第18話

 二人が『お試し』という形でパーティーを組むことになり、森へと早々と出かけて行ったので、俺はシルとリンに手伝って貰いながら異世界版のカレーを作っていた。米がないのが非常に惜しいが、ナンが作れたのでよしとしておこう。


「_______大変ですマワル殿!!!」


 子供達と共に久方ぶりのカレーを楽しんでいると、所々血と汚れが目立つハルが、勢いよく部屋へと飛び込んできた。


「……帰って来るなりいきなりどうしたんだ?ほら、お腹空いてるだろうし、熱いうちにカレーでも食ったらどうだ?」


「ねーちゃんとシスターも早くこれ食べろ!すげぇ美味いぞ!」


 カレーを頬張りながら、リクが感動した様にそう言った。俺はその様子に若干ドヤ顔になりながら、二人の分のカレーを皿に注ぎ始める。明らかに面倒事っぽいので、何とかして有耶無耶にしたいだけなのは内緒である。


「確かに凄く良い香りが……って、違う!?マワル殿!本当に大変なん___」


「________わ〜い!見た事ない料理です〜!」


 ハルが誘惑に負けじと何かを俺に話そうとしているが、いつの間にやら部屋に入ってきていたシスターによって、ハルの言葉は遮られる。うん、相も変わらず返り血が凄いことになってるな。


「シスターは服を着替えて来て下さい。返り血で偉いことになってますよ」


「わっかりました〜!」


 勢いよく部屋から出ていったシスターの姿は落ち着きのない子供の様だ。


「戻りました〜!」


「______早っ!?……いや、ついでに顔についてる返り血も拭いてきて下さいよ」


「えー!疲れてるので、マワル君が拭いてください〜」


「忙しいので自分でやって下さい」


 俺は顔に血がついているシスターとの会話を切ると再びカレーを食べ始める。うむ、やはり我ながらいい出来だ。


「「まわるおかわりー!」」


「……おかわり」


 しかし、矢継ぎ早におかわりを要求してくる子供達がいる為、俺はゆっくりと食べる訳には行かない。シスターはそんな俺の様子を見てすこし残念そうにしながらも、これ以上粘っても無駄だと思ったのか、いそいそと外の井戸に顔を洗いに行った。最初からそうしてくれ。


 辛いのが苦手だと言っていたシルと小さい子供達には、蜂蜜ベースの甘くなるソースを入れてあげた。意外と好評なようで無言ながら、皆もくもくと食べている。


「カレーは美味しいなぁ」


「______マワルどのぉ!お願いだから聞いて下さい!」


「……さっ、皆の分注ぎ終わったし俺も食べるか」


 俺は服を掴みながら揺さぶって来る、ハルを無視しながら自分の皿を持って椅子に座ろうとする。……悪いけど、聞くと引き返せなくなるからパスで______


「_______うぅぅ……聞いてください……」


「悪い、悪かった!面倒事に巻き込まれたくないからって無視するのはやり過ぎた!悪かったから泣かないで!」


 涙目になったハルを見て罪悪感で押しつぶされそうになった俺は、すぐに土下座を披露すると誠心誠意謝罪した。流石に泣いてる女性を無視し続ける程強靭なメンタルは俺にはなかった。いや、クソ雑魚メンタルなんで本当に泣かないで。


「うわー!まわるなかしたー!」


「いーけないんだー!いけないんだー!シスターに言ってやろう!」


 子供達がハルを泣かした俺を面白そうに責め立てる。こういう時の子供達の言葉は本当に心にくる。……いや、完全に俺が悪いんだけども。だからこそ責められると、本当に心にくる。


「ほ、ほらっ、カレー食べな!美味いし、きっと今日の疲れも吹き飛ぶぞ!」


「グスッ……いただきます」


「マワル君がハルちゃんを泣かしてる〜」


「し、シスター!?……い、いや、これはですね……。_____どう足掻いても俺が悪いです、すみませんでした」


 顔を洗い終わったシスターが、ハルを慰めようとオロオロする俺を面白そうにからかってきた。なんとか、言い訳をしようとしたが、何度も言うが俺が悪い。


「……美味しいです」


「そ、そうか!ほら、おかわりもあるぞ!」


「いや、本当に美味しいです〜。あっ、マワル君おかわりお願いします〜」


「自分で注いでください」


「冷たいですね〜。美人なお姉さんには優しくしておいた方がいいと思いますよ〜?」


「自分で自分のこと美人って宣う人は、基本ろくなもんじゃないので別にいいです」


 因みにこれは俺の経験談である。会長しかり、高飛車女しかり、キッチリとんでもない数の地雷を周りに埋め込んだとんでもない奴らだったからな。地雷系というより地雷そのものとか人としてどうなんだ。


「……実は、今日の探索でオークの上位種と遭遇したんです」


 少しづつ落ち着いてきたのか、ハルが今日起きた出来事をぽつりぽつりと説明し始めた。


「上位種……確か、能力が通常のオークより強化されてる存在だよな?滅多に産まれないって聞いたんだが、それが居たのか?」


「はい、しかも数体、です」


 俺はハルのその言葉に思わず眉を顰める。……俺が読んだ資料では通常のオークの巣から上位種が産まれるのは稀で、大規模な群れに一体生まれることすら滅多にない。しかしハルの情報によると、そんな上位種が彼女が相手にしただけで数体は居たと言う。


 ……明らかに異常事態だ。


「そう言えば今日はいつもより喋る個体がやけに多かったですね〜」


 ハルと俺の深刻な表情が見えていないのか、シスターがカレーを頬張りながらなんでもないようにそう言った。……うん、ちょっと待とうか。


「……


 そんな言い方だと今までも上位種が居たみたいな感じになってしまう。残念ながら俺はそんな報告は受けてないし、リアさんもそんな報告は受けてないと思う。


 定期的に発注されるタイプの討伐依頼は異常があれば即座に報告するのが冒険者の鉄則だ。と言うか、俺が森の調査に行かされた原因この人じゃないのか。何体も上位種が現れるレベルのイレギュラーが起きてりゃ、そりゃオークの数も増えるだろうな。


「毎回とは言いませんが討伐に出向いた日は殆ど喋る個体に遭遇してましたよ〜?」


「……マジか。何で報告してないんですか……?」


 俺はさも当然の様にそう言ったシスターの言葉に驚くと、報告しなかった理由を問い詰める。


「……あんまり強くもなかったですし〜、現れる度に殺してるので問題ないかと思いまして〜……」


 まぁ、確かにシスターからすれば通常のオークと大差なかったのかもしれないが、そういう問題じゃない


「報・連・相しっかりしろよ!アンタ大人だろ!?」


「____テヘッ!」


 みるみると不利になったシスターが苦し紛れに舌を出してそんなことを言う。……確かに可愛いが、イラッときた。


「……シスター、おかわりナシです」


「______えぇ〜!?そんなぁ〜!」


「当たり前でしょうが!報告位すぐ終わるんですから、ちゃんとしてください!多分これランク降格案件ですよ!?……あぁ、リアさんまだギルド居るかなぁ」


 俺は素早く皿を片付けると、来る時に着ていた上着に袖を通すと、急いで帰る準備を進める。すると、カレーを手早く食べ終わったハルも立ち上がった。


「マワル殿、拙者も行きましょう。直接確認した自分が報告する方が良いと思います」


「……悪いな。来てくれると正直助かる。シスターはあと片付けをお願いします。一応、明日の朝にギルドに来てくださいね。……しこたま怒られると思いますけど、バックれないで下さいね」


「う〜、分かりました〜……」


 流石に悪いと思っているのか何時もより声のトーンが低いシスターが返事をする。


 幸いなのは、シスターが上位種を出会うたびに討伐してくれていたことだろう。オークとはいえ、上位種の討伐には少なくとも、連携の取れたCランクの冒険者が必要なのだ。


 駆け出しが多いこの街で、シスター以外が上位種と遭遇していたら……被害が凄いことになっていただろう。増える度に減らしてくれていたなら、状況はそこまで絶望的では無いはずだ。


 それに今回だけで十数体の上位種を減らせたのなら、少なくとも今すぐ何かが起きるという事は多分無い……はず。如何せん情報として上位種のことを知っているだけなので、実際に見たことの無い自分には、情報に照らし合わせて当たりをつけることしか出来ない。


 ……しかし、いくら何でもそうホイホイ上位種が現れるものなのだろうか?この駆け出しの多い町にピンポイントで現れるなんて、何か陰謀めいたものを感じざるを得ない。イレギュラーとはいえ、まるで何かが裏で糸を引いている様な_____。


「_______考えても無駄か。はぁ……胃に穴開きそう」


 憶測に過ぎない思考を途中で切った俺は、急ぎで孤児院から出ると、曇っているせいで星が見えない夜空を見ながら、そう呟いた。

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