魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。

八魔刀

第一章 魔王の娘

プロローグ



 嘗てこの世界には魔王がいた。

 魔王、魔族の王、魔法を極めし者、人族の敵。力で全てを支配してきた存在。

 人族は魔王とそれが率いる魔族と長い長い、それは長い戦いを繰り広げてきた。魔族の魔法は人族が使う魔法よりも遙かに強力で、戦いの果てに人族は魔王軍によって滅びの危機に瀕してしまった。


 その危機を救ったのは七人の勇者と呼ばれる存在だ。

 勇者は世界を創造した七柱の神様によって遣わされた若者達だった。

 彼らは『地・水・火・風・光・氷・雷』の力をそれぞれ身に宿し、その力で魔王軍の勢いを削ぎ落とした。そして瓦解していた人族の軍を瞬く間に纏め上げ、新たに勇者軍を結成して魔王軍と戦った。


 結果、七人の勇者によって魔王は討たれ、王を失った魔族は人族と停戦協定を結んだ。

 人族を救った勇者達は伝説となり、後世に長く語り継がれることになる。


 そんな戦いがあったのはたった五年前のことだ。伝説と言えるようになるには、まだまだ時間が掛かるだろう。

 勇者軍と魔王軍の戦いを『人魔大戦』と人は呼ぶ。その大戦で俺は勇者達と一緒に戦っていた。自慢じゃないが、魔王との直接対決にも俺は参加していた。


 勇者達は七柱の神様の力である『地・水・火・風・光・氷・雷』の七つの属性にそれぞれ特化した魔法を身に宿していたが、対する魔王はその全てをたった一人で行使し、しかも威力も勇者達と同等且つそれ以上だった。


 そんな魔王との戦いは正に想像を絶する戦いだった。勇者でもない俺が一緒に戦って、しかも勝って生還したんだ。さぞかし褒美だって貰えたことだろう。


 だが実際は褒美なんて貰っていない。

 あくまでも魔王を討ち取ったのは七人の勇者達。そう言うことに世界の国々はしておきたかったのだろう。


 何しろ、俺の出自はお偉いさん方にとっては少々厄介だからだ。


 俺は人族と魔族、その両方の血を持つ半人半魔だからだ。両親のどっちが魔族でどっちが人族なのかは知らない。育ての親も大戦で亡くした。物心ついた時には戦場で屍から剥いだ剣を振り回して生き延びていた。


 この黒髪と赤目が魔族の象徴であり、そんな奴が英雄視されるのは、お国としては気に食わないのだろう。


 だから俺は大戦が終わって軍を辞め、国を出て世界中を旅して腰を落ち着けられる場所を探し回った。人族の大陸じゃ生きづらいと感じた俺は魔族の大陸に渡ってみたりもしたが、向こうからしたら俺は裏切り者のような存在だったことを思い出させられた。


 結局、俺は人族の大陸にも魔族の大陸にも馴染めず、三年かかって最終的に人族と同盟関係であったエルフ族の大陸に身を寄せることになった。

 エルフ族は良い。美男美女ばかりで目の保養になるし、清らかな魔力が大陸中に満たされて大地の恵みで溢れている。掟さえ遵守していれば良き隣人として接してくれる。


 不満があるとすれば、掟に対して絶対遵守で融通が利かないことと、信奉心が高すぎることだ。例え誰かの命が失われるとしても、それが掟に則ったものならば仕方が無いと受け入れる。神の啓示、即ち予言とあらば簡単に命を差し出すような考えも、俺からしたら異常なものだ。

 それ以外を見れば彼らはとても友好な種族であり、俺のような奴にも友人の一人や二人は持つことができた。


 エルフ族は人族とは違い国を複数持たず、大陸が一つの国になっている。

 国の名をヴァーレン王国と言い、エルフの王族が住む都と多くの村が存在する。


 俺は大戦時代にエルフの王子と友好関係を築いており、その縁で都であるアルフに迎え入れられた。そこで学校の一教師として雇われ、エルフの子供達に外界に対する知識を教えている。主に怪物から身を守る手段や他種族の歴史、時折剣術も教えている。またいつ戦争が始まるか分からないこの時勢には必要なことでもあった。


「よーし、今回はここまで。来週の授業までにウォルフの生態系についてレポートを纏めるように。ノート二ページは最低でも書くこと」

『はい先生』

「よろしい。ではまた次の授業で」


 教室から出て行く生徒達を見送り、俺は教壇の席に腰を下ろして一息吐く。


 もうこの暮らしを始めて二年経つが、未だ子供達の前で教鞭たれることに慣れない。慣れないと言うか、自分にその資格があるのかといつも疑っている。この手は魔族の血で汚れきっている。この身も血を浴びて臭いがこびり付いている。戦争とは言え、多くの命を奪ってきた俺が、子供達の前で何かを教える資格があるのだろうか。


 いくら自問自答しても答えは見つからない。この学校の教師や生徒達は俺を快く迎え入れてくれている。結局のところは俺の心次第だ。


 首に提げている金の指輪を指で弄りながら耽っていると、教室のドアをノックする音が聞こえた。


「ルドガー先生」


 視線を向けると、床に着きそうなほど長い金色の髪を持つ女性が立っていた。


「アイリーン先生。何か用でも?」

「ええ。これから昼食なのですが、ご一緒にどうかと思いまして」


 アイリーン先生はそう言って優しく微笑む。

 こんな美女からの誘いを断るようなら男じゃない。


「喜んで」


 俺は席から立ち上がり、緩めているネクタイを正して快く誘いを受けた。

 教室から出て俺とアイリーン先生は廊下を並んで歩く。


 この学校は嘗てのエルフ王が建てた巨大な城をそのまま学校にしたもので、古き歴史が溢れる内装をしている。石造りの床や壁に美しい装飾の窓ガラス、城が建てられてから飾られている芸術品等々。魔法で老朽化を防ぎ、当時のままの姿をしている。


「ルドガー先生、もう此処に来て二年ですが、随分と教師姿が板に付いてきましたね」

「自分じゃあ、未だに教師としての自信が持てないよ」

「そんなことありませんわ。生徒達は皆ルドガー先生を慕っておられますよ。特に、剣術を教わっている子達は」

「俺もまさかエルフに剣術を教える日が来るとは思ってもみなかったよ。独自の剣術があるのに、態々俺から学ばなくても……」


 エルフ族には伝統的な剣術や魔法がある。剣の太刀筋や足運びなどはどの種族でも学べるが、種族特有の個性がある。人族なら身を守ることに特化した盾術、魔族なら圧倒的な魔法、獣族なら驚異的な身体能力を活かした俊敏性と怪力。


 そしてエルフ族は魔力から相手の動きを読み取って動く読心術に長けている。更にそれを極めたエルフは魔力から運命を読み取り、未来までも予知することができるとか。


 俺が教える剣術は基本は人族の物だが盾を使わない。剣だけで攻撃を捌き、猛攻で相手の攻撃を封じる。意外にも、その剣術はエルフ族の剣術と相性が良かった。学校の生徒だけじゃなく、エルフの軍人にも手解きをしている。


「ルドガー先生は人魔大戦の英雄。それにフレイ王子の御友人。我がエルフの戦士達が教えを請いたがるのは当然ですわ」

「英雄ねぇ……」


 本当に英雄なら、俺は今頃人族の大陸で相応の地位に収まっていた筈だ。

 でも考えてみれば大きな屋敷で偉そうに踏ん反り返るような生活は性に合わない。英雄視されなくて良かったのかもしれない。勇者達が人族の大陸でどんな生活を送っているのかは知らないが。


「こう言ってはなんですが、人族には感謝しています。ルドガー先生を手放してくれたおかげで、我々エルフは稀代の英雄を手に入れられたのですから」


 アイリーン先生は誰もが魅了される笑みを魅せてそう言った。


 エルフ族に迎え入れられてから、こうやってやけに褒め称える言葉を投げ掛けられることが多くなった。悪い気はしないが、そう褒められ続けられると何か企みでもあるのではないかと勘ぐってしまう。


 おそらくだが、王子の信用を得ているからこそ、此処まで英雄視されているのだろう。

 エルフ族は掟の次に王家を何よりも大事に考えている。絶対君主、と言えば聞こえは悪いが、それ程まで王家に重きを置いていると言っても過言ではない。

 もし王子と交流を持たなかったら、エルフ族でも半人半魔である俺を受け入れてくれなかったかもしれない。


 俺とアイリーン先生は学校の大食堂へとやって来た。

 この学校では教師と生徒も同じ大食堂を使う。テーブルに着くといつの間にか皿が並べられており、瞬きした直後にはいつも昼に食べているチキンとスープとパンが盛り付けられていた。


 これはエルフ族の魔法で、別の場所で調理した料理を移動させてきたのだ。今回はアイリーン先生が大食堂に着く前に厨房へ伝えていたらしくすぐに出て来たが、本来であれば席に着いてから備え付けられている伝票に食べたい料理を書く。すると厨房にそれが伝わって魔法で即座に調理して即座に出される。


 今まで世界を見て回ってきたが、此処まで高度で摩訶不思議な魔法はエルフ族と魔族しか使えない。魔法、魔力の適応能力はこの二種族が抜きん出ていて、他の種族では魔法の仕組みを理解しても使えないだろう。


 人族も魔法は使えるが、他の種族と比べると一番劣っていると言っても良い。その分、知能が高いのか魔法を発動させる道具を生み出して文明を築き上げている。


 その魔力を動力源として魔法を発動させる装置のことを『魔導機』と言う。

 風の噂じゃ、最近になって鉄の馬車が走っているとか何とか聞いた。大戦時代でも魔導兵器なる物があったし、戦争が終わって兵器以外のことを考える時間ができたのだろう。この五年で随分と技術が進んだようで何よりだ。


 アイリーン先生はキッシュを上品に食べ、俺はチキンをパンに挟んで口に頬張る。


「ところで、ルドガー先生。ルドガー先生は半分魔族の血が流れてますけれど、人族とは成長速度は同じなのですか?」

「ん? いやぁ……どうだろうな。今までは同じように年食ってたけど、これから先は人族と比べたら緩やかかもしれないな。人族と同じ速度で年老いるとは思えないし」

「ではもしかしたらエルフ族や魔族のように長寿かもしれないのですね」

「だとは思うけどな。それが何か?」

「いえ……我々としてもルドガー先生と長く生きられるのは喜ばしいことなので」


 何だろう、何か含みのある物言いな気がする。


 だけどそうか……寿命のことは考えたことがなかったな。人族の寿命は長く生きられても百年程度だが、魔族の寿命はエルフ族並みに長い。半分だけとは言え魔族の血を引いているのだから、少なくとも人族よりは長生きするだろうな。


 それに怪我をしても一日や二日で完治するし、身体能力もどっちかと言うと魔族寄りだ。人族と寿命が違うのなら、尚のこと此処に来て良かったかもしれない。時の流れが違う存在の中で生きていくと言うのは何かと辛い。特に、自分が取り残される側であれば。


「ルドガー先生は、午後は授業がありませんが、何かご予定でも?」

「ちょっと王子様に呼び出されててな。また釣りにでも連れ回されるんだろうさ」


 エルフの王子様は少しだけ変わっている。エルフの王家は城から出たりはしないのだが、王子様だけは度々城を抜け出しては都を練り歩いたり狩りをしたりする。

 最近では俺が教えた釣りに夢中になってしまい、事あるごとに俺を誘うのだ。


 おかげで父君である王様に「余計なことを教えおって」と睨まれたものだ。


「ふふっ……フレイ王子はルドガー先生と過ごすことが何よりの楽しみですから」

「止してくれ。俺は男よりも女が好きだ」

「それはそれは、安心しましたよ」


 それはどう言う意味だろうか。俺が王子様とそう言う関係だと疑っていたとでも言うのだろうか。それともアイリーン先生は俺に気があるとでも言うのだろうか。後者であれば男として嬉しいものだが。


 正直言って、アイリーン先生は俺が今まで見てきた美女の中でとびきりの美貌を持つ。長くて美しい金髪に白魚のように美しい肌、ボンッキュッボンッとしたグラマラスボディは同じ女でも性的興奮を誘発させられるだろう。性格も奥ゆかしさの中にもはっきりと強い意志を見せ、人族で言うところの聖母と言っても差し支えないだろう。


 彼女が教えているのはエルフ族の魔法だが、持ち合わせている魔法の知識はエルフ族だけに留まらず、世界中の種族にまで手が届く。

 エルフ族の中でも彼女は正に逸材な存在だろう。俺がエルフ族なら迷わずアイリーン先生を口説いていたね。


「ルドガーせんせー! 北大陸の妖精について訊きたいことがあるんですけどー!」

「僕は獣族について!」

「あたしはゴースト退治!」


 生徒達が本を持って挙って集まってくる。

 勉強熱心で関心だが、もう少しだけ美女との一時を楽しませて欲しいものだ。

 だが子供達の探究心を捨て置くわけにはいかない。教師としての使命を全うするのが今の俺の役目だ。


 アイリーン先生と一緒に群がってくる生徒達の相手をしている内に俺の昼休みは終わるのであった。




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