を見ることになる!
やっと世界が平和の道を歩もうとしているのに、此処で俺が負けたらまたエリシア達も戦いに身を投じることになる!
そんなのは嫌だ! 絶対に嫌だ! もう二度とあんな思いをアイツらにさせたくない!
「アアアアアアアアアアッ!!」
「キェェェェェェイ!!」
襲い来る強大なパワーに、俺よりも先に地面が根を上げた。ドロドロに熔解していき、俺の足を呑み込んだ。熔けてしまいそうな熱さに気が狂いそうになるが、すぐに痛みには慣れた。
「俺――はァ――! 負け――ない――!」
心は挫けなかった。
だが心よりも先に魔力が尽きた。
炎の戦斧に呑み込まれるその時、俺の耳に声が届く。
――負けるなぁぁあ!! ルドガーセンセェェェえ!!
「ッ――!!」
直後、ナハトの鍔であるドラゴンの口が開く。目が赤く光り、稲妻を口から発した。
空になった魔力の代わりに雷の力が満ちていき、全身からも黒い雷が迸る。
その雷は音を鳴らしながらスルトの炎を穿ち、弾き、打ち消していく。
あの時、神殿で雷神から吸収した力が今になって俺の物になり、俺に力を与えていく。
「オオオオアアアッ!!」
「何!?」
雷鳴を轟かせ、スルトの戦斧を上に弾き返した。力に任せて飛び上がり、スルトの眼前まで行くと稲妻を纏ったナハトでその鼻先を貫く。雷がスルトの頭を貫き、更にスルトの頭から下へナハトで斬り刻んでいく。一振りで両断し、更に一振りで両断し、それを繰り返してスルトを細切れにしてやった。
「ば――馬鹿な――!?」
「ハァァァァアッ!」
「っ!? グリムロックゥゥゥ!」
眼下にいるウルガ将軍目掛け、落雷の如くナハトを振り落とした。
雷の魔剣と化したナハトは将軍の鎧を簡単に斬り裂き、そのまま身体を袈裟斬りにした。
追撃として落雷が将軍に襲い掛かり、将軍の傷を更に深い物にした。
将軍は兜の隙間から血を吐き出し、地面に両膝を突いて戦斧を落とした。
「貴様……その姿は……!?」
「ハァ……ハァ……」
ナハトを握る俺の手が、異形の物になっていた。人族のような肌ではなく、黒くてゴツゴツとした腕だ。太さも増し、まるで怪物のように爪も鋭い。
それに腕だけじゃない。足も、胴体も、そしてたぶん頭も。俺の姿は人から怪物のような姿に変身していた。
これが、雷神の力を得た姿か。まるで怪物じゃないか。
だが中々どうして……悪くない。そう、半魔である俺の魔の部分が表に剥き出しになった、いや、解放されたような感覚だ。
「貴様は……何だ……?」
「俺は……そうだな――――魔王を殺した勇者だ」
「――――さらばだ、勇者グリムロック。ルドガー・ライオットよ」
将軍の最期の言葉を聞き、俺はナハトで将軍の首を刎ねた。
身体から斬り落とした頭が兜ごとゴロゴロと転がり、将軍の身体は崩れ落ちた。
勝った……将軍との一騎討ちに勝つことができた。
兜の角を持ち、首を掲げて魔族の船団に見せつけるようにして宣言する。
「聴けぇ! ウルガ将軍は俺が討ち取ったァ! 将軍の首を持って祖国に帰るがいい! それでも戦いたいのなら、俺と雷の勇者が相手になってやるぞォ!」
果たして、俺の言葉は聞き入れられた。
魔族の戦士がウルガ将軍の首を受け取り、船団は引き返していった。
その時、首を受け取った戦士からこう言われた。
――これは始まりに過ぎない。いずれ魔族は立ち上がってみせるぞ。
その言葉に俺はこう返した。
――その時は酒でも奢ってやる。
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