これから義妹になる美人姉妹と、今度こそは仲良くなれますように

佳奈星

第1話 プロローグ1-残念イケメンの末路

 Once again, get it off your chest.


 Ring out, the sound of cara-cara.

 Ring out, the sound of cara-cara.

 Ring out, the sound of cara-cara.


 If there were the heaven, wouldn’t you like to see a world filled with your ideals?




 ***




 プツンと小さな音が鳴った。

 ディスプレイのスクリーンはブラックアウトし、鏡のように部屋の中を写している。薄暗い部屋に一人佇んでいた男は呻き声を上げだす。


「……はぁ!? おい、嘘だろ? おいおいおい!!」


 直前、足にコード引っかかったことを考えれば、原因は自明の理だった。が、外れたコードを再び差し込んだところで、コンピュータは再起動しなかった。

 黒くなったスクリーンには、焦る男の顔が見える。紛れもない自分の顔……いつの間にか荒れていた肌に年を感じてしまう。弱り目に祟り目だ。


 俺の――さめるいの思い出は、人生は……全てこのパソコンに詰まっている。それをひと時でも失ってしまう事実に、冷静さを欠いていた。コードになにか問題があったのではなく、ハードディスクが壊れていると判明したのは、それから一週間後の出来事だった。


「それで、今更義妹に頼ろうって訳ですか……情けない」


 罵倒しながらもお淑やかさを身に纏う女性は俺の義妹……ほりはらいこ。高校生の頃から染め始めた金髪はそのまま、品のある美人に成長していた。

 意気消沈していた俺の元に、何故かこの義妹から数年ぶりの連絡をもらい、こうして会食をしている。


 正直、長年引きこもりの自宅警備員をしている俺にとって、顔を合わせるのは気まずかったが……背に腹は代えられない。俺には失ったデータを再度買い揃えるだけの資金がひたすらに足りなかったからだ。


「頼む! 二次元がない生活なんて考えられないんだ! だからお小遣いを増やしてほしい」

「はぁ……貴方の性癖は、高校生の頃から何も変わっていないようですね」


 憩衣は決して俺のことを兄とは呼ばない。兄と認めてさえいないのかもしれない。

 彼女は高校二年生の時、俺の親が再婚してできた義妹だ。しかし、俺達の関係にはそれだけに留まらない。義理の妹でありながら、そうなる前からの知り合い。しかも奇妙なことに彼女は俺のクラスメイトだった。


「周囲から残念イケメンだと蔑まれていた時も、貴方はそうやってっ! ……いえ、過去のことを振り返るのは止めておきましょうか」

「お、おう」


 憩衣は怒りたい一心をグッと堪え、お淑やかに姿勢を整え向き合い直した。容姿だけでなく、性格まで美人に成長したものだ。


 元々彼女は高校の時から人気があった。まんまるとした瞳にサラッとした髪、大和撫子のような存在だと皆が噂していた。対する俺は、容姿は良かったものの、この二次元コンテンツを愛するあまり残念イケメンだと憐れまれていた事を思い出し苦笑する。


 似ているようで違う俺達の差に、思うところがあるんだろう。わかるよ、俺達兄妹っぽくないもんな。

 淡白な俺の反応を見た憩衣は、一瞬だけ顔をしかめていた。


「話を訊く限り、バックアップを取っていなかった貴方の落ち度です。復旧の為に一から全てデータを購入するなど、ましてやその費用を義妹に頼るなど、正気の沙汰ではありません!」


 激しい正論の嵐が心を抉ってくる。幾らダメな兄でも言い過ぎだと思えるが、俺はずっと昔から憩衣に恨まれているので慣れていた。恨まれている理由は知らん。

 きっと俺が無職の引きこもりだからなんだろうけど、具体的に理由を教えてもらったことはなかった。


「それじゃあ、俺、どうすれば――」

「働いてください」

「へ?」

「仕事を斡旋します。ですから、働いてください」


 憩衣は真剣な眼差しを俺に向け、答えてくれた。至極真面目な意見だ。遊んでばかりの現状そのものを改善すべきだと、彼女は言っている。

 だけど――。


「斡旋されたって、まともな職には付けないんだろ? 俺、長年引きこもっていたから体力ないし、肉体労働とかはちょっと……」

「はぁ、そうですか。でしたら働かなくていいです」

「えっ?」


 今さっき強い口調で働けって言った割に、あっさりと手のひらを返されてしまった。俺は頑張らなくて稼げる仕事がいいなって仄めかしていただけなのに、一体どうして? もしかして見限られているのかな。そう考えたら、冷汗がダラダラ止まらなくなってきた。それは不味い状況だ。


「常識ですが、お金は働かないと稼げないのですよ。働かないというなら、貴方の好きな二次元コンテンツが返ってこないだけのこと。ですから貴方の身体のことなんて、私は一切考えていません」


 無駄な一言が最後に付け加わり、俺に対する思いやりではないのだと態々突き付けてくる。胃がキリキリとしてきた。憩衣はただ常識を説いていただけだし、勘違いなんてしていない。だけど、せめて義兄の心配くらいしてくれてもいいんじゃないかと思う。


「そっか、だったら仕方ないよな」

「……では、働くのですか?」

「いや、この際だし珠姫にも聞いてみようと思って――」

「……っ!! 珠姫とは関わらないでください! そう、いつも言っているじゃないですか」


 俺の言葉を遮り、憩衣は声を荒げて怒りだした。

 怒るとは思って言ったが、そこまで感情的になるとは思っていなかったから少し驚いた。たまというのは、憩衣の双子の姉……つまり、俺のもう一人の義妹だ。


 珠姫は憩衣と学生時代から何故かずっと仲が悪く、姉妹なのにお互い距離を置いていた。そして俺は憩衣によって彼女と関わらないよう言われていたのだ。


 真面目な憩衣と違って、珠姫は人懐っこい性格だった記憶がある。あいつがダメ人間な俺に懐柔されることを恐れているんだろう。そうなってしまえば、俺の浪費などに歯止めが利かなくなってしまうだろうから。


「元々、今日はその話を貴方にしたかったのに、どうして、こう上手くいかないのかな……」


 間違いなく独り言をボソッと呟かれた。微かだがしっかりと内容を聴き取れてしまったことで、俺も疑問を零してしまう。


「その話って、どういうことだ?」

「……っ、話というのは私達の関係のことです。いい加減、決着を付けたいと思っていましたので」


 憩衣は背筋を整えてそう言いながら、少し手が震えているみたいだった。それは憩衣が怖がっている時の癖であり、俺も真面目な態度で向き合う事にする。

 そして紡がれた言葉は予想外、否......ずっと恐れていた言葉だった。


「お願いです。私達姉妹と金輪際、縁を切ってくれませんか?」

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