第19話不死身の勇者ろうらく作戦(3)
ジェネリーは今日一日、ずっと驚きの連続だった。
自分のこれまでの人生で、これ以上は無いほど感動していた。
だが今、目の前に居るオーマに、今日一番の感動のため息を漏らしていた____。
「大丈夫か?ジェネリー」
「えっ?あ、ハイ!大丈夫です!連中から傷は受けていません」
「それもあるが、俺の魔法に巻き込まれて怪我を負ってないか聞いている。雷撃魔法は味方を巻き込みやすいんだ。ちゃんと君の魔法のタイミングに合せ、威力も抑えたのだが、大丈夫だったか?」
「は!?」
ジェネリーは困惑した。
(威力を抑えた!?タイミングを合せた!?何を言っているの!?)
あの手練れとの攻防の中で、自分の魔法発動タイミングに合せ雷撃魔法を発動する___。
自分ではおよそ不可能な達人技に、ジェネリーの中で恐怖と興奮が入り混じる。
ロジ、イワナミ、クシナ、皆すごかった。
そして、サンダーラッツが帝国でも屈指の強さを誇るのは、彼らのおかげなのだろうと思っていた。
だが、違っていた。
この人物なのだ。オーマ・ロブレムあっての雷鼠戦士団なのだと、ジェネリーは改めて理解した。
「救国の英雄・・・」
頬を赤く染め上げ、思わず呟いてしまう。
傍から見れば、完全に憧れの存在に見惚れている、恋する乙女だった。
「それで?」
「えっ?」
「いや、怪我は?」
「あ、はい!大丈夫です!雷撃を受けた様な感覚はありません」
「そりゃそーだ」
「へ?どういう意味ですか?」
「あ、いや・・・」
少し気が抜けたのか、オーマは失言してしまった。
そう、実際怪我などするはずもないのだ。
普通の雷と違い、雷撃魔法の雷の威力は魔力に依存する。
先程の魔法は派手な音と光ではあるが、魔力は抑えてあり、仮に直撃しても一瞬麻痺する程度で済むものだ。
なので、当然倒れているシルバーシュ残党(遊撃隊)も、怪我はしておらず命に別状はない。
怪我の心配をしたのは、その方が女性ウケすると思ったからでしかない。
思わぬ失言で、シルバーシュ残党に手心を加えたことを知られそうになり、焦る・・・。
(やべ・・・どうしよう?)
オーマが何食わぬ顔で、必死に言い訳を考えていると、ジェネリーが先に口を開いた。
「あ、なるほど。完璧にコントロールしたから、私が怪我しているわけがないってことですね」
「え・・・」
「本当にすごいです。オーマ団長」
疑うどころか、勝手に都合よく解釈して、再び恋の色を混ぜた眼差しを向けてくる。
(おお?何という都合の良い解釈・・・ジェネリーって、一度信用した相手の言動は、結構ポジティブに解釈してくれるんだな)
ジェネリーから変な詮索をされずに済んでホッとした後、改めてザイールと向き合う。
それにジェネリーも続いた。
「う・・・あ、あ」
兵士をすべて倒され、勝機を無くしたザイールは恐怖で後退る。
ザイールは、一般貴族でいえば決して弱くはないのだが、今回は相手が悪い。
オーマはもちろん、ジェネリーでさえ、ザイールにとって危険な相手となってしまった。
完全に勝ち目を失くしたザイールにできることは、顔を青くすること。転ばない様に後退ること。
そして___
「た、たのむ!助けてくれ!!」
___命乞いだけだった。
「兵が倒れたら、もう命乞いか?少しは噛みついたらどうだ?ジェネリーを怨んでいるんだろ?」
「い、いや違う!誤解だ!本当は貴族の地位を失くして、憂さ晴らしがしたかっただけだ!相手なんて誰でもよかった!も、もうお前達には手を出さない。だから許してくれ!な?」
「おお・・。話した時から本当に怨んでいるか怪しかったが、こうも簡単にメッキが剥がれるとは・・・」
「情けない。貴様、腐っても貴族だろ?この期に及んで命乞いなどと・・・」
ジェネリーは、その元同胞の滑稽さに呆れ果て、吐き捨てるように呟いた。
「出来心だったんだ!頼む!!」
「見苦しいぞ、観念しろ」
オーマがそう言い終わると、二人はゆっくりとザイールとの距離を縮め始める。
念のため、警戒しながら詰め寄っているだけなのだが、その徐々に近づいてくる様に、ザイールはどんどん恐怖し、半ベソをかき始めてしまった。
「ク、クソ~・・・こんなの、こんなのあんまりだぞぉ!!ジェネリー・イヴ・ミシテイスぅぅ!!」
「はあ?」
「お、同じ国を亡くした者同士だというのに・・・き、貴様は帝国貴族として、華やかな第二の人生を送り・・・私は全ての財産を失くし、盗賊の真似事などしなくてはならなくなっている・・・不公平だろぉ!!」
「な、何を言うのかと思えば・・・」
「完全に逆ギレだな」
命乞いからの逆ギレに、ジェネリーは言葉を失う。
オーマもジェネリーと同じ気持ではあるのだが____
(この流れは良いな)
ザイールの開き直りは見苦しいが、オーマの作戦にとっては好都合だった。
ザイールが言わなければ、オーマの方から弁解する機会を作るつもりだったのだ。
ザイールの開き直りは予想の範疇だったが、こうまで思い通りに動いてくれると、笑ってしまいそうになる。
(いかん!いかん!この後は、作戦で一番大事な場面だ。気を引き締めろ!)
心の中でオーマは自分を叱咤する。
そして、ザイールがジェネリーを動揺させることができる様、ジェネリーの弱みとなるキーワードをあえて口にした___
「彼女の今日までの苦労を知らずに、よく言うな。ジェネリーは“父親”とは違うぞ」
____言われたザイールはハッとする。
「父親!?そう、父親だ!!私に対して騎士の誇りをどうこう言うのなら、お前の父親はどうなんだ!?奴に誇りがあると言えるのか!?」
「え?え?」
父親のことを言われて、ジェネリーに動揺が走しる。
(やはり・・・。父親のことは、まだ吹っ切れていなかったか)
「騎士になるというのなら、貴様は何故奴を放置している!?奴は国を売った張本人だぞ!」
「そ、それは・・・」
「奴の所為で多くの民が不幸になり、多くの貴族が地位を失い、多くの騎士が誇りを捨てた!ロメオだってな!!」
「ロ、ロメオ卿が!?ロメオ卿もこの暗殺に係わっているのか!?」
「当然だ!奴も貴様の父親の被害者だからな。今日がお前を殺るチャンスだと教えてくれたのはロメオだ」
「なっ!?」
「お前の父親は、国を売り、同胞を蹴落として自分だけ助かった。そしてお前も、その父親のおかげで騎士を目指せているんだろ!?」
「そ、そんな・・・」
「そんなことは無いと?では、貴様が我々の立場だったらどうだ?卑屈にならずに騎士を目指せていたか?騎士としての誇りを掲げ、帝国と戦い、シルバーシュを取り戻せていたのか!?」
「う・・・」
恐らく無理だろう。いや、帝国の強さを知った今では、絶対に無理だと言えた。
理想や誇りで覆せる戦力差ではない。
それが分かったからこそ、オーマ達の下で騎士となり、シルバーシュを取り戻そうとしているのだ。
ジェネリー自身の決断が無理と証明しているようなものだ。
そこを突かれては、ジェネリーの性格では反論できなかった。
「おい!ジェネリーしっかりしろ!そんなことはない!君ならちゃんと騎士になれる!!」
「そんなワケあるか!!裏切り者の娘なんかが本当の騎士になど成れるものか!!」
「!?」
「ジェネリー!?おい!貴様!もう黙れ!!」
オーマはハルバードを構え、魔力を込める。
そして、動揺しているジェネリーの代わりに、ザイールを黙らせようとした____が、その時、オーマは何かに気付き、ハルバードを捨ててジェネリーの前に立った。
「ジェネリー!危ない!!」
「えっ?」
困惑して、気が緩んでいたジェネリーの目の前に大きな影ができた____。
そして、その影は、そこから少しずつ下に下がっていく_____
その影が下へ下がったのではなく、崩れ落ちたのだとジェネリーが理解したのは、その影が仰向けになり、オーマの胸に矢が刺さっている姿を見た時だった。
「だ、団長?・・・!?団長ーーー!!」
事態を呑み込んだジェネリーは弾ける様に動き出し、オーマを抱きかかえた。
「団長!?・・・オーマさん!!オーマ団長!?」
オーマが矢に射抜かれている姿を見て、ジェネリーはただひたすらパニックを起こす。
その様子を、ザイールはしばらく唖然とした表情で見ていたが、やがてケフッケフッと咳をする様に笑い出し、ついには大声で笑い出した。
「クッ、クハハ、クハハハハ!・・・ロメオ?ロメオか?お前がやったのか?奴が別行動で見張ると言い出したのは、こういうときのためか!?ククククク・・・アハハハハーーー!!形勢逆転だな!!ミシテイス!そう、そうだ!良い思いをしていたお前達が勝って、惨めな思いをしてきた我々が負けていいはずがない!当然だっ!アーーハッハッハッハーーーーー!!」
ザイールは愉悦に満ちた、醜悪な笑みを浮かべて勝ち誇り、高笑いを上げる。
ジェネリーには、その姿も笑い声も全く入ってこず、驚愕の表情を浮かべながら震えているだけだった。
「オーマ団長・・・」
「天罰だ!ミシテイス!国を裏切っておいて、我々を貶めておいて、のうのうと自分だけ夢を追いかけるなど、そんな虫のいい話あってたまるか!!」
「そ、そんなこと・・・」
「実際、貴様はその男を守れなかったではないか!真の騎士なら、たとえ自分より強い者であっても守るべきだろ!」
「う、うあ・・・ああ・」
「所詮、貴様は裏切り者!仲間を売り、見捨てていくだけのクズだ!!」
「・・・・・・」
ジェネリーの瞳から光が消える____。
それがスイッチとなり、ジェネリーは無表情のまま、大きく項垂れた。
ザイールの放った言葉は殆ど耳に入らなかったが、自分のせいでオーマが致命傷を負ったことは、ジェネリーの中で何かが壊れるのに十分なものだった。
項垂れたまま、何も考えられない・・・何も感じられない・・・。
何かをしなくちゃいけない・・・応急処置、助けを呼ぶ、ザイールと戦う、色々な案が頭の中で通り過ぎるも体は動かない・・・動かせない・・・。
視界も心も真っ暗になったその時、冷たい暗闇に穏やかな日の光が差す様な暖かいモノが頬に触れた____オーマの手だった。
ジェネリーの瞳に光が戻り、オーマに呼びかける。
「オーマさん?オーマさん!大丈夫ですか!?」
「落ち着け、ジェネリー・・・それは・・こっちの、セリフだ・・・・大丈夫か?」
「私のことなんか、どうでもいいです!!どうして!?どうして私なんかを庇ったのですか!?」
「そりゃー・・・言ったろ?・・・・俺だって、騎士・・目指してた・・・なら・・君のこと・・・守るだろ?」
「オーマさん!!」
「まして・・・俺は・・君の・・・上官なんだ」
「だ、だからって!こんな!こんなことって!!私の代わりにオーマさんが・・・私なんて、私なんて国を売って、人を裏切った卑怯者なのに!!」
「ジェネリー!」
「!?」
「ジェネリー・・・そ、そんなこと・・・言うな。俺とした・・・約束・・・忘れたのか?」
「や、約束?」
「俺達と・・一緒に、立派な騎士・・になって・・・シルバーシュを・・・取り戻し・・人々を・・・守ると」
「で、でも、今更・・・」
「今更も・・なにもない・・・君には・・・可能性が・・ある。・・・君は・・俺の気持ちを・・・汲んでくれたんじゃ・・ないのか?」
「あ・・・」
「俺は・・・本当に・・嬉しかった・・・これはウソじゃない・・・本気で君のこと・・応援しようと・・・思ったんだ・・・ジェネリー」
「オーマさん・・・」
「可能性だって有る・・・才能だって・・有る・・・・自分・・・信じ・・ろ・・・俺・・・・君・・信じ・・・て・・る・・・・____」
「!?・・オーマさん・・・オーマさん!?・・・あ・・・ああ・・・・ああああーーーー!!!!」
瞳を閉じて動かなくなったオーマを、ジェネリーの震える手が揺する。
涙が止まらない____
こんなに悲しい思いをしたのは、母親を病で亡くした時以来だ。
この短い期間で、オーマ・ロブレムという男がジェネリーにとって、どれほど大きな存在になっていたかを証明していた。
自分の憧れ、新たな仲間、夢の共有・・・そして、それを失った悲しみは、どれだけ涙を流しても、どれだけ声をだして嘆いても、埋まるものではなかった。
ザイールは、その様子を下卑た笑顔で眺めて、愉悦に浸っていた_____。
ところで、悲しむジェネリーも、楽しむザイールも、狙撃した人物のことをすっかり忘れている。
「ふ~ん。あれがジェネリーちゃんね。ほんとに良い子だなー・・・ってか、カワイイ」
雷鼠戦士団遊撃隊隊長フランは、オーマを射った張本人にも係わらず、呑気な声を上げている。
「あの様子なら作戦は成功するな・・・おっし。後は副長に任せて、俺は退散しますかぁ♪」
弓を背負い、狙撃に使った暗視魔法が付与されたゴーグルを外し、木から下りる。
そしてフランは闇の中へと消えて行った_____。
ジェネリー達が居る直ぐ近くの木の陰に、私服に着替えたヴァリネスが隠れていた。
「うん。後は、私がザイールを殺れば完璧ね。まあ、ちょっと良心が痛むけど、どの道誰かが命じられていたことだし、恨むなら第一貴族にしてね。ジェネリー」
演習見学後の作戦内容は以下の通りだ___。
ザイールと、シルバーシュの残党と入れ代った遊撃隊で、オーマとジェネリーを襲う。
それをオーマが中心になって撃退し、上官としての信頼を得る。
その後、ジェネリーの動揺を誘う様にザイールを誘導し、ジェネリーにスキができたところで、フランが死なない様に細工した矢で狙撃、それをオーマが身を挺して守りさらに好感度を得る。
最後に、ヴァリネスが歓迎会の準備ができたから迎えに来たと言って合流し、ザイールを仕留め、オーマは実は死んでおらず、ギリギリで助かっていた(ようにジェネリーに見せかける)。
___という流れだ。
ヴァリネスは作戦の最後の仕上げのため、木の陰から出た。
「おーい!団長!ジェネリー!歓迎会の準備できたから迎えに来た・・わ・・・よ?」
何食わぬ顔でジェネリー達と合流しようとしたが、ジェネリーの気配が変わったことに気付き、足が止まる。
「え・・・ちょ・・何!?」
ジェネリーの得体のしれない気配に思わず後退る。
長年の戦経験で培った勘が、最大限警戒するよう訴えている。
その警戒する相手がジェネリーであることを一瞬不思議に思ったが、その理由にすぐ気付き、もう一度気配を殺して木の陰に隠れて様子を見る。
「___せない」
(何か呟いている?)
ヴァリネスは目を凝らすだけじゃなく、耳も澄ます。
「許せない・・・・・ザイール・・・・許せない!!」
「!?」
「なんだ!?」
ジェネリーがそう叫んだ瞬間、体から眩しいほどの光り輝き、炎が舞い上がった。
「「!?」」
先程のジェネリーとは桁の違う魔力が放たれた____。
オーマとヴァリネス、ザイール、気絶したフリをしている遊撃隊は身を竦める。
オーマ達が、これまでの戦いで感じたことも無い圧倒的な魔力で、周囲を焼き尽くすような炎が吹き出ており、ジェネリーに抱えられ、死んだフリをしているオーマは、ジッとしているだけでも苦しかった。
「なんだ!?何なんだ!?この魔力は!?ミシテイス・・・貴様は一体!?」
「私は・・なんて愚かだったのだ・・・こんな奴の言葉に動揺して・・・・」
ジェネリーは、オーマを地面に優しく寝かせ、それから立ち上がり、ザイールを睨みつけた。
「ヒィィッ!?」
ジェネリーの殺気は尋常ではなく、強大な魔力と相まって、ザイールは心臓を握り潰されたような感覚を覚え、悲鳴を上げた。
「こんな奴・・・こんな奴は・・・さっさと片付けてしまえば良かったんだぁーーーー!!」
「く、来るなーーーー!!」
ジェネリーの怒号と、ザイールの絶叫が鳴り響く中、オーマとヴァリネスの脳裏には、“勇者”の文字が浮かんでいた___。
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