第5話 二人だけの前夜


 ララへの説明は思いの外すんなりとできた。


 戦争を防ぐ為に魔族の大陸へと向かい、穏健派をウルガ将軍から解放する。


 そう伝えたらララは考える間もなく一緒に行くと答えた。

 穏健派を助け出せるのなら、何だってすると言ってのけたのだ。

 危険な目に遭うかもしれないと忠告しても、ララの決意は変わらなかった。


 荷物を纏めさせ、明朝に出立できるようにさせて今夜は早く寝かせた。


 俺はと言うと、寝付けるわけもなく、酒瓶を片手に屋根に登って月夜を肴にしている。


 半人半魔の身体はこんな時に便利だ。数日眠らなくても活動には支障をきたさないし、酒瓶の二、三本飲んでも少しも酔わない。


 酔えない酒ってのも、それはそれで味気なくて旨いとは言い難いが、それでも少しは大人の心を満たすことはできる。


 既に荷物は纏め終えている。明朝になれば王子が東側の門を開けてくれる手筈になっている。

 俺とララは馬に乗ってその門から都を抜け出し、海を渡る船を探す。


 あと数時間でララを起こすと言うところで、掛かるはずのない声が掛けられた。


「こんな所で何してるんだ?」

「うお吃驚した!?」


 俺に声を掛けてきたのは寝ているはずのララだった。

 寝巻にローブを羽織って俺の後に腰を下ろして俺を見つめている。


「おまっ、何で寝てねぇんだ?」

「センセこそ、何で寝てないんだ?」

「俺は半魔だから寝なくても――それはお前もか」

「ふふん」


 ララは何故か自慢げに笑い、俺の隣に移動して座り込む。

 ララの髪が月明かりに反射して美しく輝いている。その輝きに照らされたララは、どこか幻想的な美しさを纏っていた。


「それで? 何しに来た?」

「別に。ただ何となく話し相手が欲しかっただけだ」

「此処には俺しかいないが?」

「ならセンセで我慢する」

「そら光栄なこって」

「……センセは、魔族の大陸に行ったことはあるのか?」


 ララがおもむろにそんなことを聞いてきた。

 酒を煽りながら、昔の記憶を掘り返してみる。


「ガキの頃に、師に連れて行かれたことがある。もう十数年も前だ。戦争が酷くなる前かな」

「……私は最初、田舎で暮らしてた。父が死んでからは都で。ま、都で暮らしてたと言っても、殆ど城の中だったけど」

「故郷にダチはいねぇのか?」

「ダチ?」

「友達だよ。知り合いでも良いけど」

「……私は半魔だぞ。いるわけがない。城では魔王の娘だから大切にされていたが、本音は蔑んでいる者が多かっただろう。力を濃く受け継いでいなければ、母と一緒に殺されていたかもしれない」

「そうか……ま、そうだよな」


 半魔と言う存在は、それだけで生きづらい存在だ。


 半魔だけじゃない、異なる種族との間に生まれた子供はその異質さによって蔑まれる傾向にある。


 特に魔族は他種よりも純血を重んじる。それは力が弱まると言うのもあるが、魔族の魔力に大きな理由がある。


 魔族の魔力はかなり強力だが、同時に自身を蝕む毒でもある。他種族の血が流れる身体では、強すぎる魔力に耐えられない。身体は崩れていき、憐れな姿になって生きるか短命で終わるかのどちらかだ。


 俺とララが此処まで生きていられるのは、運が良かったからに過ぎない。


 更に悪いことに、俺とララは人族との間に生まれた。

 人族は魔族に恨み辛みしか抱いていない。今の魔族も同じだろう。


 そんな俺達に、友人などできる訳がなかった。


「だけど、此処じゃ友達はできただろ?」

「まぁ……」

「まぁ? まぁってことはねぇだろ。彼氏の一人や二人できても可笑しくない勢いじゃねぇか」

「ガキに興味は無い。私は年上が好きだ」

「ガキの癖に何言ってやがる」

「私は十六歳だぞ? 十六はもう大人だ」

「それは魔族のだろ。人族じゃまだガキだ」

「ふん、お前こそどうなんだ? あのアイリーンって女エルフと随分と仲が良いじゃないか」

「先生を付けろ。別に、そんなんじゃねぇよ」


 確かにアイリーン先生は魅力的な女性だ。一夜の過ちが起きないかと思ったりもする。


 だけどそれは本当に一夜限りの夢で良い。

 俺はこの先、家庭を築くつもりは無い。いずれ何処かで孤独に死ぬのが、俺の終着点だ。

 半魔である俺の苦労を、誰かに背負わせる気なんて無い。


 両親がどんな気持ちで俺を生んだのかは知らない。望んでいなかったかもしれない。

 今更それはどうだって良い。だけどこの重荷を誰かに継がせるなんて所業、俺には無理だ。


「どうだか……いっつも鼻の下伸ばしてるぞ」

「そりゃあんな美女が相手じゃ、鉄仮面ですら鼻の下を伸ばすね」

「……少しは隠そうとしろよ」

「隠したほうが下心ありそうだろ?」

「……確かに」


 酒瓶を傾けてると、ララの視線がそれに釘付けになっているのに気が付く。

 試しに目の前で瓶を動かしてみると、目線が瓶に釣られて動く。


「酒に興味があるのか?」

「……ある」

「……ませガキめ。ほら、飲んでみろ」

「良いのか? やった」


 ララは俺の手から酒瓶を引っ手繰ると、目を輝かせて一気に口の中へと流した。


 案の定、度のキツい酒に喉がやられ、ゲホゲホと咳き込む。


「ハッハッハ! やっぱガキじゃねぇか!」

「ふざっ、けるな! 何だこれ飲み物じゃないぞ!」

「友達にもそう言ってやれ。ほれ、返せ」

「やだっ」


 ララは酒瓶を俺から遠ざけ、もう一度挑戦する。


 まぁ、俺と同じ半魔だからこの程度の酒でどうこうなるわけじゃないしな。


 しかし、不思議なものだ。

 俺の隣で酒に咽せている女の子は魔王の娘で、聖女で、同じ半魔だんてな。


 しかもララにとっては俺は両親の仇だ。


 そのことはまだ伝えられていないが、何と言うかな……。


 これからの道中で、きっとララに真実を伝える時が来るだろうと、俺は確信めいたものを抱いていた。その時に俺はどうなるのか分からないが、もしララが復讐したいと思ったのなら、俺はそれを受け入れようと思う。


 ララの手で最期を迎えられるのなら、それはそれで良いかもしれないとまで思えてくる。


 でもそれはララを完全に守り通せてからだ。俺が死んで、ララの身に危険が及んでしまっては意味が無い。


「ララ」

「ゲホッ……んん?」

「……いや、何でもねぇ。それより酒返せ」

「残念、もう飲みきった」

「ったく、腹壊しても知らねぇぞ」

「大丈夫だろ。あ、そうだルドガー」

「あァ?」

「旅の途中でも私に色々と教えてくれ。本だけじゃ物足りない。実際にそこに行って、この目で直接見てみたい」

「……良いだろう。それじゃ、今から教えてやる。あの星、分かるか? あれはドラゴン座で――」


 俺達は出立の時間まで、星空を眺めながら二人だけの授業を続けた。


 この時を、俺は決して忘れることは無い。


 いずれ決別の時が来たとしても、この思い出は色褪せることはなく、永遠に俺の心の中で輝き続けるだろう。




 明朝、俺は森に出た時の装備姿で、ララを連れて寝静まっている都の中を移動する。

 音を立てずに迅速に東門へと辿り着く。


 そこでは王子が数人の戦士を引き連れ、一頭の馬を用意して待機していた。


「友よ……」

「フレイ……」

「……必ず戻ってきてくれ。生きて、だぞ?」

「……ああ。その時は湖じゃなく、海で釣りでもしよう」

「……ララ姫、お気を付けて。貴女を危険に晒すことを、お許しください。これは、餞別です」


 王子は白い杖をララに渡す。


「この杖はユニコーンの角で作られた物です。貴女に幸運と勇気を与えるでしょう」

「……ありがとう。私も戻ってきて良いか? 釣り、私もしてみたい」


 そう言われた王子は目を見開かせ、輝いた笑顔を浮かべる。

 目尻に涙を浮かばせ、ララの手に自分の手を重ねた。


「ええ! ええ、勿論! その日を楽しみにしてます!」


 王子はそう言うと、戦士達に頷いて合図を出す。

 俺はララを馬に乗せ、その後に俺が跨がる。

 静かに東門が開かれ、俺は手綱を握り締めて馬を進めた。


「ルドガー。伝言通り、私個人の伝手で東海岸の港に船を用意させている。出航するまで、できるだけ父に気付かれぬよう時間を稼ぐ」

「頼む」

「七神の加護あれ――」


 俺は馬を走らせた。


 ここから、俺とララの最初の旅が始まる。

 戦争を回避する為に、命懸けの旅に出る。

 どんな壁が立ち塞がっているのか、きっと想像以上に高い壁だろう。


 だがどうしてか――。


「ララ! 振り落とされるなよ!」

「分かってるよ! センセ!」


 どうしてか――今の俺の前に広がる道は、明るく見えた。


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