第5話

 『かりころ』には敵として登場する結社がある。

 『星々の終焉セレスティアル』それが結社の名前だ。


「なにをする『シュタイナー』!? 貴様は星々の終焉セレスティアルを裏切るつもりか!?」


 博士がシリルに向かって絶叫する。

 『シュタイナー』。

 それはシリルの星々の終焉セレスティアルでの呼び名だ。

 シリルの先生が結社を引退するときに、名前も受け継いだ。


 シリルは星々の終焉セレスティアルに所属している。

 原作知識を利用しすれば、潜り込むのは簡単だった。


 潜り込んだ理由は、敵の動向の把握。

 そして、エリテアとセレナを助ける強さを手に入れるのに、もっとも近道になると考えたからだ。

 

(しかし危なかった。このイベントが今日だったとは……エリテアたちが課題を受けたと知らなかったら間に合わなかった)


 つい先ほど、シリルは取り巻きから話を聞いて驚いた。

 エリテアたちが特別課題を受けた。

 それは今回の重要イベントに繋がるきっかけだ。


 原作では、ここで女の子がキメラにされる。

 博士ドクトルの実験は失敗。

 女の子だったキメラは暴走して、エリテアたちが女の子を殺す。


 女の子を救えなかったことをエリテアは後悔する。

 二度と同じ悲劇を繰り返さないように、エリテアは呪いの力を多用することになる。


 しかし、呪いの力は寿命を削る。

 それが大きな理由で、『かりころ』のエンドではヒロインのどちらかが死ぬ。


 つまり、この胸糞イベントを阻止できれば、今後の展開は明るくなる可能性が高い。


「聞いているのか!? なぜ私の邪魔をする!?」


 博士ドクトルが激高する。

 このときのために、シリルは言い訳を考えていた。

 女の子を助ける理由を。


 考えていた……のだが。


(やっばい、忘れたわ)


 急いで来たせいで、ド忘れしてしまった。

 なにを言おうと思っていたのか、必死に頭を働かせるのだが、出てこない。


 しゃーない。切り替えていけ。


「この子の家は串焼き屋をやっているそうだ。とても美味しいらしい」


 原作のイベントで見た。

 今回のイベントが終わったらご褒美として食べよう。

 そう思って、まだ食べてない。


「それで?」


 博士ドクトルは意味が分からないと眉をひそめた。


 女の子が死ぬと、両親は店をたたんでしまう。

 だから、博士ドクトルによって女の子がキメラにされるのは困る。


「私はまだ食べていない。店をたたまれたら嫌だ」


 これがシリルの思いついた言い訳だ。

 別の言い方をするなら、ゴリ押し。

 

 沈黙が流れた。

 博士ドクトルのこめかみが、ピクピクと動いている。


「ふざけるなよ! ガキがァァァ!!」


 そこら中から触手がわき出てくる。

 タコの足のような見た目だ。

 素直に気持ち悪い。


博士ドクトル、汚れるから止めてもらえないか?(うへぇ、ヌルヌルしてる)」

「お前は、ここで死ね」


 部屋を埋めつくすほどの触手があふれた。

 その触手たちがシリルに殺到する。

 バチン!

 しかし、シリルと女の子を守るように、青色のバリアが展開された。

 それに触れた触手はバチバチと焼き焦げていく。


 しかし焦げた先から回復している。

 とんでもない生命力だ。


「仕方がない。早めに終わらせよう」


 シリルの周りの空間がゆがんだ。

 そこから8体の機械が現れる。

 小さな三角錐の形をした機械だ。

 

 それらは先端から青い雷を放ち、触手を殲滅せんめつしていく。

 

(エリテアたちも助けておこう)


 エリテアたちを拘束していた触手も倒しておく。

 当然、彼女たちには怪我がないように。


 シリルは女の子に向けて手を向ける。

 そこから風の魔法を放ち、拘束具だけを壊した。

 そして、魔法の力で女の子を浮かばせて、自分の元へ引き寄せた。

 女の子を優しく抱き上げる。


 不安そうにこちらを見ていたので、ぽんぽんと頭をなでておく。

 女の子は安心したように笑った。

 可愛い。

 シリルの頬がゆるむ。


「お前ぇ! これは明らかに結社への裏切り行為だ! 分かっているのか!?」


 気がつけば、触手の殲滅は終わっていた。

 機械たちも、やることがなくてウロウロしている。

 迷子になったルンバみたいだ。


「裏切りではない」

「どこがだ! その子供を使えば、人類は新たなステージへと進化できた!」


 『人類の進化』は星々の終焉セレスティアルの目的だ。


 『人を神に近づける』『人類の救済』。

 遠回りな言い方をしているが、要約すると『人類の進化』。


 女の子をキメラにすることで、進化への道が見つかると博士ドクトルは考えているらしい。


 だけど、根本に問題がある。


「この実験は失敗する。無意味なことに命を消費するべきではない」


 『なんで?』と聞かれたら原作でそうだったから、としか言えないが。

 博士ドクトルは納得してくれただろうか。


「なぜ私の実験が失敗するなどこのガキに分かる。私が立てた理論は完璧なはずだ。間違いはない。なぜ私に分からずに、このガキに分かる? いや分かるはずがない。こいつは私の邪魔をしようとしているだけだ。私の足を引っ張り邪魔をしようとするクズどもと変わらない。ならば――」


 うーん。ダメそう。

 シリルは身構える。

 博士ドクトルが呟いた。


「やはり殺そう」


 バゴン!!

 天井が崩れ落ちた。

 そこから出てきたのは触手の塊だ。

 イカみたいな顔。その周りにはもっさりと触手が生えている。


(ヤバいな……どうしよう)


 シリルは困る。

 こいつは倒せない。


「やれ」


 触手がシリルを襲った。

 それはバリアに焼かれるが、少しずつ内側に入ってきている。

 再生力でゴリ押しているのだろう。


 女の子がシリルにすがってきた。

 軽く背中をなでておく。


(しかしどうするか……そうだ!)


 シリルは触手の化け物に手を向ける。

 次の瞬間。


「な、なんだと」


 触手は氷漬けにされていた。

 別に芯まで凍らせてはいない。外側に分厚い氷を張った。


(コイツは後々のイベントのボスだからな。下手に倒さない方が良いだろう)


 次に、シリルは博士ドクトルに手を向けた。


「おい、動――ぐぅ!」


 博士ドクトルが浮かび上がる。

 シリルが魔法で首を絞めて、持ち上げた。

 苦しそうに首に手をかけるが意味がない。

 

、ここは引いてくれ」


 ちなみに『すまないが』は博士ドクトルの口癖だ。

 実際は謝罪の気持ちなどないらしい。

 『お前の事情は分かったが、そんなものは知らない』という彼の心情が現れてるとか。


「ふざ、け――がは!」


 ギュッと首を絞めておく。


(殺したくないし、早めに諦めてくれないかな)


 その思いは通じていないだろうが、博士ドクトルは思ったよりも早く諦めた。


「わがっだ。だがら、はなじで」


 ドサリと博士ドクトルが落ちる。

 ドクトルはぜぇぜぇと呼吸をしながら、


「お、覚えておけよ」


 バコンと博士ドクトルの足元から大きな口が現れた。

 それは博士ドクトルと触手のモンスター飲み込むと、地中へと消えて行った。


(めちゃくちゃ怒らせてしまった……次に会ったときに謝っておこう)


 ともかく、今回のイベントは終わりだ。

 女の子をエリテアたちに預けて帰ろう。

 シリルはそう思ったのだが。


「動かないで!」


 エリテアを見ると、シリルに向かって銃を構えている。

 警戒させてしまっただろうか。


「キミは星々の終焉セレスティアルに所属してるんだね?」

「そうだが?」


 エリテアと星々の終焉セレスティアルには因縁がある。

 エリテアの父を殺したのが、星々の終焉セレスティアルの人間だ。

 そいつは全身鎧を着ていて……全身鎧?


 シリルは自身の姿を思い出す。


 シリルが着ているは強化外骨格パワードスーツだ。

 これを使えば様々な魔法を簡単に使えるようになっている。

 シリルにとって、パワードスーツと鎧は別物だ。

 こっちのほうがカッコいいし強い。一緒にされては困る。別物だ。


 でも、他の人にとっては?


「キミが、パパを殺したの?」

(いえ、人違いです……)

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