第33話 プロローグ3-残照
家に帰ると今日は母の帰宅が早いのか、リビングから油の匂いがした。
「ただいま」
「おかえりぃ、累~! 今日は唐揚げよ」
ニコニコ顔でこちらを向いてくれた母は元気そうだ。俺も今夜の唐揚げに期待の念を抱く。
前世と違い、最近は母とも普通に話せるようになっている。
これが一般的な家族の形なのかはわからないけど、想像上の平和な日常というイメージとは合致するから、そこにネガティブな感情は皆無だ。
「じゃあ、俺課題するから」
「はぁい! 頑張ってね」
部屋に戻り、早速課題をしようとする。
何だかんだ一息吐く事になったが、その分勉強で遅れがあったことは否めないはずだ。
しかし怠いからと日々の習慣をここで止める訳にはいかない。
俺はそれが必要な凡才なのだから、精々忍耐力だけはなければ……何より彼女達とつり合いが取れないだろう。
「他人のこと……知ろうと思えば結構知れるものなんだな」
前世の俺はいつしか、コミュニケーションを欠いていた。
他人と関わらず、引きこもって――それが日常だった。
それが楽だったからじゃない。ただ二次元に夢中になっていたのである。
――何かから、逃げるように。
「あれ……俺、何が嫌で二次元になんて興味持ったんだっけ」
ふと、筆箱からペンを取った手が硬直する。
思い出せそうで、何故か想起できないもどかしさを覚える。
何かがおかしい。確実に憶えているのに、思い出せない。
まるで――誰かに頭の中を弄られたような気分だ。
「変だな。時間回帰の後遺症……って訳じゃないよな」
昔のことはあまり憶えていないものの、そういう感覚ではない。
記憶が古い順に消えていくならば、忘れている部分と辻褄が合わない。
一部……何かについて忘れている気がする。
「いやまあ……思い出せないものは仕方ないか」
思い出そうとする方が、気持ちの悪さを覚える。
無理をする必要なんてない。
俺に必要なのは過去を振り返ることではなく、未来を考えることなのだから。
憩衣と珠姫の腹も割れたことだし、これから――。
「……ん?」
そんな時、ポケットの中に入っていたスマホが振動した。
勉強中はマナーモードに変更する俺も、色々と考え込んで切り替えるのを忘れていた。
集中できていない現状を鑑みて、俺はスマホを開き通知を確認する。
「なんだ、これ」
届いたのは一件のメール。
しかし――そのアドレスには見覚えがない。
迷惑メールか詐欺なのかと警戒しながら、一応内容を確認する。
『 from Rusty.silence@****.jp
:無題
タイムマシンなんてなかったでしょ?
』
「…………は?」
驚いてその場を立ちあがった俺は、その内容に戸惑う。
理解できなかったのは、その内容だけではない。
「なんだこの日付……送信日、十年後じゃないか」
謎のメールは、未来からきていることになっている。
細かい日付は違っても、十年後といえば丁度――前世で過ごした最後の年だ。
そしてタイムマシン……それは時間回帰を仄めかすワード。
冷汗が出た。
神なんていない。夢の中でもない。ここは現実世界だ。
誰かが俺を観測しているとは思わない。
これが本当に十年後から送信されたものだとも考えない。
時間回帰なんて非現実な現象に見舞われたとしても、俺はそんなこと信じない。
日付を変えるなんて、幾らでも現代技術で工作できる可能性はまず排除する。
重要なのは――そこじゃない。
「俺の他に……いるのか? 回帰者が」
このメッセージが示す一つの事実。
観測者がいないとすれば、それは俺と同じ回帰者がいると考えるのが最も妥当な推測である。
何しろ、俺はあまりにも前世と違う行動をし過ぎている。
同類がいれば、自ずと気付いたはずだ。
そしてタイミング……ここで俺にその事実を伝えたのはつまり、俺の変化に確証を持った上で俺にメールを送ってきている。
「ただ……目的がわからないな。いや、これ以上派手に未来を変えるな……ということかな」
時間回帰してから度々考えることがあった。
――タイムパラドックスである。
俺の引き起こす変化が、未来に何らかの影響を及ぼすのだろうか。
わからない。しかし――そもそも時間回帰なんて減少そのものが異常なのだ。
それ故に、俺はこの世界においてエヴァレットの多世界解釈を是として見なしていた。
すなわち、ここはパラレルワールドであるという考えである。
「もしかすると――この謎の人物Xにとって、何か目的があるということか」
今更考えを改める気はない。
この世界がパラレルワールドという前提で推測しても、破綻はしないのだから。
しかしわからないのは――。
「タイムマシンなんてなかったでしょ……か。このシンプルなメッセージ……ただ俺に、同じ回帰者の存在を仄めかしたいだけなのか?」
それが一番しっくりくる。
深い目的があるならば、ここまで要求も何もないメッセージを態々送ってくる意味がない。
現状、Xには俺と接触する気がないように思える。
「しかし、誰だ……?」
だからといって、その正体は気になってしまう。
前世と変わった出来事なんて……あまり憶えていない。
小さな石を蹴っただけで、世界は分岐する。バタフライエフェクトが引き起こす可能性は無限大だ。
しかしヒントならこのメールにある。
タイムマシンというのは、恐らくそのままの意味ではない。
恐らく、きっかけがあると示している。
ならば――。
「過去に戻るきっかけ…………ッ!!」
その瞬間、何かが頭の中に流れ込んできた。
『■丈夫!? 起■てっ…■■たしだよ累■■■■たしが支■■から』
煌びやかな視界。周囲はガヤガヤと酔っ払いの声が響き……自分の口からも同じような声が漏れていることに気付く。
そうだ……これは憩衣に絶縁され酔っ払っている俺のことを誰かが介抱してくれている時の記憶。
誰かが、俺の身体を支えながら話しかけてくれる。
ノイズのかかった声――きっと酔いで頭がはっきり言葉を理解していなかったのだろう。
思い返せば前世――俺は酔っ払ったまま過去へ回帰した訳じゃなかったな。
酔っ払った後、俺は誰かと顔を合わせていたのである。
『■だや■直せ■よ、あ■■達。ねぇ……■■になって、■衣ち■■に■讐しよ■よ』
ただボヤけた視界で、相手が誰なのか――俺はあの時気付いていなかった。
「……誰?」
情けない話だ。何故あの時はわからなかったんだろう。
お酒に酔って妹の片割れを忘れるなんて、兄失格だと言われても仕方ない。
俺が回帰する前、最後の出会ったのは憩衣じゃなかった。水をかけられて彼女が去った後、店から出てフラついていた俺に声をかけてくれたあの女性。
『■■■気■■■の……愛■■■――お兄■■■! ■■まで■■■■ない』
今だから確信できる。
ウェーブがかかったベージュのロングヘアにブロンドを忍ばせたツートンカラー。黄金に輝く世界で、彼女は眩しかった。
そんな彼女は必死の形相で、俺を起こそうとしていた。
あれは間違いなく――。
(……珠姫)
本当に――どうしてわからなかったんだろうか。
お酒に酔っていたから? 長年会っていなかったから? どれも違うと思う。違和感が残っているのは、そこに何かしら理由があるからだろう。
俺はきっと、その真実に辿り着かなければならない。
突然、そんな謎の使命感が生まれる。
(珠姫は……俺に何を伝えたかったんだろうな)
あの時、最後に――カラカラという耳鳴りが、三回響いた。
その音の正体を、俺は知っている。
タイムマシンは、そこにあったのだ。
__________
これにて一章終了となります。
近況報告にて二章は10月からと口走ったことがあった気もしますが、忘れてください。今日から更新します。
さて、前話までなら殆ど解決したように感じられた累と憩衣と珠姫の関係には、まだ明らかになっていないことが多くあります。
二章はその点、広く展開していきます。
ざっと、前世の記憶がないと詰む感じのミステリ風味です。
多くは語りませんが、ゆっくりとお楽しみいただければ幸いでございます。
二章は最後まで毎日投稿いたします。(今日は後、登場人物一覧と、二章一話が投稿されるはずです)
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