第10話 勇者を訪ねて
厩舎にルートを繋ぎ、モリソンの後について城の中に入る。
入る時に窓ガラスが独りでにスライドして開き、俺とララは思わず驚いてしまう。
魔法の類いを感じなかったが、モリソン曰く、全部魔導機が自動的に動かしているらしい。
動く窓ガラス、動く階段、上層階に瞬く間に上がる部屋。
これら全部が魔導機と言うのだから、人族はとうとう魔法を捨て去る時が来たのかと思ってしまった。
だがよくよく考えてみれば、魔法を使えば窓も階段も部屋も動き出す。
見た目に騙されて驚きが勝っていたが、手法が違うだけでやっていることは同じだ。驚いて損をした気分だ。
それに、魔法力が低い人族が魔法の代わりを生み出すのは自然の摂理として正しい。
魔法無しで魔法と変わりない力を手に入れる事ができているのは、喜ばしいことだと思う。
動力源は基本的に魔力を生み出す鉱石である『エーテリオンダイト』と呼ばれる魔石であり、エーテリオンダイトは東の大陸、つまり人族の大陸に多く存在する。南の大陸にも存在するが、その総量は雲泥の差だ。
モリソンに応接室へ案内された俺達は出された紅茶を飲んで一息入れる。
「それで? エリシア嬢に何の用だ? まさか、そう言う話か?」
モリソンは小指を立ててそんなことを言ってきた。
ララは意味が分かっていないようで首を傾げる。
「違う。確かにこの子に関係はするがな。で、エリシアは?」
「間が悪かったな。今、お嬢は別件で立て込んでてな。現場で指揮を執ってる」
「ちっ……勇者が態々現場に出るような案件だ。何があった?」
モリソンは紅茶を啜り、声を少しだけ潜めた。
「……お前さん、七神の遺跡については知ってるだろ?」
「遺跡だ? ああ、当然。何せ、七つの遺跡全部を回ったんだからな」
「センセ、七神の遺跡って?」
ララが興味を持ったようで、爛々とした目で訊いてきた。
別に内緒にするようなものでもないので、素直に教えることにした。
「勇者ってのは、最初から魔王と戦えるような力を持ってた訳じゃない。魔王と戦う前に七神の力を、試練で勝ち取ったんだ。その試練が行われる場所が、七神の遺跡だ。七つの国にそれぞれ一つずつある。でも何で今更それが? 試練を終えて、遺跡は力を完全に失ったはずだが?」
今もはっきりと覚えている。勇者達と七つの遺跡を回り、試練に挑戦したあの頃を。
神々が用意した怪物に挑み、その怪物を倒して力を手に入れた。試練に挑戦できるのは選ばれた勇者のみだが、その道中にも強力な怪物が棲んでいて遺跡に入るだけで一苦労だった。
勇者が試練を乗り越えて力を得た時、遺跡は役目を終えたと言わんばかりに眠りに入った。
モリソンは小さく呻って腕を組む。
そして聞き捨てならない話を切り出した。
「それがな……遺跡に力が戻ったんだよ。それも一つじゃない。七つの遺跡全てだ」
「馬鹿な!? あり得ない! 遺跡に力が戻るってことは、新たな勇者が現れたってことか!?」
「声がでけぇよ。嬢ちゃんが吃驚してる」
「――あ、ああ、すまんララ」
「……どうして新しい勇者が現れたって思うんだ?」
ララの質問を聞き、俺は冷静さを取り戻した。
一度紅茶を飲んで気を切り替える。
「人族の言い伝えだ。七神の遺跡が魔力を宿す時は、勇者が現れる時だと云われている」
「でも、勇者は健在……」
「そうだ。そしてその勇者達は既に試練を乗り越えている。新しい力ってことなら、話は変わってくるかもしれないが……」
「お嬢もそう考えて遺跡に向かった。遺跡に力が戻った理由を探りにな。今度はそっちの番だ。何があった?」
俺は一度ララを見る。
ララが聖女であることを伝えても良いだろうかと考えた。
モリソンなら信頼できる相手だ。秘密は守るし、見た感じ立場もそれなりに上みたいだし、ある程度の情報を共有していたほうが良いかもしれない。
モリソンに顔を寄せ、声が部屋の外に漏れない程度の大きさで話す。
「モリソン、魔族側に聖女が現れた」
「何だって? おい、まかさ……」
モリソンは俺の隣に座るララを見た。
俺は頷き、ララも頷いた。
モリソンは驚いた表情を顔に張り付けるが、声を出さないでいてくれた。
「今、魔族は戦争を望まない穏健派と、聖女であるララを魔王の座に就かせて再び戦争を仕掛けようとする強硬派で対立してる。穏健派はララを強硬派から逃がして、今俺が守ってる。だけど魔族の大陸では強硬派のウルガ将軍が穏健派を力尽くで抑え付けて、ララを奪還しようと戦意を煽ってる。このままじゃ、また戦争が起きる」
「だがよ、魔族は戦う力を失ってるだろ? 戦争を起こしたとして嬢ちゃんを奪えなかったら、それこそ本当に終わりだろ?」
「だとしても、大きな一戦を起こすだけの力はあるだろう。それに俺は見た。新しい怪物に新しい魔法。ウルガ将軍も初めて見た顔だが、底知れない力を感じた」
「……それとお前さんが此処に来た理由と何の関係がある?」
「魔族の本国に行って将軍から穏健派を解放する。そして戦争を止める。その為には俺一人の力じゃ足りない。だからエリシアの力を借りに来たんだ」
モリソンに一部を伏せて情報を伝えた。
流石にララが魔王の娘であることは伝えられない。今教えたことだけでも、モリソンにとって、延いては人族にとって重大なことなのだから。
魔族側に聖女が現れたとなれば、人族は魔族に対してどういう姿勢を取るのか容易に分かる。
聖女を殺して魔族に立ち上がらせる機会を永遠に失わせるだろう。
それでもララを連れて人族の大陸に来たのは、戦争を止める為だ。
そしてララにとっては自分を守ってくれた穏健派を助ける為だ。
その二つを達成するには、どうしても俺一人の力では足りない。少なくとも、勇者の一人か二人は必要だ。
モリソンは頭を抱えて目頭を擦る。
「……聖女に遺跡、魔族の動き……こいつはどうも大変なことが起きてそうだ」
「モリソン、ララのことは絶対に漏らさないでくれ」
「分かってら。嬢ちゃんのことは何があっても漏らさねぇ。で、どうするつもりだ?」
「俺も遺跡のことは気になるし、ララを守って戦争を止めるにはエリシアの力が必要だ。これから遺跡に向かってエリシアと会う。力を貸してくれなかったら、別の勇者に当たる。そう時間は残されてないと思うが……」
他の勇者達を探しに行く時間は多い訳じゃない。それに、一番話の分かる奴はエリシアだ。エリシアが駄目なら、他もおそらく駄目だろう。
もしそうなったら、俺とララだけで魔族の本国に乗り込まなければならない。
その時は、ララを守り切れるかどうか自信が持てない。
俺の不安がララに伝わってしまったのか、俺のマントをララの手がギュッと掴む。
俺はララを守りたい。いずれ裏切るとしても、ララは守り通したい。
「……よし分かった。お嬢が此処に戻らなくても大丈夫なように、こっちで手を回しておいてやる。お前さんはお嬢が嫌だと言っても無理矢理連れて行きな」
「それは……心強いが、良いのか?」
「なぁに、教官なんて呼ばれてるが、こう見えて爵位持ちでリィンウェルのトップツーだ。頭であるお嬢が居ない間、留守を任されるのが俺の仕事でぇ」
「……お前、貴族になったのか!?」
初耳である。
俺が知っているモリソンの実家はそこまで名の知れた家じゃない。何処ぞの貴族に使える騎士が良いとこだったはずなのだが。
モリソンはニカッと笑って自慢げに言う。
「大戦の功績でな。まぁ、理由はそれだけじゃないが、それは黒い社会って奴よ」
「ああ、脅したのか」
「ふん、お前さんを除け者にしようとしたのが気に食わなかっただけでぇ。ってことで、こっちは任せな。それに、五年経った今でもお嬢はお前のことをずっと気に掛けてる」
「……別れ際にビンタされたよ。だけど、そうか。助かるよ、モリソン」
「今度は色々終わらせてから来な。ゆっくり酒でも飲もうや」
「ああ。ララ、行くぞ」
「ああ……じゃ、お爺さん」
ララはモリソンに手を振り、俺達は応接室から出た。
下の階に降りる、何と言ったか……えれべーたーに乗って、モリソンから聞いた情報を思い返す。
七神の遺跡が力を取り戻した。それも七つ全部。
それが意味するのは、新たな勇者が誕生したか、もしくは新しい力を現勇者に授ける為か。
どちらにしても、勇者の力が必要な事態が迫っていると言うことだ。
それは魔族に聖女が現れたことに関係があるのだろうか。
仮に、最悪な場合として聖女に対するカウンターだったとしたら。聖女を殺す力を勇者に授ける為に力が戻ったとしたら、それはもう戦争を止めるどころの話じゃなくなる。
そんなことになれば、俺は七人の勇者と全面戦争を起こすことになる。
世界がララを排除しようとするのなら、俺は世界を排除するだろう。
それをするだけの理由が、俺にはある。
ララの両親を殺した俺が、俺だからこそ、ララを守らなきゃならない。
「……センセ、また怖い顔してる」
「……え? あ、ああ……すまん」
「……そのエリシアって人、どんな人?」
唐突に、ララが質問を投げ掛けてきた。
「どんな……んー……イイ奴なんだけど、気が強いって言うか、当たりが強いって言うか……結構考え込むタイプだけど最終的には全部斬っちまうタイプ?」
「……それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。斬って良いものと悪いものはちゃんと見極めれるから」
ララは少し雷の勇者に不信感を抱いた。
でも案外、ララとは気の合う友達になれるかもしれない。アイツもアイツで知りたがりだし、行動派でララのように力ある者を好む性格だしな。それに可愛いもの好きで、ララの可愛さなら気に入られるだろう。同性の友達を欲しがってたし、思うような心配は無いかもしれない。
「……センセとその人、家族なのか?」
「え?」
「名前、同じだし」
そこでえれべーたーは一階に到着し、ドアが開いた。
えれべーたーから出てルートがいる厩舎へと向かう。
「まぁ……家族というか、俺と勇者達って同門の出なんだよ。血は繋がってない」
「同門……」
厩舎にいるルートの手綱を引いて厩舎から出し、ララを乗せる。自分もララの後ろに乗ってルートを歩かせる。
「同じ家名なのは……師がそう名付けたからだ」
「……センセのセンセって、どんな人?」
俺は口が固まった。
ララに師のことをどう伝えたら良いのか分からなかった。
こればかりは、まだ自分の口では言えない。
「……凄く強かったよ」
「……そう」
「……さ、話は一旦終わり。これから遺跡に向かうぞ」
「ああ」
リィンウェルの大通りを北へと進んでいく。
リィンウェルの北側にある山脈に、七神の遺跡がある。馬で走れば日が昇っている内に辿り着ける。
そこに彼女がいるはずだ。アイツなら、きっと助けになってくれるはずだ。
ララを落とさないようにしっかりと注意を払いながら、ルートを北へと走らせた。
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