第22話

 そのあとは何事もなく無事駅につき、信幸と一緒に電車に乗って衣様駅へつくとバスに乗って家に帰る。


最中もなかをいただいたから、雪丸くんも食べるよね?」

「ああ、うん。食べる」


 自室に鞄を置いた雪丸を、居間で待っていた信幸が迎える。手には最中もなかの入った箱がある。美味しそうだ。

 お茶を用意し、最中もなかを食べはじめた信幸はテレビをつけようとリモコンを手に取った。


「あっ、ちょっと待って」

「うん? なに?」


 信幸がテレビをつける前に聞きたいことが、雪丸にはあった。


「あの女は知り合いじゃないって言ったときさ、信幸がやけに話の飲み込みが早いなって思って、気になったんだけど」

「うん」

「もしかして俺がストーカーにあってたの、知ってた?」


 雪丸の問いに、信幸はゆっくりと頷いた。

 やっぱりか、と雪丸は思う。なにか変だと思っていたのだ。普段隣町まで行くことのない信幸が、わざわざ電車に乗って雪丸の学校の近くまできたこと。女性と出会ってからの状況の把握が早かったこと。それらはすべて、信幸が雪丸の状況をわかっていたからだったのだ、と納得した。


「ストーカーにあってるとは知らなかったけどね」

「信幸って結構頭良い……ん? 知らなかったの?」

「知らない、知らない。ただ最近雪丸くんの様子がおかしかったから、なにかあったのかなって思っただけ」

「それで心配してわざわざ学校まで様子を見にきてくれたのか?」

「……まぁ、俺って優しいからねー」


 真っ直ぐに目を見つめて問いかけられた信幸は、ふいっと顔を逸らしてそう言った。


「照れてる?」

「は? なに言ってるの?」


 雪丸の問いに信幸は顔を逸らしたまま、無愛想に返事をする。案外、信幸は照れ屋なのかもしれない。


「照れてないから。俺って優しいだけだから」

「俺はなにも言ってないぞ」

「……」


 信幸の気持ちが少しわかる気がした。誰かに改めて礼を言うとき、褒められたとき、雪丸も気恥ずかしくなって顔を逸らしてしまうことがある。


「信幸ー?」


 にたにたと口角を上げる雪丸を無視して信幸はテレビをつけた。最中もなかを片手に、テレビから目を離さない。


「ただいまー」

「おー、晴暁、おかえり」


 ケサランパサランや女性とともにどこかに行っていた晴暁が帰ってきて居間の襖を開けた。返事をしない信幸に首を傾げる。


「のぶゆき?」

「……おかえり」

「…………てれてる?」

「照れてない!」

「おお、晴暁って意外と鋭いな」


 普段と違って帰宅しても視線を寄越さない信幸の状況をすぐさま理解したらしい晴暁の言葉を信幸は再度否定した。


「のぶゆき、しんぱいって、いってたから」

「やっぱり心配してくれてたのか」

「言ってない」

「いってた」


 信幸が雪丸のことを心配して気にかけていたことを晴暁にばらされて信幸は拗ねてしまったようだ。まったく雪丸たちの方を向こうとしない。


「女は?」

「ゆきまる接近禁止令せっきんきんしれいをだした」


 ぶっきらぼうな信幸の問いに晴暁はそう答える。


「ありがとなー、信幸。晴暁も助けてくれてありがとう」

「もなかー」

「あっ、もう俺の話聞いてない」


 晴暁は机の上に置かれた最中もなかを手に取って美味しそうに頬張り始めた。

 血の繋がっていない三人が同じ家に住む。場合によっては喧嘩が多発しそうな生活だが、信幸も晴暁も優しい性格をしているからだろう。雪丸はとくに喧嘩することなく、平和に、それどころか毎日を楽しく生活していた。


「案外ばあちゃんの提案は悪くなかったんだな」


 人と一緒にいると、トラブルが発生することもある。今回の女性のように、身勝手に好意を寄せられ、ストーカー行為をされることもある。けれど、ひとりで食べるご飯より、みんなで食べるご飯の方が何倍も美味しい。

 祖母は雪丸に一人きりの食事をさせたくなくて、信幸の家に泊まるように提案したのだと今更ながら気がついた雪丸は、祖母に感謝をしつつ立ち上がる。


「待ってろよ。今日は特段美味しい夕食作ってやるからな」


 雪丸は袖を捲って意気込んだ。心優しい友人たちに、美味しい食事で礼できるように。心を込めて美味しい料理を作ってみせよう。

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